【インタビュー】「VOCALAND」再び。角松敏生が「やりたかったことをやり倒した」と語る1990年代の貴重な音像がノンストップリミックスで甦る
1990年代後半、角松敏生によって行なわれたボーカリスト・プロデュース・プロジェクト「VOCALAND」。日本人シンガーのみならず、世界的な実力派アーティストたちが参加して、1996年に『VOCALAND』、翌1997年に『VOCALAND2 ~Male,Female & Mellow~』の2作品が発表された。
あれから四半世紀以上の時を経て、角松敏生本人のノンストップリミックスで「VOCALAND」が再び我々の元に届く。6月26日リリース『VOCALAND REBIRTH Extended Mix by TOSHIKI KADOMATSU』がそれだ。使用された音源は一般には入手困難のものもあり、音像そのものが1990年代の貴重なアーカイブとも言える作品である。
加えて、「VOCALAND」を代表するバラードナンバー「Never Gonna Miss You」の続編とも言える新曲「May your dreams come true」も、角松敏生&吉沢梨絵のデュエットでボーナストラックに収録。まさにファン垂涎の作品となった。そんな新作の制作背景、当時「VOCALAND」に込めた想いなどと併せて、現在の音楽シーンに対する捉え方を角松敏生に訊いた。
◆ ◆ ◆
◼︎「これはすごい貴重なんですよ!」って伝えたい
──『VOCALAND REBIRTH Extended Mix by TOSHIKI KADOMATSU』(※註:以下『VOCALAND REBIRTH』)に関して、オフィシャルサイトに《私は4年くらい前からこのVOCALANDの完全リミックスを制作したいと考えていた》という角松さんのコメントが載っていますが、1990年代のサウンドを再提示したいと考えるに至ったきっかけは何だったのでしょうか?
角松敏生:まず誤解のないように申しておきますと、『VOCALAND REBIRTH』は頼まれたからやっただけです(笑)。なので、その《考えていた》というのは“「VOCALAND」シリーズは非常に貴重な記録だからリミックスをやりゃいいのにな”って思っていたということです。そう思ったのは4年どころじゃないですよ、ずっと前からです。ただ、今avexで僕に興味を持っている人なんかいないだろう、“これは面白いですよ!”って言う人もいないだろうなって思い込んでたんですね。
──そんなことはないと思いますが。
角松敏生:「VOCALAND」プロジェクトを立ち上げたのはavexにはまだ社員もほとんどいない頃で、松浦さん(avex株式会社 代表取締役会長)と数人とで立ち上げたばかり。でも、ものすごいお金があった。そういう特殊な背景の中で生まれた作品だったんです。そもそも、そんな時代を知る人が今はいないに等しいわけです。そんな中で、唯一残っている当時の担当者が「定年前に自分が好きなことをやって辞めたい」って話を持ってきた。僕と一緒に何かやりたいと。そう言ってくれたことは嬉しかったですよね。で、彼が「過去の音源を使ってノンストップミックスみたいなのでもいいんで」って言うから、「じゃあ是非」って。マルチデータがあるんだったら、それらを使用してリミックス、さらにマスタリングもやり直したいと申し出ました。なにしろ「VOCALAND」シリーズは僕の原盤じゃないのでね。勝手にはいじれない。
──以前から、「VOCALAND」シリーズを録った時の音、1990年代の音をどこかで再提示しないともったいないとは思っていたんですね?
角松敏生:記録されているものの中に、非常に貴重な音がいっぱいあるので、この時代に再構築して綺麗にして出したら喜ぶ人もいっぱいいるだろうし。それは年寄りが喜ぶだけじゃなく、若い人も興味を持って聴けるような第一級資料的なものがそこに記録されているはずだ、とは思ってましたね。
──《当時の最新の技術やメソッドを取り入れて様々な実験ができた》とのコメントもありましたが、その実験とはどんなものだったのでしょうか?
角松敏生:いろいろですよ。コンピュータのOSやソフトがどんどん進化していったことももちろんありますし、今で言うプラグインみたいなものを取り入れたのもそう。音を1個1個プログラミングしてMIDIで発音するんじゃなくて、出来上がったサウンドファイルを貼り付けていくだけでループさせる作業とか。……これは今のトラックメーカーの子たちがよくやっていることの原型ですね。ビートファイルを4小節ごとに付けるなどという手法は今では当たり前ですけど、当時ぼちぼち始まったことでした。あとは外部音源ですね。僕は今も外部音源にこだわって色々とやってるんですけど、1990年代は未だちょっと過渡期だった。シンセサイザーで言うとDX7やD-50の時代が一段落して次のフェイズに移行していくような時代だったので、そこもまた面白かったっていうか、混沌としてましたね。
──その中から何を持ってくるか、手探りの状態だったのでしょうか?
角松敏生:別に手探りとか、そんな大したことじゃないですよ。面白いと思ったことやっただけです。
──面白いと思ったことを潤沢な製作費で実現出来たという。
角松敏生:そうですね。当時はものすごくお金があったし、何よりもCDの市場があったから、そこがやっぱり大きかったですよね。10万枚くらい売れるCDを作ることに、何千万円という製作費をかけられたわけですから。今は500万円かけたら「かけすぎだ!」って言われますからね。分かりやすく言うとそういうことですよ。
──『VOCALAND』をリリースされたあと、1996年頃のインタビューで角松さんは“『VOCALAND』を作り終えて、avexというレコード会社が何で成功したのかという理念を知ることが出来た”と仰っていました。その辺りの見解を今、改めてお伺いしたいです。
角松敏生:それは若い頃の意見ですからね。大した話ではないですよ。ただ、強いて振り返って言うんだったら、やっぱりお金があったことがでかい(笑)。当時のスタッフが制作ということに対してものすごいこだわっていたし、僕らを尊重してくれて、面白いことやるため、いいものを作るためにはお金がかかるんだとちゃんと理解をしてくれていた。しかもavexのスタッフは圧倒的に若かったというのがあります。その時、角松敏生としてはBMGビクター(註:現在のアリオラジャパン)所属だったんですけど、BMGビクターの部長、課長の年齢は大体50〜60歳。一方、avexの松浦さんは30歳そこそこですよ。だからもう全然感覚が違いますよね、音楽に対しての理解度とかね。「よし、お金が入った! 音楽制作に使っちゃえ!」って作ったものがうまく当たって、またお金が入ってくる──そういった、何だかよく分からないけど、時代に即したエネルギーとかポテンシャルというようなものが僕にはすごくキラキラして見えたんです。だから、その過去の発言は「avexはこういうエネルギーがあるから成功したんだな」と思ってただけです(笑)。
──確かに当時、そういう側面はありましたね。
角松敏生:もちろん、実際はそれだけではなかったですけどね。「既存の日本の芸能界とどうやって上手く渡り合っていくか?」というビジネスに舵を切ろうとした松浦さんがいたり、逆に芸能とは距離を置いたところで音楽に向き合う人たちがいたり。そういうことを僕は裏でまざまざと見てきましたよ。ただ、会社って大きくなると人格がなくなるというか、人の顔が見えなくなっていくじゃないですか。“この人の会社”ではなく、“会社としての人格”になっていく。でもavexは、“こんなにお金を持ってるレコード会社なのにちゃんと顔がある”って思ったんです。人格がある。そこが魅力的に見えたんですよ。
──なるほど。そこに潤沢な制作費と、ちゃんと顔が見える人たちがいたらこそ、『VOCALAND』『VOCALAND2』で角松さんがやりたかったことが出来たということですね。
角松敏生:まぁ、松浦さんも今になって思えば「あんなことを言って後悔してるよ」って言うかもしれませんけど、あの時に言われたのは「好きにやっちゃってください」ですもん(笑)。
──ホントそれはすごいですねぇ(笑)。
角松敏生:「好きにやっちゃってくださいって言われてもなぁ……それが一番困るんだよなぁ」ってところはありましたけど、その結果として作ることができたのが『VOCALAND』、『VOCALAND2』でした。
──“好きにやっちゃってください”と言われて作った「VOCALAND」シリーズであったからこそ、今となっても貴重な音が入っているんでしょうね。
角松敏生:そうです。その中に記録されている音は非常に貴重なものなんですよね。今はもう聴けないものとか、世界的な宮大工による仕事のようなものとか、そういったものが記録されているので、「これは分かる人にしか分かんねぇかなぁ」って思いながらも(笑)、「これはすごい貴重なんですよ!」って伝えたいですよね。“当時、あの人がこんなことをやってました”みたいな人も参加してるわけですし。もちろん「VOCALAND」シリーズのメインは、日本の名もなきシンガーたちにスポットを当てること。それが僕のやりたかったことだったんですけど、それと同時に海外のアーティストの作品も入れてます。言ってしまえば、このシリーズでは、僕がやりたかったことをやり倒したんですよ。日本で頑張っている名もなきシンガーと、すごい実力のある海外の人たちとのプロダクションを同時に並べることの面白さ。正直言って、当時、自分でも“大丈夫か!?”とは思ってたんですよ(笑)。でも、今こうやって並べて聴いてみると、“やはりとてもいいな”って思いました(笑)。
──はい。今回『VOCALAND REBIRTH』と併せて『VOCALAND』『VOCALAND2』も聴きましたが、いずれもカッコいい作品だと思います。『VOCALAND REBIRTH』は、レーベルサイドからの依頼で始まったということですけど、ノンストップリミックスを制作するにあたって角松さんはどんなことを心がけたのでしょうか?
角松敏生:基本的にダンスミュージックにはしたかったんです。所謂ダンストラックにしたい、ビートのあるものにしたい、グルーヴチューンで作った方がいいなと思いました。ともかく、「VOCALAND」として最初の試みなので、記録としての素晴らしさ、そのエネルギーを示しつつ、一種の疾走感みたいなものをドカーンって聴かせる。聴かせて、“はい、さよなら!”みたいな(笑)。そういうものを作っておこうと思ったんですよ。
──実際、疾走感ありますよね、めちゃくちゃ。
角松敏生:シュって行って、「わっ! ……何だったんですかね、あれは!?」って言わせたかったので、最初に依頼を受けた時に「分かった! やるよ!」って言って、20分で作っちゃいました。
──20分で!?
角松敏生:そう。20分くらいでラフを作って、「こんなのどう?」って一回聴かせていい反応だったので、改めて作り直したんです。あと、トラックを繋げただけじゃなくて、ちょっと音を足したんですよ。マルチミックス的にやってて──。
──オープニングとエンディングは明らかに音を足していることが分かりましたが、他の楽曲も足していますか?
角松敏生:足してます。楽曲が乗り換わるところでプログラミングを加えてます。頭とケツの部分は、多分勘違いしていると思うけど、あれは元々あった音なんですよ。
──え、そうなんですか?
角松敏生:実は「VOCALAND」は12インチシングルをいっぱい出していて、エクステンデッドバージョンが存在しているんですよ。『VOCALAND REBIRTH』ではシングルバージョンを使っているんじゃなくて、それを使ってます。でも、それはお蔵になってるの。『WHAT CHA DOIN'』も12インチがあるんです。めっちゃカッコいいよ。で、そういう12インチも含めて、「とりあえず倉庫に眠っているのを全部持ってこい! アーカイブ出来るものは全部アーカイブしとけ!」って言って(笑)、それから作っていったんです。
──まさに『VOCALAND REBIRTH』は“お蔵出し”でもあるんですね。
角松敏生:そうなんです。ハーフインチテープしか残っていないものもあって、「ハーフのアナログなんて、とっととアーカイブしていないとまたなくなるぞ!」ってけしかけて(笑)。エクステンデッドバージョンから録っている音は、オリジナルバージョンと違って聴こえると思いますけど、元がそうなっていたということなんです。
──それぞれの楽曲で改めてトラックのバランスを整える、所謂リミックスの作業も行なったんですか?
角松敏生:そうです。それぞれオリジナルをリミックスしてあります。でも、低音域の輪郭をちょっと足しているだけかな。
──『VOCALAND REBIRTH』は1996年版、1997年版に比べて音がシャープかつクリアな印象も受けたんですけど、元々、相当に良い音で録れていたということですね。
角松敏生:もちろん今の技術もありますよ。一回録ったものの2ミックスをマルチでバランスとってやっているところでね。でも、基本的には1990年代からあの音が鳴ってましたよ。
──そうですか。あと、この『VOCALAND REBIRTH』は曲の繋ぎの面白さは圧倒的にあると思います。次の曲に移るタイミングがジャストで、聴いていてめちゃくちゃ気持ちいいですよね?
角松敏生:ああ、それは良かった。
──この気持ち良さは何なんだろうと素直に伺いたかったところです。流石に20分くらいで出来たとは思いませんでした(笑)。
角松敏生:僕はDJをやっていましたからね。それも1980年代に。ディスコDJの世界です。だから、単純にそういうエンターテインメントなだけです
よ。“客のダンスを止めない”という、ただそれだけの発想です。
──例えば、4曲目「NIGHT BIRDS」とか、“待ってました!”とばかりに、あの旋律が聴こえてくる。とにかく気持ちがいいなぁと思いましたね。
角松敏生:その時代を知っている人は特にそう思うよね(笑)。ノンストップリミックスを作る時には、その“来た、来た、来た!”感みたいなものが重要ではあるんですよ。高揚するというかね。あと、大事なのは短いということ(笑)。ダラダラ聴かせるものじゃない。
──『VOCALAND REBIRTH』は40分を切ってますね。
角松敏生:切ってます。
──30分間って何もしてないと長いですけど、音楽を聴いていると30分ってあっという間であることを、『VOCALAND REBIRTH』を聴いて感じたところでもあります。
角松敏生:それは多分情報量の問題だと思う。人間って音に集中出来るのは44、45分なんですって。35、36分を過ぎるとあくびが出てくる。好きな音楽を聴いててもあくびが出てくるんですよ。だから、こちらとしては“あくびをさせないぞ”っていう意識ですよね(笑)。
──(笑)。そう考えると、昔あった46分のカセットテープってよく出来てたんですね。
角松敏生:よく出来てたんですよ。『VOCALAND REBIRTH』の収録タイムもそういう基準です。アナログのA面B面の構築も大体それくらいで作ってるんですけど、CDになって曲をいっぱい入れられるようになって。悪しき風習として“1CDに20曲入り”みたいなことが発生したことで、CD自体にコンセプト性がなくなって、ただの情報の塊になってしまった。だから、どんな好きなアーティストでも、1曲目で高揚を感じたとしても、16曲も入ったら、1曲目の感動を忘れちゃう。作品ってそうじゃダメなんだけど、CDの収録時間が長くなったのは曲数を入れられなかったレコードの時代のフラストレーションがあってのことでもあるからね。アナログレコードは溝が細くなると音が悪くなるので、曲数が少ない方がいいんですよ。僕は1曲が長い人だったから、アメリカのエンジニアと仕事すると「長い。これじゃあ音が悪くなるから切る」ってどんどんエディットされましたもん。だからCDになっていっぱい入れられるようになった時は嬉しかったですけど、結局それではダメなんだなって今は思います。
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