いい音爆音アワー vol.139「熱唱♪ハイトーン男子」
もちろん、どんな声質が売れるのかなんてことは一概に言えないし、たぶん時代や地域によっても変わるでしょう。ましてや、高い声と低い声のどちらが受けるかというような単純なことではありませんが、ざっくり言って、男性シンガーだと、昔は低音ボイス、低くて深みのある声のほうが人気があったような気がします。「低音の魅力」みたいなキャッチで、フランク永井とかバーブ佐竹とかは呼ばれていましたし、洋楽でもフランク・シナトラとかナット・キング・コールとか。プレスリーも低域を響かせるような歌い方でしたね。
だけど今はハイトーンの時代じゃないでしょうか。エド・シーラン、“Maroon 5”のアダム・レヴィーン、ブルーノ・マーズ、ウィークエンドなどなど、今売れている男性シンガーってみんなハイトーンですよね。「低音の魅力」で売ってる人って、誰かいますかね? David Kushnerくらいですか…。
また、昔は男性シンガーでハイトーンと言うと「ファルセット」ってことでしたが、今はファルセットというより、声そのものが高いような人が多いような気がします。声帯自体も変わってきてるのかな?
ハイトーン男子の今/昔、16人選んでみました。
- ①The Rubettes (Paul Da Vinci)「Sugar Baby Love」
“ルベッツ”(昔は日本では「ルーベッツ」と呼ばれてましたが…)という英国のバンドのデビューにして、大ヒット曲。1974年1月に発売されて、英国では4週連続1位、ドイツやオランダなどヨーロッパでも各国で1位。米国では37位止まりだったものの、世界で約600万枚を売り上げました。
この曲の“売り”が、ボーカリストのものすごいハイトーンのファルセットによるテーマとそれに絡む「バッシュワリ」というコーラスなんですが、レコードではリードボーカルがバンドのボーカリスト、アラン・ウィリアムズではなく、ポール・ダ・ヴィンチという人でした。なんでそんなことに!?というと…
プロデューサーが、当時Polydor RecordsのA&R、ウェイン・ビッカートンという人なんですが、彼が相棒のトニー・ワディントンとともにこの曲をつくって、スタジオミュージシャンを集めてデモテープを録りました。それをいくつかのアーティストにプレゼンしたのですが断られ、結局デモをレコーディングしたミュージシャンたちでバンドをつくり、“The Rubettes”と名づけ、この曲でデビューすることに。ただ、ボーカルのポール・ダ・ヴィンチはソロでやりたいからと辞退したので、コーラス担当だったアランをリードボーカルにしたというわけでした。
- ②The Spinners (G.C. Cameron)「It's a Shame」
“The Spinners”はデトロイト出身のボーカルグループ。1961年にデビューして、64年にMotownに移籍、72年にはAtlanticに移籍して、それからヒットを連発するのですが、Motownにいる間は1曲しかヒットがなかった。それがこの「It's a Shame」です。この曲のリードボーカルをとっているのがG.C. キャメロン。彼は67年にスピナーズに加入、そしてAtlanticにはいかないでモータウンに残り、ソロになりました。なので最盛期のスピナーズはだいたいボビー・スミスがリードを取っているんですが、ファルセットでの歌唱はキャメロンのほうがちょっとウワテという感じ。
この曲はスティーヴィー・ワンダーがソングライター3人のうちの一人となっていて、プロデュースもしています。実はこれがスティーヴィが他人をプロデュースした最初の作品だそうですが、彼はなんと、このシングル発売時で20歳になったばかり。レコーディング時はまだ19歳でした。
- ③Curtis Mayfield「Future Shock」
カーティス・メイフィールドという人はほぼファルセットでしか歌わない人で、それはソロになる前、“The Impressions”の一員だった60年代からそうでした。まあコーラスグループの中では高音部担当ってことで分かるんですが、ソロシンガーとしてファルセットのみというのは、当時はけっこうユニークだったと思います。
1970年からソロになるんですが、社会問題に目を向けた歌詞や、ファンクやジャズを取り入れた当時としては革新的なサウンドづくりで、マーヴィン・ゲイ、ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダーらに先んじて、ニュー・ソウルあるいはプログレッシブ・ソウルとかサイケデリック・ソウルと呼ばれたシーンを牽引しました。
- ④オフ・コース(小田和正)「眠れぬ夜」
日本のハイトーン男子とくれば、小田和正を外すわけにはいきません。この人の場合はファルセットじゃないですね。声変わりしないまま大人になったような。ただ、彼の声は好きなんですが、好きな曲があまりないんです。「眠れぬ夜」だけは大好きなんだけど。
この曲はかなり初期です。まだ“オフ・コース”という表記で、小田さんと鈴木康博さんの2人だけの時代。シングルはオリコン48位、最初のスマッシュヒットでした。このアルバムから東芝EMIの担当ディレクターとなった武藤敏史さんが、元々バラードだったのをビートポップにするよう提案したそうで、それがよかったと思います。
1980年に西城秀樹がカバーをしていますが、そのキーがE♭なのに対し、小田さんはG。2音も高いんです。
- ⑤BLANKEY JET CITY(浅井健一)「ダンデライオン」
“BLANKEY JET CITY”の活動期間はちょうど90年代の丸十年間。その後のほうが2倍以上も長くなった浅井健一ですが、彼もかなり特殊なハイトーン声の持ち主ですね。やはり声変わりしてないのかな?
その声がたっぷり味わえる佳曲が「ダンデライオン」という曲です。浅井健一のお母さんが「それまでの曲で一番いい」と語っていたらしいですが、私もお母さんに賛成です。テレビドラマの「お熱いのがお好き?」の主題歌としてつくったので、アルバムと関係ない独立シングルでした。
- ⑥Novelbright(竹中雄大)「Sunny Drop」
2020年にメジャーデビューしたばかりのバンド“Novelbright”。このバンドのボーカリスト、竹中雄大がすごいハイトーン男子です。やはりファルセットという感じではないし、高域への移行も実にスムーズで、しかも高域がめちゃパワフル。なんと、口笛の名手でもあって、世界大会で2度優勝しているそうです。その口笛を披露している曲もありますが、この「Sunny Drop」には入っていません。メジャーでの最初のシングル(配信限定)でした。編曲・プロデュースは亀田誠治です。
- ⑦BØRNS「Dopamine」
BØRNSはバンド名ではなくソロアーティスト。米国ミシガン州生まれのSSWで、2015年に1st アルバム『Dopamine』を発売した時は23歳でした。先程の竹中雄大より3歳上です。やはり地声とファルセットの違いがよくわからないきれいな声です。
声とは関係ないのですが、10歳の時にはプロのマジシャンとしてお金を稼いでいたそうです。13歳で絵を評価されて、奨学金で美術学校へいったり、マルチな才能の持ち主です。
- ⑧Jason Derulo「Want to Want me」
ジェイソン・デルーロは米国フロリダ州生まれ。両親はハイチ人。「Showtime at the Apollo」というニューヨークのアポロ劇場でのタレントコンテスト的なテレビ番組があるんですが、17歳の時、それの2006年度年間グランプリを獲得したのをきっかけに、2009年、デビューしました。デビュー曲の「Whatcha Say」でいきなり全米1位を獲得して、以降もヒットを連発してきました。この「Want to Want me」も全米5位、全英4週連続1位と好成績です。
彼はマイケル・ジャクソンにあこがれて歌手になったと公言していますから、歌唱も大きな影響を受けていると思いますが、けっこう独自の味もあると思います。
- ⑨Tahiti 80 (Xavier Boyer)「Coldest Summer」
2000年代の初め頃に、渋谷系に近い感じで、日本でもかなり人気があったフランスのバンド、“タヒチ80”ですが、その後あまりウワサを聞かなかったんで、なんとなくフェイドアウトしたのかなと思っていたら、コンスタントに活動していました。
ボーカルは、すべての作詞を担当する中心人物、グザヴィエ・ボワイエで、なんと言うか、「草食系ハイトーン」といった感じの優しい歌声です。
- ⑩Maroon 5 (Adam Levine)「Sugar」
2002年にデビューした時は5人組だったのでそういう名前にしたのに、一時期7人になって、今は6人の“Maroon 5”です。2020年にオリジナルメンバーでベーシストだったミッキー・マデンがDVの容疑で逮捕されたので外されました。結局不起訴でお咎めなしだったんですけど。
で、このアルバム、2014年8月に発売された5枚目の『V』は、サム・ファーラー(Sam Farrar)が入って7人になる前の6人組時代。
ボーカルはアダム・レヴィーン。ファルセットがきれいだし、歌がうまいですね。
このアルバムからの第3弾シングル「Sugar」は、もともとマイク・ポズナーというSSWが自分のニューアルバム用につくった曲で、デモを聴いたアダムがMaroon 5の次のアルバムに使わせてほしいとお願いしたところ、断られました。ところが、ポズナーが何らかのトラブルでレーベル契約が終了になって、アルバムがいつ出せるか見えない状況になったので、改めてMaroon 5に提供されました。ポズナーもコーラスで参加しているようです。
- ⑪Ned Doheny「Thinking with My Heart」
デイヴィッド・ゲフィン(David Geffen)とエリオット・ロバーツ(Elliot Roberts)が1971年に設立した「Asylum Records」の第1号アーティストが、このネッド・ドヒニーでした。チャカ・カーン(Chaka Khan)が歌ってR&B 1位になった「What Cha' Gonna Do for Me」の作者は彼なんですが、自分のレコードはなぜかあまり売れず、米国より日本でのほうが人気があったようです。少年のような独特のハイトーン声で、歌い方にもなかなか味があるんですが。
1979年に出した3rdアルバム『Prone』は、「Yacht Rock」という、AORの中でも特に、「ヨットに乗って聴くような」、つまり金持ちの匂いがするというんですか、そういうジャンルの典型的な作品と言われているそうです。
- ⑫Neil Young「After the Gold Rush」
先程名前を出した、Asylum Recordsを立ち上げた2人のうちの一人、エリオット・ロバーツが1968年から2019年に亡くなるまでずっとマネージャーとして支えたのがニール・ヤングです。彼もほんとに変わった特徴的な声をしていますね。鼻が詰まって喉をしめたような。「蓄膿声」なんて呼んでいる人もいました。そんな声がよく分かる静かな曲を選びました。
- ⑬中孝介「花」
奄美大島出身で今も島に住みながら活動しているという中孝介。元ちとせの大学の後輩だそうで、デビュー前は奄美の「シマ唄」を代表する唄者[うたしゃ]、朝崎郁恵さんのライブで三味線を弾いていたそうです。沖縄の「島唄」は漢字の「島」で、奄美はカタカナの「シマ」。「アイランド」というより「地域」のことを指します。「縄張り」という意味で「シマ」という言葉を使いますが、そちらに近いですね。
「吟 [グィン]」と呼ばれるコブシが「シマ唄」の特徴です。そして、奄美は古くから女性を大事にするところで、シマ唄は男性も女性のキーに合わせて歌うのが一般的らしく、なので男性は自然とファルセットを多用することになるそうです。なんだかいい風習ですね。
代表曲である「花」は森山直太朗さんが作曲、作詞は彼の相棒の御徒町凧[かいと]さん。シマ唄の特徴を活かした名曲だと思います。
- ⑭The Police (Sting)「Bring on the Night」
Stingの声もかなりユニークですね。ポリスが売れたのはこの声も大きな理由のひとつだったと思います。
1stアルバム『Outlandos d'Amour』(1978)の時のStingは次々と曲ができたのに、この2nd『Reggatta de Blanc(白いレガッタ)』ではなかなかできなかったそうです。「Bring on the Night」はStingがポリスの前にいたバンド“Last Exit”の時につくった「Carrion Prince (O Ye of Little Hope)」という曲を作り直したものらしいです。英国ではシングル化されなかったのですが、米独仏でシングル発売されて、フランスでは6位になりました。ほとんどの部分をStingが一人でオクターブで歌っています。
- ⑮Art Garfunkel「All I Know(友に捧げる讃歌)」
ハイトーンの大御所。1970年にS&Gが解散して、1973年9月にリリースされたこの最初のソロアルバムの邦題が「天使の歌声」ですから、それがまあキャッチフレーズみたいなものでしたね。でも原題の『Angel Clare』は、声とは関係なくて、トム・ハーディというイギリスの作家の「テス」という小説の登場人物の名前だそうです。
このアルバムはすべて教会で録音したとのことです。サンフランシスコのグレース大聖堂というところ。ってことはリバーブは建物の自然のものなんでしょうね。非常に美しいリバーブです。アルバムのリードシングルとなった「All I Know(友に捧げる讃歌)」は全米9位、Adult Conpemporaryチャートで1位のヒットとなりました。
- ⑯山下達郎「悲しみのJODY (She Was Crying)」
5月3日に発売された最新リマスター・アナログ盤の『FOR YOU』が、オリコン4位になって、これは1982年1月に発売されて、オリコン1位になったアルバムなんで、40年11ヶ月ぶりのTOP10入で、邦楽アーティストの「同一作品による週間アルバムランキングTOP10入りインターバル最長記録」を獲得したという山下達郎。その『FOR YOU』の次の7thアルバムが『MELODIES』でした。オリコン1位。もうこのへんは出せば1位でしたね。
「悲しみのJODY (She Was Crying) 」は、ほとんどファルセットで歌い抜いている名演です。サックスソロは井上大輔さん、それ以外の楽器はすべて達郎さん本人が演奏しています。