【インタビュー】HACHIが最新アルバム『for ASTRA.』で残したかったモノ

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VSinger(バーチャルシンガー)のHACHIが11月13日、キングレコード / SONIC BLADEよりメジャーデビューアルバム『for ASTRA.』をリリースした。

今年8月から3か月連続で本作に収録されている楽曲がシングルカットされており、今日までに「Dusk」「万有引力」「万華鏡」が発表されていた。これらの3曲を含め、今回のアルバムには全14曲(通常盤のみ収録されるDJ WILDPARTYのボーナストラックを含む)が収められている。なお、本作はフルアルバムとしては『Midnight blue』、『Close to heart』に続く3作目だ。

控えめに言っても攻めた内容だと感じる。HACHIは元より我々の暗闇に寄り添ってくれるシンガーだったが、今作ではさらにオルタナティブな方向に先鋭化されている。R&Bにハウス、シューゲイザーなどを基軸にしながら、自身初の作詞にまで挑戦した。

 今回のインタビューでは、本作に込められたHACHIの想いや“バーチャル”への期待感が語られている。“メジャー”に全く動じないその胆力の強さ、ぜひこの記事からも感じてほしい。 

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◼︎アルバム全体を通して最大限の“ありがとう”があります

──前作『Close to heart』では「Deep Sleep Sheep」が“役目を終えたアンドロイドの最後のひとりごと”というコンセプトを持っていました。今作『for ASTRA.』も“ボイジャー(アメリカの無人惑星探査機)のゴールデンレコード” をモチーフにしています。作品ごとにかなり世界観へのこだわりを感じるのですが、毎回HACHIさんがアイデアを出しているのでしょうか?

HACHI:そうですね。基本的に音楽を含めた自分の制作物は、全部私が主軸になってコンセプトを考えています。今回はいつも一緒に活動している海野水玉さんとお喋りしてるときに、いきなりボイジャーの話になって。アルバムの世界観をどうしようかって考えてるときに、“ボイジャーモチーフの曲ってエモくないですか?”みたいな感じでアイデアを共有してくれたんです。ボイジャーにゴールデンレコードっていう機能が搭載されてて、地球外生命体に私たちの文化や各国の挨拶とか色んな音楽をすべて詰め込んで、まだ見ぬ生命体に届けるために、宇宙を巡回しているっていう…。そのコンセプトがすごい今の自分に合ってると思ったんです。元々自分の活動コンセプトというか、活動理念っていうんですかね。 そういうのを自分が存在した証として残していきたいってずっと考えていたんです。



──まさにアイデアとしてずっと持ち続けてらっしゃるように見えます。「Deep Sleep Sheep」も、自分がいなくなったあとの世界観ですよね。

HACHI:結構そこもあります。死生観みたいな話はそれぞれのアーティストの方ともうっすらさせてもらった部分もあって、自分が死んだあとの世界は確かに意識した部分かもしれないです。やっぱり“今この瞬間”を残すために『for ASTRA.』を作った気がします。

──アルバムの最後を飾る「レコードのように」は特にそういった思いの丈が具体化されているように感じました。

HACHI:そうかもしれないです。作詞には以前からチャレンジしてみたいなとは思っていたんですけど、それをするにあたって色々気構えみたいなのがあったんですよね。今回のコンセプトを踏まえたうえで、リスナーに何をどう伝えるかみたいなことをたくさん考えていました。初めての作詞ではあったんですが、gaze//he’s meさんから音源が届いてすぐに書けてしまったんです。この曲の歌詞は1日たたずにできました。

──アルバムの最後の曲ということもあって、この曲には物凄いカタルシスを感じたんですよね。一貫性という意味でも、初めての作詞とは思えないぐらいストーリーがあります。これまでHACHIさんが表現してきた「わたしとあなた」の距離感はそのままに、テーマとして「歌」そのものにフォーカスしているというか。今回のアルバムだけでなく、これまでのHACHIさんの音楽も照らしていて、その意味ではファン目線でも重要な曲だと思います。

HACHI:ありがとうございます。実際、ファンとの関係は重要ですね。やっぱり自分がいま活動できている理由はリスナーさんの応援が100%なんですよ。応援してくれる声があるからこそいろんな人に聴いてもらえるし、いろんなところで公演ができる。今回ありがたいことに、キングレコードさんからメジャーデビューさせていただくのも全部リスナーさんがいるおかげですし。 常にBEES(HACHIのファンの愛称)に対する感謝の気持ちを忘れないようにしようと改めて思いました。「レコードのように」だけではなくて、このアルバム全体を通して最大限の“ありがとう”があります。それは歌詞を書くことでより実感した部分かもしれないです。



──そういった想いが攻めたアウトプットになっているのがこのアルバムの凄さだと感じます。良い意味でメジャーデビューとしての気負いがなく、オルタナティブな内容に仕上がっています。

HACHI:正直言うと“メジャーデビューだから”ということで何かを変えたわけではないんですよ。私が好きなアーティストにお声掛けして、自分がいまやりたいことをやらせてもらったアルバムです。それゆえの大変さはありましたけど、関わってくれた方々には本当に感謝しかないですね。それぞれの楽曲は結構ライブ想定で考えたところはあったりもするんですけど、基本的には私の好みでアポをとっていただきました。先ほどお伝えしたようなアルバムのコンセプトを共有させてもらいながら、クリエイターさんが感じたことを思ったまま作っていただきました。今回お願いしたアーティストは本当にもう、私自身が何もかも好きな方々なので、変に気負わないでほしかったんです。『for ASTRA.』はそれを突き詰めていった結果ですね。

──特に「√64」(ルート・シックスティフォー)は、バーチャル史上最も身体的でオーセンティックなR&Bだと思います。

HACHI:この曲はおしゃれに歌うっていうところが重要だと思っています。プロデュースしてくれた春野さんがそもそもおしゃれな楽曲を作るアーティストなので、それをどう自分に落とし込むか考えました。私の場合は音楽性だけじゃなくて、その人の全体的な雰囲気が好きでお願いしているところもあるんです。だから春野さんのスタイルごと取り入れたくて、そこは本当にドキドキしました(笑)。「√64」はフェイク(原曲の音程やリズムを変えて歌うこと)が難しいんですよ。

──まさにR&B的な難しさという気がします。具体的にはどういった部分が困難なのでしょう?

HACHI:その曲を作った本人ならそのコード進行に一番合う音程とリズムが分かると思うんですけど、作者以外がそれを探し当てるのってすごく難しいんです。私の場合はまだちょっと度胸がなくて、自分の好きなようにやっていいのかなと考えてしまって。思い切った歌い方ができていないと感じることがあるんです。その曲のフェイクを自分で歌えるようになれば、それはひとつ成長なのかなと思います。

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