【コラム】とんでもないことが起きている、その主役はオリヴィア・ロドリゴ
まずは数字を挙げてみよう。2021年1月にリリースされたデビューシングル「ドライバーズ・ライセンス」が、全米(ビルボードTOP100)・全英(OCC)シングル・チャートで初登場1位。その後、全米では8週連続、全英では9週連続首位を記録。全米シングル・チャートでデビュー曲が初登場から8週間連続で1位を獲得したのは史上初。2021年に全世界でのストリーミング数が10億回を突破した最初の曲。さらにセカンドシングル「デジャヴ」も各国チャートでトップ10入り。サードシングル「グッド・フォー・ユー」は二度目の全米、全英シングル・チャート初登場1位。…まだまだ続くのだが、キリがないので一旦ストップ。
ひとことで言えば「とんでもないことが起きている」、そのセンセーションの主役を務めているのが18歳のシンガーソングライター、オリヴィア・ロドリゴだ。
彼女の経歴は、まさに現代のアメリカンドリームを地で行くように華やかで、なおかつタフな生きざまを感じさせる輝かしいものだ。母親はドイツとアイルランド系、父親はフィリピン系、カリフォルニア出身。早くからエンタテインメントの世界に興味を持ち、4歳からボーカルレッスンを、その後はピアノとギターを習得して作詞作曲を始める。同時にモデルや女優としても活動を始め、13歳の時に出演したディズニーチャンネル『やりすぎ通信!ビザードバーク』で飛躍のきっかけを掴み、16歳で主役に抜擢されたディズニープラスのドラマ『ハイスクール・ミュージカル:ザ・ミュージカル』で一気に大ブレイク。そこで披露した歌のクオリティの高さが認められ、シンガーソングライターとしてのデビューに至る。まるでハッピーエンドが約束されたドラマのようなサクセスストーリーだ。
軽くプロフィールをたどるだけでもこれだけの情報量が必要になる、恐るべき18歳。そんな彼女の最新トピックがデビューアルバム『サワー』のリリースで、5月21日のリリース直後に当然のように全米・全英チャート1位を記録。全英チャートではシングル「グッド・フォー・ユー」と共にダブル1位を獲得したソロアーティストの最年少記録を更新したが、数字の話はやっぱりキリがないので一旦ストップ(たぶん今後、彼女自身が更新してしまうだろうから)。問題はその中身で、全11曲に詰め込まれた音楽的アイディアの豊富さ、作詞作曲能力の高さ、トラックメイクやアレンジメントの質の高さなど、様々な意味で2021年のアメリカのポップスの新たな王道を行く、斬新でありながらあくまでポップな世界がここにある。
アルバム『サワー』は、いきなりグランジロック的な歪んだロックギターと、エフェクトをかけた不機嫌そうなボーカル、重厚なストリングスを組み合わせた「ブルータル」で衝撃的に幕を開ける。一転して2曲目「トレイター」は、アコースティックギターと打ち込みループによるドリーミーなスローバラード。そして大ヒットチューン「ドライバーズ・ライセンス」は、ピアノ中心シンプルなトラックにウィスパーボイスとクワイヤーを添えた、あらためて聴くととてもエモーショナルな曲だ。彼女が特にティーンエイジャーのファンから受けている圧倒的な指示の理由のひとつは「歌詞のリアルさ」で、「ドライバーズ・ライセンス」での元カレへの断ち切れない思いを切々とつづった歌詞も実体験らしい。アメリカのゴシップメディアでは「相手は誰?」という詮索で盛り上がったらしいが、せつないロストラブソングの傑作として率直に聴くのがいいだろう。
「1ステップ・フォワード、3ステップス・バック」はほぼエレクトリックピアノとシンセのみの幽玄なバラード。セカンドシングル「デジャヴ」もスローバラードで、ビートレスな前半からオルタナティブロック色の濃い後半へと色を変えてゆく、1990年代のレディオヘッドを思わせるようなアレンジがかっこいい。サードシングル「グッド・フォー・ユー」はアルバムの中でも最も元気ハツラツなロック/ポップチューンで、チアリーダーに扮して暴れまくるMVも怖いくらいに楽しい。彼女が最も影響を受けたアーティストのひとりがテイラー・スウィフトだが、「グッド・フォー・ユー」にはテイラーへのリスペクトや憧れが素直に出ているようで、微笑ましくも大胆なパフォーマンスに目と耳を奪われる。
アルバムの後半にも個性豊かな曲が揃っている。「イナフ・フォー・ユー」は古典的なアコースティックギターのスリーフィンガー奏法によるフォークソングで、若さいっぱいに張り上げる声がなんともキュート。「ハピアー」もある意味古典的なピアノバラードで、三連符を刻むリズムと王道メランコリックなコード進行に乗せた素直な歌が魅力的だが、続く「ジェラシー、ジェラシー」では一転して過激なビートの抜き差しによるオルタナティブR&B的な曲調に合わせて陰りのあるぶっきらぼうなボーカルを披露する、二役を演じているようなキャラの変貌ぶりに度肝を抜かれる。女優としての演技力の確かさが歌に活かされているような、多彩な曲調の中でこそオリヴィア・ロドリゴの表現力はその真価を発揮する。
「フェイヴァリット・クライム」は「イナフ・フォー・ユー」に似たタイプのフォークソングで、淡々と始まり淡々と終わる、すっぴんの気取りのなさがかえって気を引く曲。そしてアルバムのラストを締める「ホープ・ユー・アー・オーケー」は、広い空間を生かした幽玄なサウンドエフェクト、スローなビート、柔らかい歌とコーラスがさざ波のように寄せては返すロマンチックな1曲。地味かと思えるほどにクールではかなげな曲が残す遥かな余韻と共に、記念すべきデビューアルバムは幕を閉じる。
サブスク時代のリスニングに合わせ、各曲のイントロにはシンプルだががっちり耳を引くキャッチーなフレーズが置かれ、1曲2分台の曲が大半を占めるという聴きやすさも、SNSから拡散される現代的ヒットの法則をしっかり押さえている。ロドリゴの書く曲はテイラー・スウィフトの影響を受けつつ、オルタナティブR&Bからフォークソングまで多岐にわたり、少し年上のビリー・アイリッシュやリル・ナズ・Xなど、ヒップホップやダンス、ロックやポップスのカテゴリーを飛び越えるZ世代の才能ともどこか共通する匂いがする。アルバムの共同プロデュースをつとめるダン・ニグロはロックバンド出身で、ロドリゴの書く曲にエッジィなロックテイストを注ぎ込み、見た目のアイドルっぽさや女優らしい華やかさをある意味裏切って、より骨太な印象を与えることに成功している。
ディズニーやテイラーなどアメリカンエンタテインメントの王道を受け継ぎながら、それを軽やかに飛び越えるZ世代の尖った感性も豊かに持つ18歳。スウィートな聴き心地の中にサワー=酸味を効かせたその音楽は、正しく2021年を代表する音楽と言っていいだろう。ちなみに日本では今、「ドライバーズ・ライセンス」のMVの新バージョンとして、YOASOBI「夜を駆ける」などで知られるアニメーション作家・藍にいなが手掛けた日本版アニメMVが公開されて話題を呼んでいるところだ。日本の新世代クリエイターとも共鳴して、オリヴィア・ロドリゴの世界が今後どこまで広がってゆくのか注目したい。
文◎宮本英夫
オリヴィア・ロドリゴ『SOUR(サワー)』
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※歌詞・対訳・解説付/スリーブケース仕様/ポスター、フォト・スタンド、フォト・カード、ステッカーなど豪華特典付き
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※歌詞・対訳・解説付
1. brutal / ブルータル
2. traitor / トレイター
3. driverslicense / ドライバーズ・ライセンス
4. 1 step forward, 3 steps back / 1ステップ・フォワード、3ステップス・バック
5. deja vu / デジャヴ
6. good 4 u / グッド・フォー・ユー
7. enough for you / イナフ・フォー・ユー
8. happier / ハピアー
9. jealousy, jealousy / ジェラシー、ジェラシー
10. favorite crime / フェイヴァリット・クライム
11. hope ur ok / ホープ・ユーア―・オーケー
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