最近は、当たりさわりのないラッパーが次々と有名になる時代だが、最速で評判が広がるのは、やはりハードコアの最もハードなラッパーである。「ラップはストリートで始まったものだから、いつでもストリートに戻っていくんだ」とProdigyは言う。彼は、人々に恐れられている2人組Mobb Deepのひとりで、'90年代初期から多くのリスナーの首を吹き飛ばしてきた――もちろん音楽で。「ストリートこそMobb Deep。ストリートは、おれたちの心にある。それは絶対になくならない。Mobb Deepの居場所は、レフラクのクイーンズブリッジだ。おれたちは、おれたちのソウルミュージックをやる。それだけだ」。レフラクは、ニューヨークのクイーンズにある地名。'60年代に建てられた巨大アパートがそびえる地区である。 Mobb Deepはつねに、ラップの王道であるハードコアサウンドを追求してきた。そして今回Prodigyは、個人名でデビューソロアルバム『H.N.I.C.』を発表。彼のクイーンズのストリートを題材にした歌詞は絶妙だ。「ただそのへんに座って、だれもやってないこと、だれも言ってないことを考えただけだよ。そしたら、こういう詞ができた」と彼は話す。「スタジオでも書いてたし、クルマのなかでも家でも、どこでも書いてた。ビートがあっても、なくても。毎回違うんだ」 Prodigyの日常から生まれた歌詞に、今回、トップレヴェルのビートを提供しているプロデューサーは、大御所EZ ElpeeとAlchemist、そしてMobb Deepの相棒Havocである。「むきだしの感じを生かしてくれるプロデューサーを選んだんだ」と彼は言う。「いい音楽を作りたいだけだよ。それ以上でも以下でもない。ソロでもヒットを出したいからね」 たしかに『H.N.I.C.』には、ヒットしそうな曲が満載だ。たとえば先行シングル“Keep It Thoro”はざらついたミッドテンポの曲で、Prodigyはいつものストリートの雰囲気が漂うヴォーカルを聞かせている(コーラスにはHavocが参加)。さらに、このアルバムには“Infamous Minded”や“Gun Play”といった曲名が並んでいて、その感触は当然ながらMobb Deepの作品に似ている。しかしProdigyの狙いは、別のところにあるという。「このアルバムは、どの部分を取ってもおれなんだ。100%おれのアイディアだ」と彼は明言する。「たしかに“Wanna Be Thugs”はまるでMobb Deepだけど、“You Can Never Feel My Pain”は全然違うだろ。これは赤血球の病気の歌なんだぜ」 “You Can Never Feel My Pain”は、実際にProdigyが鎌状赤血球性貧血にかかった経験を詳しく歌っていて、「おれの痛みはおまえには分からない」という言葉には真実の迫力がある。「鎌状赤血球のことをしゃべってるおれ。それが、おれにとってリアルなんだ」と彼は語気を強める。「これは黒人の遺伝病なんだよ。だから、ヒップホップの世界じゃ珍しくない。けど、そういうことを知らない奴らがいるだろ。だから教えてやろうと思ったのさ」 彼は、鎌状赤血球性貧血にかかっているもうひとりの有名アーティスト、T-Bozに、このアルバムに参加するよう呼びかけたが、それは実現しなかった(「彼女には、この歌を聞いてもらった。気に入ってくれたんだけどな。レコード会社がダメだって言ったんだろう」と彼は言っている)。しかしそれ以外は、彼の希望通りのアーティストが集まった。まずは、Mobb Deepのアルバムそのままに、いつもの相棒Havocが“Wanna Be Thugs”と“Delt W/The Bullsh-t”の2曲に参加。また“What U Rep”では、Noreagaが独特の“norebonics”を加えている。 意外なところでは、Cash Money BrothersのB.G.が“Y.B.E.”に参加。このトラックは、Whodiniの“One Love”のビートに乗せて、一旗上げようとしている若い黒人企業家たち(Young Black Entrepreneurs)のことを歌っている。「この業界じゃ、ラッパーもビジネスマンでなくちゃいけない。おれたちは、ビジネスの世界にいるんだ。だから、シーンの裏側にあるいろんなことをうまくやっていくには、ビジネスを学ばなきゃいけない。ラップだけじゃなくて、ビジネスを忘れないことだ。おれたち(Mobb Deep)は、映画会社を買ったりレコード会社を買ったりした。そういうこともやってるんだ」 しかし、Prodigyをヒップホップ界最高の言葉の達人に押し上げるのは、やはり彼がひとりでラップしている曲である。彼のラップには、聞く者を震え上がらせる恐ろしさがある。彼のヴォーカルには起伏がないが,内面のエネルギーは十分に感じられる。多くのMobb Deepファンは、Prodigyの代表作“Quiet Storm”のオリジナルヴァージョンを聴いて以来、彼のソロを待ち望んでいたわけだが、そうでない人々はこのアルバムの深さに驚愕するにちがいない。 『H.N.I.C.』は、純粋にストリートのならず者の音楽である。“ストリート出身”と主張するアーティストはいくらでもいるが、Prodigyはそんなことを言う必要がない。音楽を聴けば明らかだからだ。「このアルバムには、いろんな意味がある」と彼は言う。「とくにタイトルトラックはね。だからタイトルトラックなんだけど。この歌のなかにいるのは、おれなんだ。このタイトルは、おれのおばあさんのことなんだよ。おばあさんはクイーンズのジャメイカってとこで、ダンススクールをやってた。そのおばあさんが昔、自分のことをH.N.I.C.って言ってたんだ」 彼のアルバムを聞けば、ストリートはふたたび動き出すにちがいない。「おれたちは、クイーンズの全地区を代表してる。クイーンズのストリートがおれたちだ」とProdigyは力を込めて言う。「『H.N.I.C.』は、アドレナリンが出るアルバムだよ」 Prodigyは、ソロアルバムをあと3枚リリースするつもりだという。しかし心配は要らない。だからといってMobb Deepの新譜が出ないというわけではない。彼らは現在、タイトル未定の5枚目のアルバムを制作中で、Prodigyによれば'01年夏リリース予定とのことである。 |