【コラム】HANCE、奥深い表現力と感性の高さ示した新作『BLACK WINE』

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“大人の、大人による、大人のためのシネマティック・ミュージック”を掲げたシンガーソングライター、HANCE。40歳を過ぎてから本格的な活動をスタートさせたことも話題を集めたが、注目すべきはその音楽性だ。

AOR、R&B、ラテンなど幅広いテイストを取り入れたシックなサウンド。孤独や悲しみ、そのなかにある人生の機微を映し出す歌詞。そして、奥深い表現力をたたえたボーカル。それらの要素がバランスよく共存したHANCEの楽曲は、まさに“大人の鑑賞に堪えるポップミュージック”と呼ぶにふさわしい。また、彼自身の映画への造詣の深さがもとになった、ヴィンセント・ギャロ、ジム・ジャームッシュなどをフェイバリットに挙げており映画的な世界観も魅力的だ。

◆HANCE 『BLACK WINE』特集ページ

1stアルバム『between the night』以来、約2年半ぶりのリリースとなる2ndアルバム『BLACK WINE』もHANCEの音楽観がたっぷりと込められた作品に仕上がっている。前作同様、「短編映画のオムニバスのようなアルバムだと思います」(HANCE)という本作。ジャジーな雰囲気のインスト曲「BLACK WINE」からはじまるこのアルバムの中から、いくつかの楽曲を本人のコメントとともに紹介してみたい。

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まずはアルバムのリードトラック「モノクロスカイ」。鮮烈なリズムを生み出すパーカッシヴなアコースティックギターから始まるこの楽曲は、“大人のロック”という言葉が似合う。緊張感に溢れたバンドサウンドのなかで描かれるのは、〈白と黒の世界〉。街の裏の顔を知りながら、それでもこの場所で生きる男を主人公にした歌詞は、往年のハードボイルド映画のようだ。



「自分のなかでロックが軸になっているのは間違いないですね。「モノクロスカイ」は、まさに“自分が好きなロックのガレージ感を大人風に料理したらどうなるか?”というイメージで作った曲です。今作の中ではロックが持つダイナミズムがいちばん色濃くでていると思います」

「Dancing in the moonlinght」のサウンドの基盤になっているのは、エレクトロ・スウィング。ジャズのテイストを現代的なダンスミュージックに昇華した音像、そして、映画『ムーラン・ルージュ』を想起させる世界観が見事に融合している。



「30代以降はクラブミュージックに傾倒し、自らDJをやっていたこともあります。もちろんエレクトロ・スウィングも聴いていたし、いつか自分の楽曲として表現したいと思っていたんです。映画『ムーラン・ルージュ』は個人的にも大好きな映画。映像の完成度も高いですし、エンターテインメントが凝縮されていて。現実と向き合うような楽曲だけではなく、少しの時間だけでも逃避できる非現実的な世界観の楽曲も作っていきたいんですよね」

〈胸の奥に閉じ込めたの 消えない炎がたぎっている〉。痛みにも似た悲しみが滲む「炎心」は大人の恋愛模様を描いたラブソング。ドラマティックなメロディライン、壮大なストリングスを中心に置いたサウンドメイク、儚さと情熱を行き来するようなボーカルも強く心に残る。

「「炎心」はアルバム『BLACK WINE』のなかでおそらく、もっともJ-POPの要素が強い楽曲だと思っています。よく“J-POPっぽくないですね”と言われますが、日本のロックやポップスも聴いてきましたし、この曲に関してはそっちの方向に振り切ってみようと。コーラスワークに関しては、幼少期から親しんできた教会の讃美歌の影響もあるかもしれないです」



アコースティックギターとウィスパーボイスが溶け合うバラードナンバー「シャーロックの月」も素晴らしい。〈沈む夕日 浮かぶ月 紺碧の水辺に映っている〉に象徴される、リスナーの映像喚起力を刺激する歌詞もこの曲の大きな魅力だろう。



「僕がギターを始めた当初は、主に海外のフォークソングを聴いていたんです。ボブ・ディラン、ピーター・ポール&マリー、サイモン&ガーファンクルなどですね。その後、エリオット・スミス、ロン・セクスミスなどオルタナフォーク世代のアーティストも好きになって。「シャーロックの月」には、そういう系譜からの影響が反映されていると思います」

R&B、ラテン、ジャズなどを融合したサウンドメイク、〈今だけはそばにいさせて〉というラインが響き合う「螺旋」は“HANCE流のミクスチャー”と呼ぶべきナンバー。色気を滲ませるボーカリゼーションにも強く惹きつけられる。



オードリー・ヘプバーンの主演映画のタイトルを引用した「シャレード」は、90年代後半のR&Bを想起させるミディアムバラード。そして「或る人」はスウィングジャズのエッセンスを感じさせるアレンジと〈正しさの裏側で 儚い夢を追いかけて笑っているの〉という意味深い歌詞が一つになった楽曲だ。

「left」は離れてしまった“貴方”への思いを切々と歌い上げたラブソング。エレクトロを取り入れたトラックと抒情的な旋律を対比させた「十字星」、“罪、光、影”をテーマにした「snow sonnet」といった楽曲からも、HANCEの音楽的な幅広さを実感してもらえるだろう。



信じられないような悲劇が次々と起きるこの世界における、それが一瞬であっても穏やかな瞬間を描いた7分40秒以上の大曲「眠りの花」で幕を閉じるアルバム『BLACK WINE』。



12曲中10曲のMVが制作されていることも、本作(そして“アーティスト・HANCE”)の特徴だ。自分自身の経験と結びつけるもよし、MVの映像にどっぷりと浸るもよし。“シネマティック”なHANCEの音楽世界を思う存分堪能してほしいと思う。

文◎森朋之

2nd Album 『BLACK WINE』


2023年12月13日(水)リリース
https://linkco.re/bdmfvtBH

1.BLACK WORLD
2.モノクロスカイ
3. Dancing in the moonlight
4.螺旋
5.シャレード
6.或る人
7.left
8.炎心
9.十字星
10.シャーロックの月
11.snow sonnet
12.眠りの花


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