【インタビュー】「VOCALAND」再び。角松敏生が「やりたかったことをやり倒した」と語る1990年代の貴重な音像がノンストップリミックスで甦る

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◼︎「VOCALAND」は自分の中でもすごく凝っていた作品

──話を『VOCALAND REBIRTH』に戻しますと、本作は『VOCALAND』収録曲が中心ですが、オープニングの「Give it up」とラストの「Never Gonna Miss You」は『2』で吉沢梨絵さんが歌われていたナンバーですよね? 「VOCALAND」というプロジェクトにおいても、《吉沢梨絵さんとの出会いは現在の私の活動においても大変重要》であるとコメントされていましたが、『VOCALAND REBIRTH』に吉沢さんのナンバーを入れることはやはり必然であり、当然のことだったのでしょうか。

角松敏生:そういう風に言った方がドラマチックに感じるかもしれないですけど、「このままじゃアルバムにならないから、あと何曲か足してください」って言われたっていうのが本当のところ(笑)。

──その裏話は載せていいのでしょうか(笑)。

角松敏生:(笑)吉沢梨絵は、基本的にこの「VOCALAND」プロデュースの中では唯一と言っていいくらい成功した人です。ミュージカル女優として大成された方で、今でも付き合いがあります。僕の作品でも歌っているし、ツアーでバックシンガーをやってくれることもあります。そういう仲でもありますし、彼女は『VOCALAND 2』の人なんですけど、やっぱり僕にとって吉沢梨絵という人は「VOCALAND」の看板女優なんです。avexの担当からも「「Never Gonna Miss You」を入れたい」って言われたんですよ。それで、僕とデュエットしているということもあるし、マルチがあるので「僕がリミックスするから」って言ったんです。それで完全にミックスをし直した。で、その後で新曲も欲しいという話が出て、それなら「Never Gonna Miss You」のその後のストーリーを梨絵と一緒に歌えたらドラマチックだよねぇなんて言ってたんですけど、これは絶対自分の新作『MAGIC HOUR』ってアルバムとバーターにしてやろう”と思ってね(笑)。

──ははは(笑)。

角松敏生:僕自身もこのままだとアルバムとしては短いから、どうせだったら新曲を入れるのもいいよなって思ってたんだけど、いかんせん自分のアルバムを作ってたから余裕がなくて。だから、いい意味でバーターにすればやれるかも、自分で作った曲を梨絵とデュエットすることを思いついた。要は、作る段階でデュエットを想定したんです。「Turn on your lights ~May your dreams come true~」って曲なんですけど、メロディーラインもそこに女性ボーカルが入ってくることを想定して考えました。『MAGIC HOUR』のレコーディングの時には梨絵の旋律は出来上がってたかな。それで自分のレコーディングをして、そのあとで『VOCALAND REBIRTH』用に、梨絵に女性パートを入れてもらって完成という流れでした。



──そうでしたか。「Give it up」と「Never Gonna Miss You」に関して言いますと、過去の角松さんのインタビューでこんなエピソードを見付けました。何でも『VOCALAND2』制作時、角松さんはスランプで、「Give it up」を作るのに17曲を作って全部ダメにしてお蔵入りにしたとか。「Never Gonna Miss You」もそんな中で出来た曲で、「Never Gonna~」が出来たことでスランプを抜けたと語っておられたんです。

角松敏生:その発言はあんまり覚えてないですね(笑)。

──(笑)。そこから推測するに、「Give it up」と「Never Gonna Miss You」はプロデューサーの観点のみならず、コンポーザーとしてもとても重要な楽曲であることが想像出来ましたし、その意味でも『VOCALAND REBIRTH』に収録する意味があったのではないかと思ったところです。

角松敏生:「Give it up」を作る時にすごく悩んでたのは覚えてます。それは、まず梨絵が若くてすごく歌の上手い人だったから自分の欲が深くなったってのもあった。何曲か作ったあとで「Give it up」でいこうとなって、レコーディングしている時に彼女の歌の上手さに触発されて、“この子と一緒に歌ってみたい”っていう気持ちが生まれ、「Never Gonna Miss You」を作ったんですよ。それからの数曲は楽しかったですよね。「ALL OF YOU」も「サヨナラはくちぐせ」も(※註:共に角松敏生が提供した吉沢梨絵のシングル曲)すごく楽しく作った記憶があります。……やっぱり彼女自身が実力のある人だったし、より良いものを作ろうっていう気持ちがあったから悩んでいたんだと思います。スランプというんじゃなくてね。

──吉沢梨絵さんの制作作業をしながら、“彼女をどうプロデュースするのがベストなのか?”とより深く考えていったということですね。

角松敏生:そうですね。だから「Never Gonna Miss You」で方向性が広がって、“道が見えた!”っていう感じだったんじゃないですかね。

──「Never Gonna Miss You」の歌詞は不思議な別れといった内容で、当時まだ21歳だった吉沢さんはニュアンスが掴めなかったという話を、これもまた当時のインタビュー記事で見たのですが。

角松敏生:梨絵ちゃんはずっと“?”で歌ってたって言ってましたもん。今でもその話しするけどね(笑)。

──そこで角松さんはどんな風にプロデュースされたんですか?

角松敏生:ともかく上手に歌えばいいよ──ただそれだけです。「情感とか歌詞の意味は考えなくていいよ。分かんなかったら分かんないでいいから」って。彼女は役者さんでもあるから、「監督、これどういう意味ですか?」って言う癖もあったんだと思う。彼女は「今になって角松さんの歌詞がよく分かる」って言ってますよ(笑)。彼女も様々な経験を経て今がありますからね。僕と同様に子育ても頑張ってるからね(笑)。

──「Never Gonna Miss You」の続編とも言える新曲「May your dreams come true」についても伺いましょう。この新曲の歌詞はポジティブで、明るさすら感じるような内容になりましたね。

角松敏生:avexの担当者から「Never Gonna Miss You」のその後の曲ができたらいいですね、という話をされてから、ずっと考えてはいたんです。自分のアルバムに入れる曲として良いバラードができたら梨絵ちゃんとデュエット出来たらいいなくらいに考えていました。そんなときに、年明けと共にすごく体調崩しちゃって、さらに震災があったことで精神的に前向きにはなれなくて……。でも、しんどい人はもっとしんどい思いをしている。そう考えながら街行く人々を眺めていたら、“空というのは繋がっている”とふと思い浮かんで。 “今あなたはどこにいるか分からないし、どう暮らしているか分からないけれど、あなたのところにも、この綺麗な空が見えているといいな”っていう物語にしようと思ったんですね。そうして出来上がったのがこの曲です。

──なるほど。

角松敏生:そう考えれば、「Never Gonna Miss You」の2人は別に再会しなくてもいいわけですよ。情熱的な別れ方をした2人は“相手は今どうしているのか?”ってふと思い出す。思い出して“元気でいてくれたらいいな”って思っている──そういうストーリーもいいなと。それと同時に、“今、大変な想いをしている人たちにもいいことがありますように”と考えたときに、“May your dreams come true”という言葉が自分の中でパッと浮かんで。あれは1月15日くらいだったかな。

──能登半島地震は元日でしたから、そこから2週間経って、少しでも希望のある内容を作りたいと思われたんですね。

角松敏生:世の中に対して自分に何ができるか──とかそんな偉そうなことじゃないですよ。自分の気持ちが元気じゃない、他人にもエネルギーってあげられないから、あの時はまず自分を上げるのに精一杯でした(笑)。

──となると、例えば、「Never Gonna Miss You」で別れた2人もドラマチックである必要はなかった。旅立った人は戻って来ていないのでしょうね。

角松敏生:来てない、来てない(笑)。それでも、お互いに想いがあれば……ということ。50歳、60歳にもなればそいう経験も一度や二度はあるじゃないですか?

──“あの時のあの人はどうしてるのかな?”って思うことは皆あるんでしょうね。ただ、そこで無理やりに逢おうとすると、ちょっと話が違ってきますよね。

角松敏生:誰にでもふとしたときに昔の恋人に会いたい気持ちってのは、あると思いますよ。しかし、60歳を越えるとねぇ……諸行無常という理を思えば微妙ですよね、男も女も(笑)。

──いやいや、そうじゃない人もいらっしゃいますって(笑)。

角松敏生:というか、“当時の思い出はそのままにしておきたい”って思うほうがいいと僕は思います。だってそんなもの誰にも理解できない、思い出は個人の記憶という特別な領域ですから。静かにしておきたい、そういう想いが大事かなと思いますよ。過去を悔やんでも否定はしないというかね。例えば、辛かった恋愛というのは、それだけ愛が深かったってことですからね。

──なるほど。「May your dreams come true」は、現在50〜60代の人たちが、かつての自身の恋愛と重ねて聴くことも出来そうですね。

角松敏生:そこはもうご自由に(笑)。どの年代が聴いても勝手にいろんなストーリーが作れるようにしてるんですよね。それが最近の僕の性分。

──そうですね。先ほど仰ったように、“震災で大変な目に遭って苦労してる人と気持ちが繋がっている”という解釈もアリでしょうし。

角松敏生:そういう地域の人でそういう風に思って聴いてくださる人も実際にいるでしょうね。音楽なので、僕の手から離れたらもう好きに広がっていけばいいと思ってるし、“これが基準のテキストです”っていうのは僕の中にはないんです。

──ひいてはこの『VOCALAND REBIRTH』という作品自体もそうで、リスナーそれぞれにいろんな聴き方が出来るという捉え方でもいいでしょうか。

角松敏生:そうですね。歌詞の世界も1990年代のきらめきだったり、いい意味での一種の退廃的なことだったりと、いろんなものが散りばめられてる感じがしてます。自分自身でも聴いていて嫌じゃないですね。長年やっていると、聴いていて嫌になることってやっぱりあるんですよ。でも 「VOCALAND」は一生懸命に作った……というか、自分の中でもすごく凝っていた作品なんですよ。

──角松さん自身にとっても愛おしい作品なので、いろんな角度から見てもらっても構わないという感じなんでしょうね。

角松敏生:そう。だから、「マルチが残ってるんだったら、またリミックスしたいよ」って言ってるんですよ(笑)。

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