【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話052「SFで描かれたような未来予想図」

2025.12.02 20:21

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どうやら未来の音楽事情はかなり面白くなりそうだ。ちょっと先にはとんでもない面白い世界が待ち受けているぞという「SFで描かれたような未来予想図」を勝手に妄想してニヤけている。

生成AIが音楽の世界に入り込んできて、今なお様々な意見が飛び交っているけれど、少し先を見据えてみると「誰が作ったどんな音楽なのか、という話題」に、私は興味を持てなくなっているような気がする。すでに一生かけたって世の全音楽を聴くことなんかできないわけで、音楽の海に溺れる前に「自分が聴くべき音楽ときちんと出会えるテクノロジー」こそが、音楽ラバーにとって最高のツールであり欠かせぬ情報源になると思うわけです。その先には、興味の対象は「誰の何という楽曲なのか」を知ることではなく、その音楽に惹かれた「自分という音楽リスナーはどういう嗜好性なのか」を知るほうが有益になる。いわば価値観が大きく変容するかもしれないというお話。

もちろん新曲は生まれるだろう。優れたミュージシャンも誕生するだろう。そしてAIも自在な音楽を生成するだろう。ただし、それを聴くか聴かないかは私達個々に委ねられている。聴かれない音楽はその人にとって存在しないと等しい。誰もいない森で木が倒れても音がしないように。

どのように新しい音楽と出会うのか。日々の生活データは全てプロンプトとしてデータが蓄積される時代だ。ことさら意識することなく、趣味嗜好は分析されるだろう。どんなテキストに反応したのか。どんな音を聴き直したのか。その時の心拍数はどうだった?自分という特性がデータとして精錬されていく。

例えば、朝、寝ぼけ眼のままコーヒーを淹れていると、部屋のスピーカーが「今日のあなたは少し疲れ気味のようです」と察知し、集中力をそっと引きあげる穏やかな曲をリアルタイム生成して届ける。体温・睡眠時間・前日の行動履歴…様々なデータを参照し身体の状態に「ちょうどいい音楽」を提供する。自律神経を整え、その日のスケジュールに対し最適なアドレナリンを促すように。その音楽はどれも「今この瞬間の自分専用」だ。映画のワンシーンのような生活だけれど、これこそAIが最も得意とする技のひとつであり、これまでの音楽家には提供できなかったものだ。

街を歩いているときは、ビル街の風の強さや光の反射、行き交う人の速度を読み取り、サウンドトラックがリアルタイムで変化するだろう。まるでオープンワールドゲームの主人公にでもなったような動的音楽の生活版だ。きっと雨の日には少し湿度を帯びた音色、夕暮れには影の長さとリンクしたテンポ。天気予報よりも今日という日の「気分予報としての音楽」、そんな世界も目前だ。

これから大事な商談に入るというときには、既視感のある音楽が流れるかもしれない。「あ、そうだ。あの時の会話には大きな躍動感があったな」…そんな成功例を思い起こしサポートするような音楽をピックアップする優れた秘書/マネージャーがアシストしてくれるような世界がやってくるかもしれない。

地方創生ビジネスの可能性だっていくらでもある。観光地の駅に降り立った瞬間、その土地の歴史や民話・地形・空気をもとにAIが独自のサウンドスケープを生成してくれれば、それは「ご当地ソング」の究極進化版として強く印象付け、私達は旅の記憶そのものを「音楽」として持ち帰ることもできる。後日そのサウンドスケープを聴けば、旅の空気がふわっと蘇ることだろう。生成AIが「文化体験の拡張装置」として機能する典型な1例だ。

もちろんエンタメの世界でもAIは大活躍。映画やドラマ、舞台の現場では「このシーン、ちょっとだけ音の温度を上げたい」という監督の抽象的な要求に即応し、テイクごとに微妙にニュアンスの違う音楽をはめてくれる。従来の「完成された劇伴」とはまた違う「シーンごとに呼吸する劇伴」は、作品が命を持ち躍動し時間経過とともに成長していく新たなアートを生むこととなる。エンタメ制作のスピードも自由度も桁違いに拡張するのがAIの力だ。

企業が使うプロモーション音楽も変わるに違いない。ユーザーひとりひとりの視聴習慣や好み・生活環境に合わせてエンゲージメント特化型のBGMが生成されれば、いよいよ広告における音楽の効果がデータドリブンな領域に入り、マーケティングが飛躍的に進化する。これもまた、新しい音楽産業だ。

もちろん「個人用途の音楽」の進化が最も激しい領域になるのは間違いない。推しの生誕祭に合わせて、自らの思う「推しへのオリジナル曲」をAIに作らせれば、ファンが音楽を通じて推しの世界を広げるようになる。推しの周りには愛に溢れた楽曲が溢れかえり、音楽がコミュニケーションツールそのものとしてとんでもないパワーを振りまくことだろう。

文明が文化を変えるとき、その変化はたいてい「気付いたら始まっていた」という速度で進むという。生成AIはまさにその真っ最中だ。もちろん人が作る音楽の良さは決して失われない。むしろ、人間の音楽はより濃く、より個別的な存在感を持つようになるとも思う。一方でAI生成の音楽は日常の細部にまで深く入り込み、僕らに新しい体験を絶えず提供することになる。まさしく生活インフラとして。人間とAIの音楽は対立するのではなく全く違う役割で共存していくのだと思う。

音楽は、ただ「聴くもの」から「環境そのものを変えるもの」へと進化していく。生活、旅行、買い物、仕事、推し活…あらゆる領域が音楽によって拡張される。そんな新しい時代に、私達は立ち会っている。気付いたときには、音楽は僕らの生活のもっと深いところで静かに寄り添い、自由を広げていることになるのではないだろうか。

文◎烏丸哲也(BARKS)

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