【コラム】milet、『情熱大陸』で明かした人との壁と歌が導いた大きな希望

1998年の放送開始以来、様々な分野の著名人に密着取材するドキュメンタリー番組『情熱大陸』。2023年9月24日に放送された1269回で、シンガーソングライターのmiletが特集された。miletは2018年に本格的に音楽活動をスタートさせ、2019年にメジャーデビュー。2020年よりNHK『紅白歌合戦』に3年連続出場し、2021年に開催された「東京2020オリンピック」閉会式で歌唱パフォーマンスをするなど、ハイスピードでステップアップしてきたアーティストだ。だが『情熱大陸』では、デビューから4年半を経た彼女が大きな過渡期を迎えていることをキャッチしていた。

改めてバイオグラフィーを辿ると、幼少期からクラシックを嗜み、思春期をカナダで過ごしてきたmiletは、デビュー直後から結果を残す。ONE OK ROCKのToruプロデュースのデビュー曲「inside you」はiTunesなど11の音楽配信サイトで1位を獲得し、その約5ヶ月後にはTVドラマ主題歌に起用された表題曲を含む3rd EP『us』がオリコンデジタルランキング初登場1位かつ7つのストリーミングサービスでも1位を記録した。突如としてこれだけ大きな注目を集めたのは、知名度のあるミュージシャンとのタッグやタイアップに恵まれただけでなく、彼女のポテンシャルにある。英語と日本語を使い分けるグローバルなソングライティング、ハスキーかつ重厚感のある歌声、スケールの大きなサウンドデザインは、日本のJ-POPシーンにおいて規格外であり鮮烈な存在感を残した。



その後も、コンスタントにドラマ、映画、アニメと様々な主題歌やCMソングなどを担当し、2020年6月にリリースした1stフルアルバム『eyes』もコロナ禍という状況でありながらオリコン週間CDアルバムランキング初登場1位獲得など、好成績を記録。そして前述したように、同年末にはNHK『紅白歌合戦』に初出場し、翌2021年にはその実力と功績を買われ「東京2020オリンピック」閉会式にて歌唱パフォーマンスを行う。2022年にはNHKウインタースポーツテーマソングに起用された「Fly High」が注目を集め、その力強く凛とした歌詞、しなやかな歌声、壮大なサウンドスケープが多くの人の心を明るく照らした。さらなる追い風が吹いたのが今年である。5月には日本武道館2days公演を満員の観客に囲まれ大盛況を博す。そしてMAN WITH A MISSION×milet名義でTVアニメ「鬼滅の刃」刀鍛冶の里編のOP主題歌「絆ノ奇跡」、ED主題歌「コイコガレ」を担当したことにより、海外の人気と知名度を急激に高めた。




『情熱大陸』のなかでも語られていたが、彼女は幼少期の頃は教室でクラスメイトが一斉にペンを走らせる音が苦手でその場から逃げ出すなど、自分以外の人にとっては何でもないことが気になってしまい、周囲から敬遠されることも少なくなかった彼女は、他者に理解されないことがしばしばだった。心を開くことが苦手なため周囲に壁を作り、自分のことを理解されなくてもいいと感情に蓋をするようになったという。そんな彼女を変えたのが、友人の一言だった。“声にパワーがあるから、歌ったほうがいい”という言葉をきっかけに、自分の声を信じてみようと思った彼女は、歌に興味を持つようになった。認められたという感動が、彼女を新しい道へと動かしたのだ。その結果、彼女の歌は老若男女問わず様々なリスナーを魅了するようになる。彼女の歌を全身で感じるために足を運び、ストレートに愛を伝えてくれるファンの存在は大きな希望となり、日本武道館公演で約3年半越しにファンの歌声や歓声を聞くことができたという現実は、彼女にとってかけがえのない喜びとなった。


最新アルバム『5am』に収録されている「Hey Song」には、6月開催の初のファンクラブ会員限定ライヴにて録音された、観客のコーラスを使用している。その理由について番組内では、“歌は人の心を癒すことができる。みんなで歌って心を穏やかにしよう”という思いが込めていると語られていた。彼女のテリトリーとも言える楽曲に、ファンの声を招き入れたという事実は、それだけ彼女がファンに心を許しているという証とも言えるのではないだろうか。


また、現在開催中の全国19箇所を回る自身最多公演数のホールツアーで、彼女は『5am』収録曲「You made it」をギターの弾き語りで披露している。同曲は彼女がデビュー前、恋愛の実体験から作ったという非常にパーソナルなミドルナンバーだ。当時の赤裸々な思いを綴ったこの曲を人前に差し出すのは抵抗があったという。だがライヴなどを通じてファンとの信頼関係を深め、過去の自分を認めたいと思えるようになった彼女は、信頼するファンたちにそんな自分を観てほしいと思うようになった。そういった背景から歌詞の一部を日本語に書き換え、“ありのままの姿で歌う”という意味で、苦手なギター弾き語りにも挑戦する決意をした。これは彼女にとって大きな転換期とも言えるだろう。ファンの愛が、長きにわたり彼女の心の奥で凍てついていた思いを溶かしたのだ。

『5am』には彼女の持ち味である、様々なジャンルのスケールの大きなサウンドスケープの楽曲が並ぶが、なかでも目に留まるのがよりパーソナルな面が表れた歌詞である。アルバムのシンボルとも言える「Living My Life」には《ほら／泣けない日も笑えない日も／負けない日を重ねながら／ここにいる 私はここにいる》など、自身のほの暗い感情を認める表現が輝く。それ以外にも《どんな君も見せて》や《一人きりにはもうさせない》など“あなたを受け入れたい”という願いや、《誰かのためじゃないあなたの今を》や《私は私でいたいの》など“自分の道を進む”という意志が描かれている。言葉、音、歌どれもが包容力を増した作品と言っていいだろう。


そして、miletは新曲「Anytime Anywhere」を、9月29日から『金曜ロードショー』で初回スペシャルが放送されるアニメ『葬送のフリーレン』のEDテーマとして提供している。伸びやかな歌声を響かせる同曲について彼女は、「何度生まれ変わってもあなたに会いたい。花になって生まれてもあなたの隣で咲きたい。星になってもあなたのそばをまわっていたい。今あなたを想って歌えることが何より幸せです。そんな気持ちを歌いました」と公式コメントを寄せていた。彼女の言葉と歌は、よりリスナーに清らかなぬくもりを与えることだろう。そしてツアーでたくさんの愛を受け取った彼女は、さらに豊かな音楽を発信していくはずだ。新たなフェーズに入ったmiletは、アーティストとして、シンガーとして、そしてひとりの人間としてまだまだ深みを増してゆくだろう。



文◎沖さやこ

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