ジャズの賢人、大いに語る
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ギタリストで作曲家のPat Methenyは、ジャズ界で最も成功し、認知され、高収入を誇るアーティストの1人だ。 Methenyの音楽は既成のジャズファンやジャズというジャンルを超えて広く受け容れられ、レコード会社にとっても魅力ある存在となった。Warner Bros.もそのうちの1社で、数年前に100万ドルというジャズアーティストとしては破格の金額で契約をしたそうだ。 Pat Metheny Groupとしてのアルバム『Letter From Home』や『We Live Here』が軽いジャズ好きに受け容れられる一方で、『Rejoicing』『Question And Answer』『Bright Size Life』等の作品ではコアなファンにアピールし、Methenyの堅実な戦略は成功しているようだ。 だがこれで終わりだとは思わないほうがいい。 何故なら、Methenyのように前向きなアーティストは、現在の音楽シーンにはとても満足しているとは思えないからだ。 「私にとっては…」とニューヨークシティでMethenyは語る。 「レコード店もラジオ局も全く役に立たない。それもここしばらくはひどい状況だ。両方ともね。私が言っているのはニューヨークのTower Recordsのことではなくて…あそこは私のレコードを置いているよ。でも、例えばミズーリ州ジョプリンのK-Martに行ってみなさい。私のレコードはおろか、Miles Davisのレコードさえも置いていない。ラジオもずっと同じ有り様で、私の作品の99.7%はどこの局でもかけてもらえない。コンテンポラリージャズ専門局などが3曲かけたとしても、アドリブの部分は鬱陶しいから途中で切ってしまうんだ。それでも私の曲をかけてくれるだけまだましで、ジャズ専門局に至っては見向きもしない。皮肉なことに、コンテンポラリージャズ専門局が私の曲をそういうふうに取り上げるせいで、逆に伝統的なジャズの基準を持つ人達の耳には、私の音楽はほとんど届いていないんだ」 Methenyはインターネットで音楽が配信されることには賛成で、自分の全作品がネット上で手に入る日を夢見ている。 自分だけでなく、より恵まれないアーティスト達にとっても、インターネットにより希望が生まれると考えているのだ。 「例えば、聴いたことのない音楽がラジオで頻繁に流れたとしよう。違うのは、それがジャズアーティストであれば、少なくとも世界に10万人いるジャズファンがその存在を知ることになる。しかし、それがポップス界のアーティストならば、知られていないためにヒットがないということは、存在していないのに等しい。せいぜい3000枚しかレコードが売れないジャズ界と比べれば、彼らにとってそれは不幸なことだ。問題は音楽そのものにではなく、音楽をとりまく文化や環境にあると思う。インターネットは主流から外れたミュージシャン達にとって、それまでいるかいないか判らなかった聴衆を見つけるチャンスを与えてくれるんだ」と彼は言う。 ギタリストMethenyの最新のアルバムは、見方によって最高とも最低とも言える。ドラムのBill StewartとベースのLarry Grenadierとの伝統的なジャズセッションを録音した『Trio 99-00』は、今までの作品の中で最も純粋なジャズアルバムだ。同じメンバーによる7週間の世界ツアーから戻ってきて2日後に録音されたこのアルバムは、全編がインプロヴィゼーションの塊だ。 「あらゆる意味でこのアルバムは『Bright Size Life』('76年のデビュー作)に似ている」とMethenyは言う。 「何故なら、このアルバムで書いた曲からは、トリオとしての演奏の在り方が判るからだ。自分よりも大先輩のジャズミュージシャンと一緒のときは、広い意味で彼らの世界の中で演奏しなければならない。それが、BillやLarryと一緒のときは、Jaco PastoriusやBob Moses(『Bright Size Life』のベースとドラム)のように同世代の世界を作ることができる。BillとLarryはあらゆる演奏スタイルをこなすことが可能なので、特定の演奏スタイルに囚われることなく自分達の音楽を作ることができるんだ。だから、このトリオはすごく自由でエキサイティング。これだけギターを弾きまくったのは『Question And Answer』 (ベースのDave Holland、ドラムのRoy Haynesと共演した'90年録音作品)以来だし、彼ら2人のおかげなんだ。」 『Trio 99-00』には、このトリオのために書き下ろした曲以外にも、独特なアレンジが施されたJohn Coltraneの「Giant Steps」や、Sammy Davis Jr.で有名な「A Lot Of Livin' To Do」(Strouse/Adams作品)、Wayne Shorterの「Capricorn」、それにMetheny自身の旧作「Travels」と「Lone Jack」が収録されている。 「このアルバムにはあまり計画性はないんだ」とMethenyは言う。 「ツアーがイスタンブールで終わったのが火曜日で、水曜日に帰ってきて、木曜日に通関を済ませて、金曜日からレコーディングを始めた。新曲を作ったのが木曜の夜だったんだ。ツアーではスタンダードや「Lone Jack」のような旧作も演奏していたから、毎晩演奏していた曲と新作との組み合わせになったのさ」 Methenyがツアーに出る前に、WBは映画『A Map Of The World』(Jane Hamilton監督)のサウンドトラックをリリース。彼はまた、13年越しのプロジェクト『The Pat Metheny Songbook』(リーダーのみならずサイドマンとしての自身の全演奏記録を収めた500ページにも及ぶ編集本)を発表するのにも多忙を極めている。 そんな自身の活動に加え、Bruce Hornsby、Jim Hall、Michael Brecker、Kenny Garrettらのレコーディングにも最近参加している。彼のどこにそんなエネルギーがあるのか不思議でならない。 「素晴らしいミュージシャン達といろんなことにトライできるなんて幸運なことさ」と遠慮がちに彼は語る。 「ただ私の場合、1つの仕事をするのに、その3倍の仕事を断らなければならない。だからなるべくやりがいがあって、自分が楽しめるようなものを選び、そのために自分の環境も整えるようにしているんだ」 結局、これらすべてが相互に絡み合ってMetheny自身に帰するということだろうか? 「私の長期的目標は、同時代に生きている人達と共鳴できるようなミュージシャンになること。モダンジャズや特定の音楽しか演奏しないミュージシャンがいるが、それは自分にとって全く無意味なことなんだ。自分の人生や育ってきた環境を振り返ると、大好きな音楽はたくさんある。だから、例えばBruce Hornsbyとのレコーディングでは、私が興味を持っている領域と同じ世界を共有できるし…『Harbor Lights』に収録のコードチェンジのように、自分の中でも最も高度な演奏になる。そうした音楽に共鳴してくれる芸術家達と仕事をしなければダメなんだ。Derek Baileyと演奏するのも全く一緒さ。自分が興味を持つあらゆる音楽に挑戦した結果の積み重ねが、自分の音楽家としての足跡になると信じているんだ」 実際、Methenyの音楽そのものが多くのファンの間で受け容れられている。 『Imaginary Day』のようにベトナム色の強い作品から、BreckerやJoshua Redmanとの火を吹くような競演、そして『Trio 99-00』のような豪華なセッションまで、彼のこれまでの作品は感銘深く、多様だ。 だが、Pat Methenyの持ち味は熱いソロとSonny Rollinsを彷彿とさせるアドリブテクニックだと信じている人達にとって、今度の新しいアルバムが本当に望まれているのか、という疑問も浮かぶ。 「いや…」と彼は応じる。 「その議論をするつもりはないんだ。うんざりしていると思われたら心外だけどね。アルバムの音やノリ、あるいは出版される記録本(『The Pat Metheny Songbook』)そのもので判断してほしい。歴史的な評価は何年もの時間がかかるんだ。その意味で、この25年間自分がやってきたことや、自分の周りのミュージシャン達のことを思うと、ほとんどのミュージシャンの業績が誤解されていると思う。(John) Scofieldしかり、(Bill) Frisellしかり、はたまたWynton (Marsallis)しかり。現在音楽が語られている状況は目を覆うばかりだ。私はそれに耳を貸すつもりはないね」 by Ken Micallef |