【インタビュー】健康、lynch.悠介×真空ホロウ松本明人が語る第一章開幕「不完全なほうが愛くるしさがある」
lynch.の悠介(G)と真空ホロウの松本明人(Vo)が結成したユニット健康が4月6日、1stアルバム『健音 #1 -未来-』をリリースした。昨年2021年8月に始動を発表し、翌月にはほぼ未発表音源を据えて配信ライブを敢行するなど、実験的な活動形態を見せていた彼らの第一章幕開けとなるものだ。
◆健康 画像 / 動画
穏やかなピアノのSEで幕を開ける音世界に入り込んだ瞬間、全14曲54分の大作だが一気に最後まで聴かずにはいられない。松本が10代の頃に衝撃を受けた映画をモチーフとしたスタイルもあって、その心地よい没入感はまさに聴く映画だ。とはいえ小難しさはなく、ギターロックやシューゲイザー、エレクトロニカなどふたりがルーツとする音楽性を軸に、表情豊かな松本のポップなメロディを堪能できる仕上がり。
特筆すべきは、昨年の配信ライブでは完全二人編成で演奏されていた楽曲が、THE NOVEMBERSの高松浩史(B)とユナイトの莎奈(Dr)というサポートメンバーを迎えたバンドアレンジで生まれ変わっていること。もともとバンドで活動しているふたりに強力なリズム隊が加わることで、緻密な打ち込みと躍動的な生音の両方を活かしたグルーヴ感が誕生している。特に「未来」などのロックナンバーでは4人のプレイヤーの個性がせめぎ合って、昨年の音源からの変貌を感じられるところもおもしろい。5月からの東名阪ツアーでこのバンド感がますます進化していくはずだ。
既存の枠にとらわれないふたりが本作に込めたものとは? 未来のビジョンは? 2021年末を以てlynch.が活動休止に入っている悠介の心境も含めて、じっくり語ってもらった。
◆ ◆ ◆
■我々にとって健康とはどういうものか
■ふたりとも同じ方向に向いている
──聴き応え抜群のコンセプチュアルな作品に仕上がりましたが、まず完成してみての感想はいかがですか?
松本:14曲入りのアルバムを作るのは初めてだったんですけど、体感では思っていたより短く感じたので、いい結果かなと思いました。ただ長いだけじゃなくて、長く感じさせないっていう。マスタリングが終わった時に、「もうちょっと曲を入れてもよかったかな」と言ったくらい(笑)。いい具合におなかいっぱいになるんですが、おかわりもしたくなるような、クセになっちゃうみたいなものにできたかなと思います。
──制作は、膨大に作ってから削ってまとめていく作業だったんですか?
松本:そうですね。インスト曲の原曲に関しては、60曲くらい悠介くんに送って、その中から選んでもらいましたし。たまに「こんなのもできたんですけど、どうですか?」「これは要らないです」みたいなやりとりがあったり。だから、もしかしたら三枚組くらいになってたかも(笑)。
悠介:1曲1曲の構成もだらだら長くはないですし、長さを感じさせない良いバランスでうまくまとめられたなと思います。あと、どれか1曲が突出して目立って、そればっかり聴くような作品でもないなと思っていて。アルバム全体を通して、流れで聴いていって初めて成り立つ作品ができてよかったです。
松本:制作を始める段階から、そういう作品を目指してたので。
──昨年2021年9月の配信ライブでも披露された楽曲がありましたけど、そこから発展させていった感じですか?
悠介:そうですね。“0”から“1”にはなっていたので、あの時にやったフル尺ではないものをフル尺にする作業をしつつ、俯瞰で見て“こういう曲が足りないかな”って部分を新たに作っていくっていう。でも、もうやり方は掴めていたので、時間をかけたとか煮詰まったというよりは、お互いにぽんぽんアイデアを出し合って、そこからいいものをつまんでいった感じです。明人くんはもうずっと曲を作り続けている人なので、やっぱりアイデア出しも速いし。そこに触発されるから、こっちも“こういうのどうだろう”っていうのを出しやすいんですよ。
松本:やりながら思ったのは、アルバムという作品にしていく中で、“目指してるところはこうじゃない”っていうところが明確になっていったかなって。健康で、このアルバムの中で、この曲を鳴らすのであれば、この方向にはいかないほうがいいっていうのがどんどんセーブされてわかってきた。お互いのバンドでやればいいでしょう?みたいなアレンジじゃないところに精査していくというか。それがわかるまでに時間がかかったかもしれないですね。
悠介:一番わかりやすい部分だと、”速い曲は必要ないよね”っていう。一番速くてBPM130とかなので。
──なるほど。激しい曲を入れるかどうか。
松本:入れるというアイデアもあったんですけど、でも“違うね“って。我々にとって健康とはどういうものであるかが、自分たちの中でだんだんわかっていきました。そこに関しては、ふたりとも同じ方向性に向いていることが多いから、やりやすいんです。
──今回はおふたりだけの音から、バンドに発展したのが大きな変化ですよね。
松本:そうです。バンドですね。
──これまでと全く違うグルーヴ感で、曲としての厚みや深みが一気に増えた印象でした。アルバムレコーディングにサポート参加したベースの高松浩史(THE NOVEMBERS)さん、ドラムの莎奈(ユナイト)さんっていう人選は、おふたりから出てきたんですか?
悠介:莎奈くんに関しては、僕がもしバンド以外の何か──健康じゃないにしろ、何かしらやるってなった時にお願いするのは莎奈くんだなって決めてたんですよ。MUCCのYUKKEさんとやっているHAPPY FARMっていうセッションバンドで初めて一緒になって、ユナイトのライブも観に行ったんですけど、すごく安心できるいいドラムを叩くなと思っていて。莎奈くんの好きな音楽がプログレだったり、臨機応変にやってくれそうだなっていうのがあったし、明人くんとも話が合いそうだなって。高松くんは、僕らふたりともTHE NOVEMBERS好きっていうところからですね。
松本:たしか車でふたりで話してる時に、僕が「高松さんどう?」って言ったのかな? そうしたらすぐ「そうだよね!」みたいな感じになって。
悠介:僕の中で、やっぱりステージに4人で立った時に見映えする人がいいなっていうのもあったし、そもそも畑の違う者同士でやってるユニットなので、サポートもそういうふうにしたいなと思ってて。……っていうのがあったんですが、ちょうど誘い出したタイミングで、高松くんがPetit Brabanconの活動を始めたんですけどね(笑)。さらに言えば、明人くんから、ドラムの候補でL'Arc-en-Cielのyukihiroさんとかどうだろう?って名前も出てきてたんですよ。
松本:畏れ多いですけど、yukihiroさんに叩いてもらいたいと思ったんです。だけど、蓋開けたらyukihiroさんと高松さんはPetit Brabanconだった(笑)。
──なるほど(笑)。レコーディングはどのように?
悠介:莎奈くんはスタジオに一緒に入って、直接ディスカッションしながら作っていきました。高松くんに関してはデモを送って、オンラインで納品してもらう感じでした。
松本:一応僕がデモにベースラインを入れつつ、“高松さんだったら、もっとこういけますよね”っていう、伸びしろをめちゃくちゃ残した状態のデータを送りました。たとえば、“僕がレイドバック気味に歌うとすると、ベースとドラムはどの位置にいるんですか?”っていう投げかけをして、ちゃんとプロのベーシストがそれに応えてくれたみたいな感じです。
悠介:僕が最初にサポートのふたりにお願いしたのは、「健康のサポートはこのふたりじゃなきゃ無理だよねっていうようなプレイをお願いします」ってことで。そうやってコンタクト取りながら作っていくのが、バンドの面白さだったりすると思うんです。ドラム録りの時も、「デモをなぞるのではなくて、莎奈くんらしさを入れてもらって全然いいから」っていうふうにお願いして。彼もアイデアをバンバン言ってきてくれたので、僕らふたりだけじゃ作れない音がしっかり入っていると思います。
松本:プレイする人が自信を持って、もうライブ前に練習しないとできないぐらいのことをやってくれたほうが、責任感が出るというか、みんなが納得するものができるなと思ったので。だから、制限はせずに、でも「このポイントは押さえてください」っていうことは伝えて、「このフレーズ面白いですね、ドラマーじゃ絶対考えつかないですよ」って言われたところは逆に残してもらったりしてますね。結構ドラマーとしては難しいことをやってもらったりしてるんですよ。手数とかじゃなくて、叩きたいけど叩かないとか。リズム隊は、リハーサルでも「めちゃくちゃ難しい」って言ってたので、「すみません!」って(笑)。
──デモの時点で、相当作り込んだものが届いているんだろうなというのが想像できますけど、さらにという。
悠介:莎奈くんは、「もうこれで完成でいいんじゃないかな、っていうデモですね」と言ってました。
松本:でも、完全にズレのない打ち込みより、不完全であったほうが愛くるしさがあるじゃないですか。完全すぎて近寄りがたいものより、愛せる余裕があるというか。だから、打ち込みの縦のラインにどうやって人格を与えるかっていうことに注力したかな。
──たしかに緻密に作り上げているところと、生のグルーヴ感のバランスが共存していて。そこは意識していたんですね。
松本:そうじゃないと、バンドである意味とか、生で録る意味が残らないので。
悠介:lynch.だったら、ドラムもギターもベースもほぼすべてのものが基本的にオングリッドなんですよ。健康だとそうじゃなくて、画面上で見るとグリッドから少しズレてたり、その一つ一つを手動であえてズラすような調整もしてたので。そうすることによって血の通った音楽になるのは新たな発見でした。機械の音ってどうしても冷たい印象だったりするけど、打ち込みのタイミングをズラすだけで、こんなにも温かみが伝わるというか、和らぐというか。lynch.で新たな作品を作る時に活かしてもいいかなって思いますね。
──松本さんから新たな気付きを得たと。
悠介:ありがとうございます。
松本:よかったあ。
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