【コラム】クラウス・マケラは魔法をかける──パリ管弦楽団との日本ツアー初日を聴いて

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クラウス・マケラとパリ管弦楽団の日本ツアーが始まった。早速、東京芸術劇場での初日を聴いてきた。ドビュッシーの「海」、ラヴェルの「ボレロ」、そしてストラヴィンスキーの「春の祭典」。20世紀のパリを沸騰させた稀代の名曲を、彼らはどう現在に映し出すのか。

クラウス・マケラは魔法をかける。オーケストラが嬉々としてクリアに鳴り響く。音の鳴りが尋常ではない。あらゆる音がひらかれている。輝かしく精彩を放ち、すみずみまで細胞が目覚めるように、生き生きと湧き立ってくる。酵素が効いたみたいに。


誇り高きパリ管の自由な面々が、マケラとの音楽づくりを生き生きと楽しみ、一心に音を出している。なんとも心地よさそうだ。マケラが抽き出す息づかいが、終始伸びやかで自然だからだろう。しなやかに明敏な指揮で、細かな工夫も克明に凝らすが、決して全体の呼吸を傷つけることなく、全曲を通じての大きな流れをエレガントに保っていく。

だから、オーケストラの最上の音が優美に出てくる。適切な緊張を湛え、しかし余計な負荷はないから、あらゆる響きが汚れたり濁ったりせず、流麗に息づく。自分たちが美しい時間を創り出している、という誇りがオーケストラの面々に自ずと充ち満ちている。


高精度のレンズで率直に作品をみるように、マケラは明瞭な像を鋭敏に描き出す。明けていく「海」から光彩と歓喜に溢れ、明快な響きが満ちてくる。

とくに「ボレロ」が精妙で、胸のすく快演だった。管の名手のソロも優美でそれぞれに巧いだけでなく、素晴らしい節度をもって全体に奉仕するのが絶妙だ。弦の響きも輝かしく満ちて、ピチカートでリズムを刻むときも音を出す喜びに弾けている。「春の祭典」は鮮烈な生命を敏捷に躍動させ、光の舞踊と化す。しかし、それはまだ若く眩い焔なのである。


いま26歳のスターは、名門の新たな希望だ。初共演が2019年で、音楽監督として2年目のシーズンをこの9月で幕開けしたばかり。今回の日本公演は言ってみれば、待ち焦がれたハネムーンのようなものだろう。

つき合いはじめの季節だからこそのわくわくやドキドキ、新鮮な期待や予感がまざまざと伝わってきた。相思相愛の関係はいつだって熱く旬なのかもしれないが、特別ないまは、やはりいましかない。いま生で体験するほかない。


日本を旅してコンサートを重ねるさなかにも、彼らの蜜月はみるみる幸福度を高めていくだろう。そして、クラウス・マケラが魔法をかけるのは奏者だけではなく、その場に立ち会う聴き手のまっさらな心すべてなのである。

文◎青澤隆明(音楽評論)
写真◎クラウス・マケラ:堀田力丸、クラウス・マケラ指揮 パリ管弦楽団:堀田力丸

<セキスイハイムpresentsクラウス・マケラ指揮 パリ管弦楽団 日本ツアー2022>

■出演者
クラウス・マケラ(指揮)
パリ管弦楽団
アリス=紗良・オット(ピアノ)※Bプロに出演

■日程
【東京】
10月15日(土) 東京芸術劇場 コンサートホール 〈プログラムA〉(公演終了)
10月17日(月) サントリーホール 〈プログラムA〉
10月18日(火) サントリーホール 〈プログラムB〉
【愛知】
10月20日(木) 愛知県芸術劇場 コンサートホール 〈プログラムB〉
【岡山】
10月21日(金) 岡山シンフォニーホール 〈プログラムB〉
【大阪】
10月23日(日) フェスティバルホール 〈プログラムA〉

〈プログラムA〉
ドビュッシー:交響詩《海》
ラヴェル:ボレロ
ストラヴィンスキー:春の祭典

〈プログラムB〉
ドビュッシー:交響詩《海》
ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調(ピアノ:アリス=紗良・オット)
ストラヴィンスキー:火の鳥(全曲)
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