【楽器フェア】チューバ吹きの私から、吹奏楽部のキミに伝えたいこと

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「担当する楽器によって性格や趣味嗜好の傾向が出る」とは有名な都市伝説だが、私が通っていた中学校の吹奏楽部に所属するサックス吹きは全員アニメ&ボカロオタクだった。とんでもない偶然である。

私は中学からチューバを吹き始め、高校は音楽科を選択してチューバを専攻、市民吹奏楽団にも4年ほど在籍して、たくさんの経験を積ませていただいた。そういうと真面目な吹奏楽人間みたいだが、実際には練習中「武器として考えた場合チューバは最強」とか考えていたので、全く真面目ではない。

吹奏楽部で一番不人気な楽器といえば、まあ間違いなくチューバだろう。デカい、重い、そのくせ地味。メロディも少なく、名曲「オーメンズ・オブ・ラブ」なんて、半分くらい「シ♭」の音吹いてる。木管楽器諸君、なんかごめん。

でも、この「シ♭」が効いてるんです。

各地の小・中・高校では毎年、「チューバだけは嫌だ」と祈りながら吹奏楽部の体験入部に来る子がいる。願いも虚しくチューバに指名され、あるいはじゃんけんに負けてチューバ担当となり、4月早々に退部を考え始める子もいる。凄い話だが、吹奏楽部の楽器決めのあと、保護者から「うちの子にチューバを吹かせるなんて!」というクレームが来た、なんて話も聞いたことがある。

魔法学校の組分け帽子じゃあるまいし、って話だが、吹奏楽部において、入部者全員が希望の楽器に就けることはレアケースといっていいだろう。都合よくバラバラだったら良いものの、「新入生10人中8人がサックス希望」なんてことはよくある。

だから、「楽器との出会いは全てご縁」とも言われるのだ。業界トップのプロ奏者でも、「最初は別の楽器を希望していたのですが、顧問に言われてこの楽器になっちゃって」という人はよくいる。中でもチューバは吹奏楽部“以外”でまず出会えない楽器なので、「第一希望ではなかったのですが、ご縁でチューバになりました」率も跳ね上がる。

ではチューバ吹きはみんな嫌々やってるかって、そんなことは無い。あの巨大金管楽器は奇妙な魅力があり、大半の奏者は「そりゃ不人気なのは当たり前だよなぁ」なんて言いながら、膝に抱いたデカい楽器の職人気質なところを溺愛しているのだ。だから「ベースばっか吹いててつまんなくない?」なんてセリフは、口が裂けても言ってはいけない。つまんなくない。

ちなみに筆者は音楽科時代、「チューバってメロディ吹けんの? 吹いても聞こえなくない?」と言われて絶句したことがある。なんというか、人間って怒ると逆に冷静になるよね。

見よこの妙技。ただし常人には真似できない。

でも、私たちは「じゃんけんで負けてチューバになっちゃった」「チューバが嫌い」って子の気持ちが、正直わかっちゃうのだ。だって、曲によっては総演奏時間30分中、チューバの出番は5分くらい、ってこともある。それだけならまだしも、「3時間合奏やって、自分が吹いてたのはトータル10分くらい」なんてこともざらにある。

こうなるともう「ベースにはベースの楽しみが……」という以前の話だ。好きでやってる大人だってそうなのに、チューバの楽しさが理解できないという子に、“3時間拘束、10分演奏”を強制させるのは、あまりに可哀想である。こんなの、「チューバが好き」以上に「音楽がめちゃめちゃ好き」じゃないとやってられない。

ならば、チューバや吹奏楽が嫌いになってしまうより前に、辞めてしまって構わないと思う。楽器そのものに嫌な思い出ができてしまうほど悲しいことはない。それに、青春って嫌なことを我慢してやってるほど暇じゃない。

そんなことを言いつつ、やっぱり“好き”になってもらいたいのが本心だ。そりゃあ確かに、楽器は重い。めちゃくちゃ重い。そしてメロディは少ないし、吹く姿だってカッコイイわけでもない。終始酸欠だし、奏者は老若男女問わず、だいたい腰痛もち。「チューバは縁の下の力持ちだから」なんて言われても、正直あんまりピンと来ない。

でもやっぱり、チューバは楽しい。曲が最も盛り上がるときにバーンと登場してメロディの背中を押す様は「低音は任せな!」って感じでカッコいい。ほとんどベースラインだけの曲でも、「おいおい高音楽器諸君、そんなに走って後半大丈夫か?」ってオトナの余裕で手綱を握れる。たまのメロディは、「やれやれ、ようやくオレの出番か」って気分だ。まるでラノベのチート系主人公である。

「チューバ吹きの休日」は、ゴロゴロのんびり感ある名曲。

それに吹奏楽部のチューバ奏者は、自分の楽譜だけを練習していると時間が余りがちなので、ついつい他の楽器の吹いている音を耳コピし出し、いつの間にか部内屈指の実力を身に着けていることがある。そして、合奏中は良い意味でヒマなことが多いチューバ奏者は、他パートのメロディを全部覚えてしまい、指揮者並みの分析力を身に着けていることも多い。

実際、私はチューバを吹き始めてから、吹奏楽や管弦楽の演奏を聴いたとき、瞬時に「今、どの楽器が何をやっているか」が聞き取れるようになった。50人くらいいるオーケストラでそれができるんだから、ポップスやロックは手に取るようにわかる。え?「それ、日常生活の何に役立つの?」って? わかったらカッコイイじゃないか。

だから、これからチューバ吹きのことは「縁の下の力持ち」と呼ばず、「我が部のダークホース」「黒幕」「影の実力者」と呼んでほしい。チューバ吹きはバンドの長所も短所もよくわかっている。誰がどんな問題を抱えているか、何が得意かもわかっている。そんなチューバ吹きは、まさに吹奏楽部の“裏主人公”だ。

巨大チューバ。吹いてみると普通のチューバと大差ない音色。

さて、この2020年。新型コロナウイルスの影響を受けて、夏の風物詩・全国吹奏楽コンクールが中止となってしまった。ニュースでも大々的に報じられた「甲子園中止」と違って、「吹奏楽コンクール中止」に対する世間の反応が薄いことに傷ついた学生も多いだろう。

テレビ中継される甲子園と違い、吹奏楽コンクールはクローズドな場で開催されて、一般チケットも入手が難しい。報道の差はその辺りから出てくると理解していても、当事者となれば「こっちも取り上げてくれよ!」とムカっ腹が立つのは当然である。

「今は辛いけど、この経験はきっと役に立つ」「青春は部活だけじゃない」なんてことを今更言うつもりはない。そんなことはもう1万回くらい言われてることだろうし、何より「目標としていた大会や行事の中止」は、「何ものにも代えられない思い出の消失」である。大会帰りの夜のバスの空気や、真夏の音楽室でみんなと食べる溶けかけたアイスの味に代えられるものなんか、あるわけがない。

「明けない夜は無い」とはいうけれど、残念ながらこの世には「明けない夜」がたくさんある。努力や我慢が報われるとは限らない。「いつか、きっと」の「いつか」って、結局いつなんだろう。大人に聞いても、答えてはくれない。

ならばいっそ「いつか」を待たず、「いま」、何かを形にして残してみるのもひとつの手だ。今まで吹いてきた編曲モノの原曲を聴き漁って感想を書いてみるとか、これまで学んできた技術を後輩のためにマニュアル化してみるとか、好きな曲を自分なりに吹奏楽用に編曲してみるとか、吹いてきた楽曲の解説を書いてみるとか。それはきっと、本当の意味での「青春の1ページ」になるはずだ。

吹奏楽とともにあるキミたちの青春が、どんな困難の時代でも最高の思い出となることを、私はチューバケースの陰から祈っている。

T-SQUAREと真島俊夫は吹奏楽部員の青春そのもの。

文◎安藤さやか(BARKS編集部)
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