【レポート】伝統と進化の津軽三味線奏者/民謡歌手・中村滉己。二十歳の誓い
現役大学生 津軽三味線奏者/民謡歌手、中村滉己が11月17日に、東京・草月ホールで<津軽三味線リサイタル「風華秋色」>を開催した。本公演は彼の20歳の誕生日当日に開催されたこともあり、まさに未来への門出という内容だった。
◆コンサート写真
筆者にとっては人生2度目の津軽三味線のコンサート。初めては6月に開催された中村滉己による<津軽三味線リサイタル「桜梅桃季」>を見て興味をそそられ、その日のうちに取材を申し込みインタビューの機会を設けてもらったという経緯もある。
中村滉己は大伯父が津軽民謡の大家、母も民謡の名人、もちろん本人も幼少期から津軽三味線と民謡三昧で、14歳のときには津軽三味線の大会で史上最年少日本一の快挙を成し遂げたというサラブレット育ち。
しかしながらインタビューで見えてきた彼の姿は、それだけに止まらなかった。津軽三味線や民謡といった、これまでに自身が培ってきた武器を持って新たなフィールドに飛び出して行こうとする野心家な一面もあり、伝統を引き継ごうとする真摯な一面もあり。ますます興味をひかれていった。
<津軽三味線リサイタル「風華秋色」>では、そんな彼の意思を存分に感じることができた。まず、彼の公演は二部構成となっており、一部ではオリジナルの津軽三味線曲と、伝統的な民謡を披露。そして二部ではオリジナル曲と現代風にアレンジされた民謡、そしてJ-POPの歌唱という構成になっている。衣装も一部は和装、二部は洋装とイメージをガラッと変えてくる。「津軽三味線のコンサート」というイメージとは違うかもしれない。
中村滉己は「伝統は進化させて継承させるべき」をモットーにしている。この二部構成、そして一部と二部の展開の仕方は、まさにこのモットーを体現しているものだと思う。
まず一部の様子を記していこう。筆者はまだまだ津軽三味線を聴く耳を持っていない。なので本当の津軽三味線ファンの方とは違う捉え方をしている可能性もあるが、それもまたひとつの音楽の楽しみ方とご了承願いたい。
一部は、津軽三味線の音を楽しむための時間。最初に披露されたのは、羽生結弦に書き下ろした「歩 -AYUMI-」から。壮大でアンビエントなSEと共に幕が開けると、青い照明に照らされたスモークの中から中村滉己が登場。そこに響くのは、空気を切り裂くジャジャンという2音。そして、弦を弛ませた音。もうこの2音だけでいいと思えた。弦を弾く一音が、凛と空気を切り裂き、一気に感覚が研ぎ澄まされる。
そこからはもう彼の手技と一音一音を楽しむ時間。一本の弦をはじいているだけなのにこんな深い音が? こんな繊細なフレーズをこんなに早く? 3本しかない弦からこんな和音が? などなど。一曲の中で色々な音飾を楽しむことができるのがとても面白い。
現代曲を聴き慣れている耳には、民謡ベースの津軽三味線曲は正直難しい。歌もなければわかりやすいメロもないし、展開もAメロBメロサビ…というわけにはいかない。だがそれでも、何百年も前から名人たちが代々弾いてきたという「津軽じょんから節」旧節ではテンポの速さと音の代小の変化が気持ちよく感じられる。「津軽よされ節」では音のゆらぎと高い音の響き、パーカッションのようなバチ使い、「津軽おはら節」では高音での速弾きが目にも面白い。日本最高峰の難易度と言われている「秋田荷方節」では、リズム楽器やクリックもないのによくここまで正確なリズムを刻めるものだと驚かされる。中村滉己作曲の「糸命 -SHIMEI-」は雅楽や世界各国の民謡の要素が入っていて聴きやすい部類か。
MCで中村滉己は「まずは三味線そのものの音を聴いてほしい」といってくれた。曲のことはよくわからなくとも、単純に一音一音を聴くだけでも良いのかもしれない。もちろん曲の構成や違いがわかればわかるほど面白いだろうし、その凄さを実感できるだろう。ただ、筆者のように何もわからないなりに聴いていても感嘆してしまうのだから、やはり津軽三味線、そして奏者としての中村滉己はすごいのだろうと思う。
そして二部は、一部のイメージをガラリと一新。一部が伝統だとしたら、二部は革新だ。幕が開けると洋装の中村滉己が立っていて、EDMのリズムにのせた「ホーハイ節」を繰り出す。こちらは歌も入っているのだが、その独特な民謡の発声はJ-POP曲では聴くことができない。一度伝統的な「ホーハイ節」と比べてほしいが、中村滉己のものはEDMアレンジされていることで印象が全く変わる。津軽三味線や民謡に慣れていない耳にも、民謡好きの耳にも、どちらにも驚きと発見を示すだろう。これこそが、中村滉己が目指しているところか。
そしてさらに驚きを重ねてくるのが、リリースされたばかりの「Labyrinth -迷宮-」。こちらはむしろEDMに津軽三味線を乗せたといってもいいかもしれない。<桜梅桃季>でも共演した盟友・高橋優介も登場し、ピアノも重ねられる。メロが津軽三味線とピアノで入れ替わっていく構成も面白い。バンドアレンジも映えそうだ。そして畳み掛けるように「南部酒屋酛すり唄」へ。こちらは民謡のエモさも残したアレンジで、津軽三味線はグッと音数を減らして歌を聴かせる。ワールドミュージックの様相だ。そして、二部では幽玄な姫神「神々の歌」、“皆さんで花を咲かせたい”との思いから森山直太朗「花」の歌唱も披露された。
デジタルサウンドを積極的に取り入れ、自身も歌をメインにするなど、一部とは全く違った展開。思わず「え?」と声が出てしまうくらい、意外性で攻めてきた。しかし津軽三味線とはこういう使い方もできるのか、民謡とはこういう取り入れ方ができるのか、と嬉しい発見も。中村滉己は「ある種、危機感を持って、我々のようなZ世代がすんなりと聴けるような音楽を民謡を交えてお届けしたい」という気持ちで、こういった楽曲を制作したそうだ。「伝統は進化させて継承させていきたい」とも語っており、まさにこの二部は彼にとっての挑戦の場なのだろう。
ただ、古いものを古いといって切り捨てるのではない。一部でしっかりと津軽三味線、民謡を聴かせていたことからもわかるとおり、中村滉己は自身のルーツである“伝統芸能”にしっかりと足をつけ、そこから新しい扉を開こうとしている。弱冠二十歳とは思えないこの真摯な姿勢には、大きなエールを送りたくなる。
最後のMCで中村滉己は、祖父や師匠、ファンに感謝を伝えつつ「自分の命が尽きるまで、津軽三味線、そして音楽にひたむきに打ち込んで、いろんな音楽を追求する」と二十歳の決意を述べた。アンコールでは、マイクを切り、生音で「津軽じょんから節」新節を披露。津軽三味線と中村滉己の体だけから繰り出されるまごうことなき抜き身の音が、彼の覚悟を示しているようだった。
伝統と進化──。今回の公演を見て中村滉己が大切にしたいものを、しっかり感じられたと思う。津軽三味線、民謡という世界から、またひとつ新たなスタートラインに立った中村滉己というひとりの音楽家の成長を、今後も応援していきたいと思う。
取材・文◎服部容子(BARKS)
写真◎釘野孝広
配信EP情報
2023年11月17日(金)リリース
中村滉己(津軽三味線&唄)「Labyrinth」
[収録内容]
01.南部酒屋酛すり唄(岩手県民謡)
02.Labyrinth -迷宮-(中村滉己)
Arranged by Koki Nakamura & Ippei Inoue
Programmed by Ippei Inoue
詳細:https://columbia.jp/artist-info/nakamurakoki/
<リーデンローズ・クリスマス・ガラ・コンサート>
15時00分開演(14時00分開場)
指定席 ※3歳未満入場不可
一般 1,200円
18歳以下 600円
自由席
一般 1,000円
18歳以下 500円
出演
■リーデンローズ登録アーティスト (10組15名)
藤本夕子(ピアノ)
水永亜実子(ピアノ)
たちまち(フルート&ピアノ)
山下&富永デュオ(サクソフォン&ピアノ)
crocchio(オーボエ&ピアノ)
中根由貴(ヴァイオリン)
野瀬百合子(ピアノ)
Bella Luce(ピアノデュオ)
遠藤美和(ソプラノ)
corda(コントラバス&ピアノ)
■ゲスト:中村滉己(津軽三味線)
<ニューイヤー ライジング・スターコンサート LEO & 中村滉己>
日時:2024年1月8日(月・祝)14:00開演(13:30開場)
料金:S席 4,000円、A席 3,000円
※全席指定・税込・未就学児入場不可
主催信濃毎日新聞社/オフィス繭
後援長野県三曲協会/北信三曲協会
協賛(公財)日本教育公務員弘済会長野支部
お申し込み
・ネット予約:チケットペイにてご予約・購入いただけます
・電話予約:オフィス・マユ TEL:026-226-1001 (平日9:30〜18:00)
プログラム
【第1部】中村滉己(津軽三味線&歌)
糸命-SHIMEI-(中村滉己)
津軽じょんから節(青森県民謡)
津軽あいや節(青森県民謡)
黒髪 with 大友美由奈(地唄三絃)
涙そうそう*(森山良子/BEGIN)with ピアノ 他 *ヴォーカル曲
【第2部】LEO (箏)
さくら替手5段(半田弘)
MAY in the Backyard(坂本龍一)with ピアノ
1919(坂本龍一)with ピアノ
Nairian Odyssey(ティグラン・ハマシアン)
松風(今野玲央)
DEEP BLUE(今野玲央)with ピアノ