【インタビュー】ヒグチアイ、恋愛三部作を経て「思い出の開き方が変わってきた」
▪︎やりたいことをやりたいだけなんです
──そういうことでは、第3弾の「この退屈な日々を」はより等身大で、大人となった今の年齢ならではの感じが出ているなと思います。背伸びをしたり、変に駆け引きもしないし、別々のものを見ながらも一緒に進んでいる感じもある、居心地のいい関係というか。
ヒグチ:この曲が3部作の中で最初に完成したのかな。「恋の色」は1年前にできていたとはいえ、結構そこから書き直してもいるので、「この退屈な日々を」がいちばん古い曲になります。まず自分の近いところから書いていくことが多いので。
──リアルな感じがありますよね。
ヒグチ:そうですね、結局いまはこうして仕事をしていて、仕事が大切じゃないですか。そうなったときに、あんなに恋愛、恋愛してた私はどこいったんだろう?となってくる。その熱がすべて、仕事にいってる感じで。恋愛に振り回されるくらいなら、このままでいいかなと思うというか……ちょっと落ち着いちゃった自分が嫌ですけどね(笑)。その落ち着いちゃって嫌だという気持ちを、これもまたタイアップに助けられてよかったな。
──温度感としては、以前のシングル「距離」に近い感じでしょうか。距離があったりすれちがったりすることがあっても、想い合っていれば、それでいいんだよっていう。
ヒグチ:そうですね。それでいいっていう感じというか……それでいいって言われたいんでしょうね、これだけそういうことを書いてるっていうことは(笑)。
──今はその感じが居心地のいい距離であり関係性なんですね。
ヒグチ:恋愛もそうだし仕事でもなんでもそうなんですけど、もっとこうしなよとか言われるのが本当に嫌いなので。だから、あまり人にも言いたくないというか、言わないようにしてるんだと思いますね、曲ではとくに。だから、その状態でもいいし、自分でそれがダメだと思ったらやめたらいいしっていう。そういうスタンスの曲が多くなっていますね。これは自分の弱さでもあると思いますけど。
──恋愛をはじめとして、相手のことを考えることってエネルギーを使いますしね。
ヒグチ:めちゃくちゃエネルギーがいりますよね。自分はいろんなことを同時進行ができないタイプで、恋愛をすると脳みそがかなり振り回されることが多い。なので、今は避けている感じですね。避けて通れるのであれば避けて通りたいですね。
──でも恋愛って結構、事故的にやってきちゃうものだったりしますよね。
ヒグチ:そう、それが結構厄介というか(笑)。なんだかんだで、ありますよね。でもそういうときは、とにかく曲になるようなことをいっぱい探ってこようと思って。そこで湧くいろんな感情を探ったりとか、そのときに言われたことをやってみようとか、なんでもいいから後々に残るプラスのものを手に入れようみたいな気持ちにはなりますね。
──貪欲(笑)。
ヒグチ:そこは拾わないと。そこにしかないものがあるので勿体無いなって、思うようになっちゃいました。こんな恋愛のタイミングなんてそうそうないんだから、ここで1年分のネタをもらうんだ!みたいな気持ちで(笑)。
──それがのちに曲になったり、あるいは“元カレかるた”(ヒグチアイが編集長を務める雑誌『うふふ』に収録された、事実に基づいたかるた)になったりするという。
ヒグチ:なってますね、あ、“元カレかるた”も今年中に完成したいと思ってます(笑)。結構、自分がいろんなことを忘れちゃうんですよね。その思い起こす鍵みたいなものが曲で残っている感じがするので。「このときそう思っていたんだな」という気持ちは、どんな曲にも入れていて。その歌を聴くと、「あのときのあの人の話だ」って思い出せるようにしています。それはずっとやり続けていることですね。
──過去の曲でこれだけはやっぱり開けたくないなとか、何度歌ってもちょっと痛いなとか消化できないなというものはあるんですか。
ヒグチ:別にないかな。以前バンドマンの人と対談したときに、「ヒグチさんって言えないことなさそうですよね」って言われて(笑)。そうかもしれない、言えないことはないなと思って。なんで言えないことがないかっていうと、本当に覚えてないからなんですよね。だから誰かに覚えててもらわないといけない。そういう意味で、自分で「こういうことがあった」っていうことを歌い続けている気がする。だから曲も、人があまり言わないようなことを歌にしているんだと思うんです。そういう意味では、どれも開けちゃって大丈夫な曲ですね。ただその思い出の開き方は変わってきたかな。ちょっとしか開かないものが増えてきた感じがするので、まあ、必要ないから思い出せないって言われたらそうなんだろうけど。それもさみしいので、思い出したいですよね。
──9月リリースの「この退屈な日々を/誰でもない街」では、同映画(『女子大小路の名探偵』)の挿入歌でもある「誰でもない街」も収録となりますが、この「誰でもない街」はあまりないタイプの曲で、fox capture planのジャジーで、スリリングなアレンジが効いています。
ヒグチ:「誰でもない街」は映画のオープニングにもなっているんですけど、ちょっと自分だとアレンジもできない曲というか、曲に色味をつけるのはアレンジでやるしかないと思っていたので。大好きなfox capture planにお願いしました。本当にありがたいし、めちゃくちゃよかったです。
──この「誰でもない街」はどんなインスピレーションで書いてるんですか。
ヒグチ:私はあまりお酒を飲まないんです。この映画の舞台になっている女子大小路という場所が名古屋にあるんですけど、曲を書くにあたってこの場所に行って雰囲気を見てきたんです。ホストクラブとかフィリピンパブとかが多くて、若い女の子とおじさんが混ざり合ってる感じだったんですよね。そういう場所にいる人たちってどんな感じなのかなって考えたとき、自分が誰かっていうことを喋らなくても、その場所に“いていい”というか。自分が何かになりきっている人もいれば、自分が別になんでもないっていう存在でいる人たちが、お酒を飲んでいるみたいな場所なんじゃないかっていう──実際に、お店には行ったこともないからわからないんですけどね(笑)。そういう想像から、あなたが誰かも知らないけど受け入れてくれる場所が、自分からすごく遠い場所にあるという、そういう視点で書いた曲だったんです。映画のはじまりに流れる曲なので、ちょっと謎は残したいなというのもあって、言い切ってない感じなっているんですけど。
──ストーリーでなく、イメージや断片が散りばめられているというものですね。
ヒグチ:それが難しかったですね。断片だけたくさんあって、言い切らないってこんなに大変なんだ、って。今まで書いてきたなかでも言い切らない曲はあったんですけど、「これがこうだからわからない」っていう気持ちだったりとか、「これとこれで迷ってるけどどうしよう」っていう、迷っていることとか言い切らないことが“わかってる”感じだったんですけど。この曲に関しては本当に、何を書いたらいいのかすごく悩みました。自分が歌詞を書く上で、こういうのが苦手なんだなっていうのはわかりましたね(笑)。
──その余白をサウンドで面白くする、サウンドで語らせる感覚ですかね。
ヒグチ:そこは本当に助けてもらいました。自分が、歌詞に9割くらいの意味があると思っている人間なので、歌詞の意味合いの部分をかなり減らして、例えば歌詞を5割、あとの5割をアレンジと演奏でもっていくというのが申し訳ない気持ちになるんです。私が9割まで持っていってなくてすいませんって思っていました。
──これこそ、タイアップだからこそ挑戦できたものですか。
ヒグチ:そうだと思います。そのおかげで、断片的な歌詞だからこそハマるものもあるんだなというのも勉強になったので。今回は挑戦が多かったですね。とくに、映画とかドラマ主題歌となると、自分ひとりだけの作品じゃなくなるじゃないですか。だから、ハマらなかったらどうしようという気持ちも強いし、自分だけがそこに力を入れすぎるとバランスが合わなくなったりするということも、すごく勉強になったし。そういう意味ではとってもよく書けた曲たちだと思います。
──おそらくタイミング的には「悪魔の子」でヒグチさんを知った方も多いと思うんです。びっくりしますよね、あのヘヴィで壮大な1曲も、「恋の色」や「自販機の恋」を歌っているのもまたヒグチさんだっていうのは。
ヒグチ:そうですね(笑)。きっと、これは好きだけどこれは好きじゃないなという人もたくさんいるだろうなと思っています。多分、フロントマンの人とかシンガーソングライターにあまりいないタイプだと思うんですけど、私はいろんなものが好きなんですよね。こういうこともやりたいし、ああいうこともやりたいしというその振り幅を、良くも悪くもでもいいので知ってもらえたら嬉しい。やりたいことをやりたいだけなんです。
──次なるアルバムも視野に入れている頃だと思いますが、今回の三部作が収録となると、どういう作品になっていくんだろうと気になるところです。
ヒグチ:そうですよね、どういうバランスを取ろうかなという感じなんですけど。恋の曲が続いたので、そのノリで恋の曲をたくさん書きたいなと思って、いろいろ想像しながら書いているところです。でも本当に、恨みつらみが出てこなくなっちゃったんですよねえ(笑)。
──それはいいことなのか、そうじゃないのか。
ヒグチ:どうなんでしょうね。もっとアクの強い人間だと思っていたけど、一生恨み続けるって本当に難しいんですよね。まだ「あの人のこと嫌い」って思えてるってすごいことですよね。一生許さないっていう曲も書いてきたけど、最近「うわー、許しちゃってるなあ」って思うことも増えてきたんです(笑)。いつの間にか許しちゃってる。
──ライブのMCでもそんな話をしていましたね。そのときは家族との関係性でしたが。
ヒグチ:本当にそうなってきているんですよね。で、新しく恨みみたいなものとか、怒りみたいなことを感じるってすごく難しいことだなって。大人になってくると、人にあまり嫌なこともされなくなってくるじゃないですか。自ら嫌なことを避けられるようにもなってくるし。今は恋とかよりも、人に対して怒る自分の気持ちはどこにいっちゃったんだろう?っていう、そういうものを探してみたいですけどね。怒りがなくなっちゃったかも……いい人になっちゃったかも(笑)。
──そんな残念そうに言わないでください。
ヒグチ:困りますよ、曲が書けなくなっちゃいますから。
取材・文◎吉羽さおり
写真◎いわなびとん
リリース情報
配信シングル「恋の色」
(テレビ東京系ドラマ24『初恋、ざらり』エンディングテーマ)
配信リンク:https://lnk.to/koinoiro
MV:https://youtu.be/n4Z1v-HJlsA
【ラブソング三部作第二弾】
配信シングル「自販機の恋」
(映画『その恋、自販機で買えますか?』主題歌)
配信リンク:https://lnk.to/jihankinokoi
MV:https://youtu.be/m4xs9rNBsRQ
【ラブソング三部作第三弾】
配信シングル「この退屈な日々を/誰でもない街」
(映画『女子大小路の名探偵』主題歌&挿入歌)
配信リンク:https://lnk.to/taikutsunahibi_daredemonai
<HIGUCHIAI band one-man live 2023 [ 産 声 season2 ]>
open 17:30 / start 18:00
[問]SOGO TOKYO http://www.sogotokyo.com/
2023年10月1日(日)長野・NAGANO CLUB JUNK BOX
[NAGANO CLUB JUNK BOX Reborn 2nd Aniversary]
open 17:30 / start 18:00
[問]FOB企画 http://www.fobkikaku.co.jp/
チケット前売:スタンディング¥5,000+1D
チケット一般発売中
e+: https://eplus.jp/higuchiai/
<ヒグチアイ 独演会 [反 応]>
2023年11月24日(金)名古屋 今池 ガスホール
2023年12月3日(日)LIVE HOUSE 長野 J(2stage)
2023年12月10日(日)TOKYO FM ホール(2stage)
詳細
https://www.higuchiai.com/post/hannou
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