【コラム】なにより、リアルであること──時代を捉え本当の呼吸を奏でるSATOHの新たなロック
OK。こんなシンプルな言葉にも両義性が宿ることを、SATOHの「OK」という曲を聴くと思い出す。OKという言葉の、その一見肯定的な響きとは裏腹に、SATOHのボーカルであるLinna Figgが吐き捨てるように発語するそれは「いいよ、いいよ、お前らなんか。下品で優しさの欠片も持たない連中のことは無視するよ」というような、鋭い皮肉と否定の意志を浮かび上がらせる。確かな苛立ちを感じさせながら、それをわめき散らすのではなく「俺は俺の人生を生きるよ」という率直なエネルギーに変換するヘヴィでシャープなサウンド。音の質感はダーティだが、同時に冷静でもある。感情に振り回されないクレバーさがあるが、同時に人間として大切なものを捨て去らないための誇りと熱がある。「OK」は2分30秒ちょっとで終わる。決して長くはない時間を性急に走り抜けるこのエナジェティックかつドライな1曲で、Linna Figgは「友」(これも皮肉交じりか)に向けてこう語り掛ける── <ok ok あー で何笑ってんの ? ニヒルやめろ my friend>。
SATOH(サトウ)はLinna Figg(Vo)とKyazm(Gt/Manipulator)によるデュオである。これまでに公開されているインタビュー記事を参照すると、ふたりはお互いに別々のバンドで活動していたところ、対バンライブで出会ったのだという。結成は、大学時代にオーストラリアのメルボルンに留学していたLinnaがSNSで「音楽活動がしたい」と発信し、それにKyazmが反応、データ交換による曲作りを開始したところに端を発している。リモート状態の中で活動が始まったというエピソードが現代的だ。
前述した配信シングル「OK」で今年1月にSATOHはTOY'S FACTORYよりメジャーデビューを果たしたが、そもそものSATOHの活動の仕方はとても独自のものだ。コロナ禍に本格的な活動を開始した彼らは、自らの遊ぶ場所を求めて友人たちと「FLAG」というイベントを開催。同イベントは回を重ねるごとに規模を拡大し、2022年には東阪ツアーを開催、そして2023年には1000人以上のキャパを持つ渋谷のライブハウスSpotify O-EASTにて過去最高規模での開催に至っている。O-EASTで開催された「FLAG 2023」にはgummyboyやAGE FACTORY、No Busesなどジャンルの垣根を越えた出演者たちがラインナップされていた。ちなみに、「OK」のミュージックビデオはアメリカ・ニューヨークで撮影されているそうだが、SATOHはニューヨークを拠点に活動するミュージシャン、Harry Teardropとのコラボレーション曲「Aftershow」も2023年にリリースしている。Harry Teardropもまた「FLAG」出演者。SATOHのコミュニティが国境という枠組みをも自然と超えていることがわかる。
また、彼らは自らを中心としたアーティストコミュニティ「FLAG21」も立ち上げている。「FLAG21」のYouTubeチャンネルには楽曲のミュージックビデオだけでなく過去の「FLAG」の空間がどんな様子だったのかを捉えたVLOGも上がっているのだが、それを見れば「FLAG」がそこに集まる若者たちにとって、とても熱狂的で幸福な空間であることを感じることができる。SATOHのふたりがヒップホップアーティストをメインに取り上げるYouTubeチャンネル「ニートTokyo」に出演した際に「FLAG」を始めたきっかけを問われ、その答えとしてLinnaは「自分らがやっているジャンル?……が、よくわからなかったから」とも発言している。自分たちが何者かを決めるのは自分たちであり、自分たちの居場所は自分たちで作るものだと、彼らは始めから知っていたのだろう。
Mr. Children『DISCOVERY』とレディオヘッド『OK Computer』が交互で流れるような家で育ち、それがきっかけでギターに興味を持ったというLinnaと、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンを愛好する父親のもとで育ち、高校のジャズ研でギターの腕を磨いてきたというKyazm。他にもSATOHのふたりがインタビューで語る音楽的なルーツはASIAN KUNG-FU GENERATIONやELLEGARDEN、RADWIMPS、NUMBER GIRLなどギターサウンドが主役となるバンドミュージックが多い(ふたりの共通項としてレディオヘッドの存在があるようだ)。しかし、彼らは自らのルーツを実直に見つめながらも、それを「そのまま」差し出すことはしていない。彼らは「今」を生きる音楽家として、モダンな手法でヒップホップやクラブ・ミュージックと接続しながら、ロックを、ギターミュージックを、新たなる次元へと導こうとしているようである。それは言い換えるならば、マシン・ガン・ケリーやヤングブラッドのような存在が成してきたことを、今、この国で成しているのがSATOHである、という言い方もできるだろう。
2021年にリリースされたEP『A』と2023年にリリースされた1stフルアルバム『BORN IN ASIA』の2作を聴き比べてみても、SATOHがこの数年間で遂げてきた音楽的発展を感じることができる。あくまでも全体的な質感としてエモラップやヒップホップの色合いが強く感じられる『A』に比べて、圧倒的にギターサウンドの主張が強くなった『BORN IN ASIA』。既に『A』の時点でもその片鱗はあったのだが、この『BORN IN ASIA』で鳴り響くギターサウンドは、ざらついた手触りや人間の気配を残しながらも、あくまでもヒップホップ的な「編集感」によって仕立て上げられた、とても現代的なデザイン性を感じさせるものに辿り着いている。実際、本作のギターサウンドに関してKyazmは「ギターをサンプリングの素材みたいな感覚で使っています」と「ギター・マガジン」のインタビューで答えている。そして、そんな『BORN IN ASIA』からまた一転、より生々しい質感を持ち、ポストパンク的なソリッドさも手に入れた1曲「OK」へ── 。メジャーデビューという大々的なタイミングで、自らの名刺代わりというよりはむしろ新たな手法を提示してきたSATOHの音楽がこの先どこに向かうのか、私にはまったく想像がつかない。
なにより、リアルであること。SATOHのふたりが自らの音楽に求めるのはそういうものなのではないかと思う。今、自分たちが生きるこの時代、この街の空気を捉えたい。自分たちや仲間たちの希望も、記憶も、痛みも含んだ本当の呼吸を、奏でたい── そんな意志を、SATOHの生み出す新たなロックからは感じる。その意志に、私は強く惹かれている。
文:天野史彬
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