【インタビュー】井上緑、“歌で嘘をつかない”徹底した目線が生み出す魅力
茨城県・日立市出身のシンガーソングライター、井上緑。現在27歳の彼は、大学在学中に路上ライヴやライヴハウスで活動をスタートさせると、SNSに投稿した自作曲「バカップル死ね」が大きな反響を集め、2019年にはZepp DiverCity(TOKYO)にて全曲弾き語りのフリーライヴをクラウドファウンディングで開催させるなど、着実に支持を集めてきた。柔らかくて、甘くて、それでいて力強くて、芯のある歌声が耳に残るが、何よりも強いインパクトを与えるのが、彼が綴った言葉達。日常ではおおっぴらに言えない感情や、自身の本音を徹底的に曝け出していく赤裸々な歌詞は、普遍性はありつつも、特に彼と同世代のリスナーの胸に深く染み渡っていくものになっている。
そんな井上緑が、5枚目のアルバム『風を切るように』をリリースする。本作には、新曲はもちろんのこと、ファンから音源化を熱望されていた「大丈夫」をはじめ、これまで発表した楽曲をバンドアレンジにして収録。いまの井上緑の音であり、その胸中をそのまま閉じ込めた作品になっている。「音楽なんてやめときゃよかった」と歌う彼に、これまでと現在について話を聞いた。
◆ ◆ ◆
■歌でまで嘘ついたら終わりだと思うんで、正直なことを書いてます
──アルバム『風を切るように』はどういう作品にしようと考えていましたか?
井上緑(以下、井上):昔から歌っている曲も、最近できた曲も入れているんですが、僕としては、歌はずっと変わっていくものだと思っていて。その最新の状態を出せる感じになったらいいなと思っていました。前のアルバムに入っていた曲も、ライヴではバンドでやっていたりするので、その形で出せたらいいなとか。
▲『風を切るように』
──“歌はずっと変わっていくもの”というのは、昔から思っていたことでもあるんですか?
井上:作り始めた頃は特にそういうことは考えていなかったんですよ。でも、関わる人や思うことが増えていくうちに、こういう意味だったんだなとか、こういう取り方もできるなというのが、どんどん増えているような感じがしますね。
──そもそもの話になりますけど、ご自身で音楽を作ってみようと思ったのはいつ頃でした?
井上:18歳のときに友達のバンドに誘われたんですけど、高校最後の文化祭でライヴをやるから、せっかくだからオリジナルを作ろうかという話になって。じゃあ作ってくるよっていうのが最初ですね。
──それまで楽器をやっていたりとかは?
井上:ほとんどやってなかったです。バンドに入ったのも、ギターが足りなくなったっていうことになって、じゃあ練習してみようってコード弾きを練習し始めたのが最初なので。
──となると、いきなりハードル高いですね。
井上:なんか、できるなと思ったんですよね。いま考えると、「作ってくるよ」とかよく言ったなって思うんですけど(笑)。
──音楽自体は小さい頃から好きだったんですか?
井上:そんな感じでもなかったんですよ。高校ぐらいからカラオケは好きになりましたけど、それまでは特に好きなわけでもなくて。
──ちなみにカラオケでは何を歌われてたんです?
井上:昔のアニソンとかですね。仮面ライダーとか、ガッチャマンとか。なんていうか、“楽しく歌う”っていうのがよかったんですよ。声を変えてみたりして。
──いわゆる往年のアニソンシンガー的な発声の仕方というか。
井上:そうそう、そうです。それがなんか楽しかったんですよね。よく聴いていたのは、尾崎豊さんとか、美空ひばりさんとかですかね。
──お二方のどんなところが好きだったんです?
井上:尾崎豊さんに関しては、全部かっこよかったんだと思います。CDでしか聴いていなかったですけど、あんなふうに叫んで歌う人を僕は知らなかったので。だから、声とか言葉とか。美空ひばりさんはおじいちゃんがずっと聴いていたんで。
──それもあって自然と耳にしていたと。友達とバンドを一緒にやった後、また別でバンドでやってみようとは思わなかったんですか?
井上:バンドを組める気がしなかったんですよ。元々のバンドメンバーは高校の友達で仲が良かったけど、またイチから始めていくことに自信がなくて。それが19歳ぐらいのときだったんですけど。でも、ギターはひとりでも弾けるし、弾き語りっていうジャンルもあるんだから、これでいいやっていう感じでした。
──それでひとりで歌い始めたと。
井上:最初は、せっかくコードとか弾けるようになったし、これならカラオケいらないな、みたいな感じではありましたけどね。だから、趣味というか、ずっと楽しくやっていければいいなみたいな感じでした。
──今回のアルバムに収録されている「音楽なんてやめときゃよかった」の歌詞に、《別に音楽なんてそんな好きでもなかったのに》という一節がありますけど、本当にそんな感じだったんですね。
井上:そうですね。周りのミュージシャンって、小さい頃から音楽が大好きで、これがこうで、あれがどうで、みたいな話ができるんですよね。でも、僕はそういうことを言えないし、何が好きで育ってきたとか、そういうのも特にないし。そんなに音楽が好きなわけでもなかったのに、いまも音楽を続けていて、楽しくてやめられないし。もうやめたいなと思っても、“もうやめたい”ということを曲にしているし。
──振り返ってみて、続けていけたらいいなと思った出来事もあまりなく?
井上:どうだろう……ライヴをやってからそう思うようになったかもしれないですね。僕が始めた頃には、ニコ生とか、発信できる場所がもう既にいろいろあったので、そこで“良い”と言ってくれる人がいて。そうなるとやっぱり、どんどんやりたくなるじゃないですか。そういうところはあったと思います。で、ライヴをやって、僕のことを気になってくれる、必要としてくれる人がいてくれるのが嬉しくて、いまも続けている感じです。
──音楽で誰かと繋がれたのもあって、続けていこうかなと思えた。
井上:そうかもしれないですね。
──歌を作り出した頃といまとで、大きく変わってきたところはありますか?
井上:作り始めた当時は、自分が思ったことを自分のために書いていたんですけど、いまは誰かがいるんですよ。たとえば、一緒によく飲む人とか、ライヴに来てくれる人とか、バンドメンバーとか、友達とか。そういう自分以外の誰かに向けて作る感じになっているなと思います。作り始めたときは、自分でそういう相手を作っていた気がするんですよ。
──そういった作り方になってきている自分に対して、どんな感情があります?
井上:いまの感じもいいとは思うんですけど、ひとりで突き進んでいるのもいいのかなって思ったりもして。なんか、友達が増えてしまうことの恐怖っていうのは、ちょっとありますね。誰かのことを気にしてしまうと、曲を書けなくなってしまうこともあるので。でも、人と触れたことによって出てくる言葉って温かみがあるし、重みもあるじゃないですか。それはそれで説得力が増すからいいのかなとも思ってはいます。
──ただ、ひとりで突き進んでいた頃に戻りたいという思いが、頭をよぎる瞬間もあると。
井上:ありますね。写真を見ると、その頃と今とで、目つきも全然違うんですよ。これぐらい尖っていたほうがかっこよかったのかもなって思ったりもしますね。なんか、大人になってきちゃったんですよ、どうしても(笑)。
──生きていれば自然とそうなっていく部分もあるとは思うんですけど、そこにあるのは苦しさみたいな感覚なんでしょうか。
井上:たぶん、それは愛おしさなんですよ。そこに愛おしさや安心を覚えてしまうと、そこで止まっちゃうような気がして怖いというのが、いまの心境です。
──曲の作り方も昔と今とで変わってきました?
井上:そこは変わっていないと思います。昔どうやっていたのかはあんまり覚えていないけど、自分の思っていることがひとつあって。そこにギターをちょっと弾いてみて、違うなとかやってるんで。そこはあんまり変わってないかな。
──そういう意味では、言葉が先に出てくる?
井上:そうですね。歌詞とまではいかないんですけど、思っていることを一言書くんですよ。それがその曲のテーマというか、核なんですよね。そこは残しておいて、そこから歌いながら作っていく感じです。
──お話を聞いて納得しました。アルバムを聴いていく中で、この歌詞いいなっていう瞬間が何回もあったので、やはり言葉を大事にされているんだなと。胸にすごく残る歌詞が多いですよね。
井上:嬉しいです。ありがとうございます。
──たとえば「恋に生きる」は、恋で夢心地になっている状態と、現実を知ってしまって失意の底にいる状況を、浮遊感のあるサウンドでまとめていておもしろいなと思ったんですが、《あなたの幸せ 嘘でも喜べないよ ごめんね》という歌詞がよくて。自分の思いが相手に届かなかったときに、その人の幸せを願う歌は多いけれど、それを喜べないという生々しい感じがいいなと思いました。
井上:無理っすからね、そんなことは。そこで相手の幸せを喜ぶことが世間ではよしとされてますけど、そんなの無理な話で。“私の代わりに幸せになってね”なんて言っても、それは嘘じゃないですか。歌でまで嘘ついたら終わりだと思うんで、正直なことを書いてます。
──歌だからこそ、嘘はつけない。
井上:そうですね。歌だからこそ言えるんだから、それは言わなきゃっていう感じはやっぱりあります。なので、そういうことを書いたんだと思います、昔の僕は(笑)。
──この曲を作っていたときはどんなことを考えていたんですか?
井上:自分で音楽を作り始めてから、ミドリカワ書房さんをすごく好きになったんです。歌詞もメロディもすごく好きで、「恋に生きる」というタイトルも、ミドリカワ書房さんの曲から取ってきていて。僕も物語というか、ひとつの短編小説みたいなものが書きたいなと思って作った曲ですね。
──そういった短編小説的な楽曲を収録している順番もおもしろいなと思いました。シンガーソングライターやバンドマン目線で書かれた「Stand by me」と、その彼女目線で書かれた「アイコトバ」を繋げていたりとか。
井上:僕の中では、「恋に生きる」に出てくる女の子が、その後に「アイコトバ」みたいな恋愛をするっていう流れになってるんです。だから、この3曲は繋げたかったんですよ。それは、出した当時にはできなかったけど、いまならできることでもありますね。
──女の子は同一人物なんですね。
井上:基本的に、曲に出てくる主人公の女の子はだいたい一緒です。その子が歌ってるっていう。
──男性の場合は別なんですか?
井上:別ですね。自分のときもあるし、自分から派生して、こういう動きをする人が思うこととか。でも、最近は自分のことが多いですね、どうしても。
──なぜまた?
井上:わかんないんですよねぇ……。欲張ってきちゃってるのかな。昔の曲は、僕が思った一言からどんどん枝別れてして言葉が出てきたんですけど、いまは自分のことをそのまま歌い出しちゃってるんで。もっと自分を知ってほしいっていうふうになっているのかもしれないですね。「音楽なんてやめときゃよかった」もそうですし。
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