【インタビュー】「ドリンク600円って高いですよね?」…ライブハウスの当たり前を変えていく

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2020年、コロナ禍で打撃を受けた音楽業界。ライブハウスはそのなかでも、かなり厳しい状況になりました。私自身、アイドルマネージメント時代に懇意にさせていただいていたライブハウスから閉店という連絡を受けたり、ニュースを見たりして胸が痛みました。現在は、マネージメントの仕事からは離れていますが、音楽制作には関わる身。ライブハウスは今後どうなっていくか、とても気になっています。

そんななか、2020年11月に、2021年1月に新たなライブハウスがオープンするという話を聞きました。調べてみると、2020年12月末に閉店する赤坂club TENJIKUの場所に、navey floorというライブハウスが1月にオープンするということ。そこで、navey floorを運営する株式会社 Bluemy Entertainmentの代表 師﨑洋平氏に話をお聞きしました。

──ライブハウスnavey floorオープンの経緯を教えてください。





師﨑洋平:株式会社Bluemy Entertainmentは2019年1月に立ちあげたのですが、立ち上げ時のひとつの目標が、100%自分たちの出資のライブハウスを作ることだったんです。予定では2022年を目指していたのですが、昨年のコロナ禍でいくつかのライブハウスが閉店し、自分がライブ制作で関わっていた赤坂club TENJIKUも閉店することを知り、純粋にこの場所がこのままなくなってしまうのは嫌だと思ったんです。自分たちのイベント制作の仕事もコロナ禍でかなり打撃を受けていましたし、予定より1年早いのですが、TENJIKUの運営会社の株式会社ニーノにもご協力をいただき、この場所を新しいライブハウスとして残すことに決めたんです。

──どのようなライブハウスを作っていくのでしょうか?

師﨑洋平:ライブハウスには、当たり前すぎて理由を考えなくなったいくつかのことがあると思うんです。まずそれを変えていくことですね。例えばドリンク代。これはライブハウスにとって大切な売上なのですが、ドリンク1杯600円という金額が当たり前になってしまっている気がして。600円のドリンクってスターバックスよりも高いんですよね。それをみんな当たり前に払っている。コーラ1杯600円って、冷静に考えたら高いですよね。だったらアルコールにしようかな、という方もいると思うのですが、未成年はそうはいかないし、車で来ている方はアルコールを選ぶことはできません。払ってもらっている対価に対して、ライブハウス側の努力が足りてないんじゃないか、と感じています。これはひとつの例で、ライブハウスの慣例をそのままやるのではなく、今、どうしたらもっと満足してもらえるかを考えて、変えていきたいと思っています。

──それは、ドリンク代の価格を下げるということですか?

師﨑洋平:いえ。価格を下げることもできるのですが、ただ価格を下げるだけではつまらないし、ドリンク代はライブハウスにとっては大切な売上でもあります。なので、600円いただくのではあれば、その対価に対して満足いただけるドリンクを考えて提供していく。navey floorのドリンクは見た目も“映え”て美味しいと思ってもらえるものにしたいと思っています。手にしたお客様が、写真を撮ってインスタなどのSNS投稿したくなるようなものを提供できれば、思い出に残しやすくなる。こういった企業努力が必要なのではないかと思っています。




──ドリンク代は、私も当たり前に払ってましたね。2ドリンクと言われても「そうですか」って。1,200円でコーラ2杯とか。冷静に考えたらかなり高いですね。他にはどんなことですか?

師﨑洋平:ライブハウスがどんな存在か、ということですね。僕自身、バンド時代、ライブハウスに育ててもらいました。また、10年ほど前からライブハウスでのイベント制作の仕事やマネージメントの仕事もしています。ライブハウスがアーティストを育てなくなって、場所を提供するだけの場になってしまったら、アーティストとスタッフの間になかなか信頼関係は生まれません。ライブハウスとアーティストが協力して夢を叶えていく、それがライブハウスだと思っています。今は、SNSから生まれるアーティストも増えています。彼らは自分たちで、作詞作曲、MV制作、動画編集、そしてファンを作ることまで行っています。すごい努力を重ねてきたんだと思うんですよね。ニコ動が流行ったばかりの頃に、ライブハウスシーンでは、ニコ動シーンは自分たちとは別物だと思ってしまったんです。本質をきちんと知ろうとせず、勉強をしなかった。しかし、ネット中心に活動しているアーティストは多くの学びをして、独創的なシステムやアイディアで、今ではお茶の間まで届けることに成功しています。場所を用意するだけではなく、まずライブハウスのスタッフがもっと勉強して時代を捉えた上で、アーティストと一緒にライブハウスから生まれる新たな音楽シーンを作っていきたいと思っています。

──ライブハウスの元々のスタイルということですね。古い話に思われてしまうかもしれませんが、1970年11月にオープンした福岡市の天神にあった「昭和」は、多くのアーティストを育てたと言われていますね。甲斐バンドや海援隊、井上陽水さんなど。

師﨑洋平:そうですよね。しかし、今の若い人たちにとって、ライブハウスは単なる場所になってしまっているように感じることがあるんです。僕は、大好きだったライブハウスシーンを、今に合った形で作っていきたい。音楽性や売り方、SNSの発信の仕方や、動画の編集や集客についてもライブハウスのスタッフが提案できるような。ライブハウス運営以外にも、音楽イベント制作・マネージメント・楽曲制作・コンテンツ運営・プロモーション・レーベルなどについて、スタッフがプロになって、出演してくれるアーティストの個性をどう世の中に発信していけばいいかを一緒に考えていきたいと思っています。

──スタッフの方は、とても大変ですね。


師﨑洋平:確かに大変ですが、特に今、学びは絶対必要ですね。それが必ずアーティストのためになると思うので。大変な分、働く環境を整備していきたいとも考えています。例えば、navey floorではちゃんと有給やボーナスがある仕組みを作っていきたい。ライブハウスで働くことは一般企業で働くことと同じ。そうでないと腰を据えて頑張りづらいし、才能のある人も集まってこないですから。この環境を整えるため、アーティストの挑戦に協力するためにも、売上をきちんと上げる。ここが大事だと思っています。売上を上げる方法は、錬金術ではなくて、お客様の満足度を上げることだと思っています。これまで、ライブハウスのお客様として、イベンターさんや出演アーティストは網羅されていたと思うのですが、実際に見に来て下さる方に関して対応しきれてなかったのでは、と思うところがあったので、そこもしっかりやっていきたいと思っています。イベンターさんや出演アーティスト、ライブを見に来ていただく方々すべての満足度をいかに上げるかを考えています。まずその土台をしっかり作っていきたいですね。また、ライブハウスシーンに大手企業が参入してくるような流れになったらとも考えています。ライブハウスシーンが大きなマーケットになってくれば、多くのアーティストのチャンスにも繋がりますし、今あるサービスもさらに向上して、シーン自体がさらに盛り上がってくると思うんです。ライブハウスシーンには、いい意味での新しい「競争」が生まれるべきだと考えています。その上でライブハウス同士の繋がりも深くなっていけば、危機も乗り越えていけると思うんです。

──そのためにも、ライブハウスは変わっていくべきだということですね。

師﨑洋平:はい、先ほどドリンク代のお話をしましたが、例えばそれ以外にも、出演アーティストだけでなく、ライブハウスも集客できるように考えていくべきだと思います。場所を貸してノルマや最低保証金額を決めてアーティストに頑張ってもらうだけでなく、ライブハウスも自分たちでチケットを販売できる仕組みを作って、お客さんを呼ぶ。そのために例えば、「スタッフのおすすめ」が一人一人にしっかり届いて、実際の動員につながるようにスタッフのキャラクターを重視し、直接コミュニケーションをとっていきたいと考えています。navey floorでは、毎日営業後のスタッフ生配信を考えています。日々どんな事があって、どんな事を考えていて、といったことを共有することで、スタッフ一人一人のファンになってもらいたい。それが実現できたら、スタッフの○○さんが推してるバンドなら見たいというお客さんがいたり、スタッフから「この日はヤバイ日なんで是非来てください」なんて直接告知ができて、実際に来ていただけるような。いろんな人が集まって交流できる場所を、ライブハウス側からも作りにいくということです。


──具体的にはどんな場所ですか?

師﨑洋平:また繰り返しになってしまいますが、関わるすべての人に満足してもらえる場所、ですね。音楽はもちろんですが、ライブハウスという場の“環境”も大事で。スタッフの対応、温度や匂い、湿度も含めて心地よい場所を作っていきたい。記憶って五感で張り付くと思っているんです。なので、僕は五感を押さえにいきます。誰もが普通に来られて心地よく居られる場所を作りたいと思っています。navey floorは、ある意味「ライブハウスっぽくない」ところもあると思います。今までの、という意味で。また内装についても、多くのライブハウスは汎用性を重視しているところが多いなと感じていて。もちろんそれも当たり前に正解で、理由も理解していますが、navey floorでは、はっきりとした個性を表現した上で、そこをどう使ってもらうかを考えていきたい。僕が作りたいのは、公民館ではなく、あくまで「ライブハウス」なんです。内装や環境は、アーティストのライブや曲の良さを更に伝わりやすくして、参加しているお客様がより感動したり楽しみやすくするためにあると考えていて、その感性をしっかり表現していきたい。僕のライブハウス構想は、navey floorだけで終わりません。次はどんなライブハウスを作ったら多くの人に喜んでもらえるかと考えている時間がすごく楽しいです。

──最後に、緊急事態宣言が再度発令されていますが、どのように対応してきますか?

師﨑洋平: 対応は2パターン考えています。現状での対応と新しい施策としての対応です。まず、現状での対応では、やはりガイドブックやルールをきちんと守ることです。当たり前のことですが、これが一番アーティストやお客様、スタッフを守ることにつながると考えています。感染という被害だけでなく、去年ライブハウスは世間からの批判を受けました。確かに酷過ぎるものもありましたが、一方で今までルーズにしていた部分が露呈した結果だという見方もできると思います。今一度、可能性のあるリスクや対策について、しっかり見つめ直すことが重要だと考えています。エンターテイメントは、関わる人たちの安全が保証されている上で成り立つものなので、ここは責任を持って対策していきます。新しい施策については、まだ全貌は明らかにはできませんが、感染防止対策としても新しいコンテンツとしても、皆様に喜んでもらえるものを発表できると思います。そこも含め、是非これからのnavey floorに注目してもらえたら嬉しく思います。

──新しくもあり、かつての姿でもある人と人が信頼しあい、安心できるライブハウスが生まれたこと嬉しく思います。本日は、ありがとうございました。

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取材を終えたあとに、緊急事態宣言が再度発令されたので、追加でお話を伺いしました。音楽が好きな人はとても多いですが、その人たちすべてがライブハウスに行くわけではありません。そこにはそれぞれの事情もありますが、ライブハウスは怖いと思っている方もいるように感じます。そのイメージが払しょくされればと思っています。スマフォにたくさんの音楽をいれて常にイヤホンで音楽を聴いている人がいるのに、生で音を聴いたことがない方には、ぜひライブハウスで生の音を体感していいただきたいですね。navey floorのこれからに期待したいです。

そして、個人的には、コロナが収束しても完全に元の状態に戻るとは限らないと思っています。ライブはライブハウスのライブと並行して配信ライブも行われる時代になると思います。そうなることで、これまで、結婚・出産・子育てでライブに行けない時期ができてしまう人たちや、仕事が忙しくなってライブに行くことから離れてしまう人たちにも、見ていただける環境ができていくと良いな、と思っています。再度参戦するときに、気後れすることもなくなりますし。どこからでも、どんな状況でもライブを見続けることができる環境は、アーティストにとっても、ファンにとってもきっと嬉しいことですから。

ライブハウスを特別の場所にしないこと。ライブハウスで働く人の環境を整えること。スタッフの顔が見え集客ができること。まだまだライブハウスができることはたくさんあると感じました。

PHOTO:橋本塁[SOUND SHOOTER]
寄稿:伊藤緑(http://www.midoriito.jp/)

◆navey floorオフィシャルサイト
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