あなたにとって「史上最もナイスな曲」とは?

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下北沢にある風知空知(フーチークーチー)というライブカフェで開催されている月1イベント<いい音爆音アワー>が、間もなく通算100回目を迎える。

<いい音爆音アワー>とは、“古今東西の名曲/名演奏を、いい音で!爆音で!聴きましょう”というシンプルなイベントで、主催しているのは福岡智彦という人物だ。イベントは全くの無料でチケット代もチャージ代もなく、福岡氏も完全なノーギャラで行っているという奇特なイベントである。むしろ機材の持ち込みをはじめ、持ち出しこそあれ何の収益も求めていないという極めてピュアな運営を貫いており、その結果、毎回音楽好きにとって桃源郷のような空間ができあがっている。まさに「音楽好きの、音楽好きによる、音楽好きのための」<いい音爆音アワー>というわけだ。

そんなイベントを主催する福岡智彦という人物は、実は業界では知らぬ人はいないという現在64歳の重鎮だったりする。1978年に渡辺音楽出版に入社後、音楽制作ディレクターとして山下久美子/チャクラ/太田裕美を手がけ、1985年にはEPICソニーに入社し、GONTITI/くじら/遊佐未森/小川美潮/Killing Timeといった異色アーティストをメジャー・シーンに送り込むこととなる。このラインナップをみるだけで、彼が放つ濃密な音楽への愛情とこだわりを感じ取ることができるというものだ。1998年には自らのプロデュース・レーベル「Robin discs」を起ち上げ、2004年には音楽配信サービス「レコミュニ」(現「オトトイ」)創設に参加し、2007年にバウンディ代表取締役に就任する。つまりはミュージシャンシップ溢れる音楽とミュージシャンを発掘/育成し、世に広める仕事を半世紀に渡って行っている人物であることがお分かりいただけることだろう。

そしてそのトルクフルな歩みは、今もなお衰えを知らず<いい音爆音アワー>を毎月開催し続けている。音楽が売れないと嘆かれて久しい現世にあって、福岡氏は“録音芸術”の復権を目指し今なお奮闘中、というわけだ。

そんな福岡氏が、一般リスナーから「史上最もナイスな曲」をアンケート募集している。毎回テーマを持って「ナイスな曲」が紹介される<いい音爆音アワー>だが、そこで語られる「エピソードトーク」も必聴であることを考えると、「史上最もナイスな曲」と問われても、選び出すのはとても難しい。

あなたにとって「史上最もナイスな曲」とは? そんな自問自答への誘いに向けて、福岡氏に話を聞いてみた。

   ◆   ◆   ◆


▲福岡智彦氏

──そもそも福岡さんが<いい音爆音アワー>をスタートしたきっかけは、何だったんですか?

福岡:趣味半分ですけど、やっぱり「音楽をいい音で聴く」っていうのが大好きなんです。で、いい音ならなるべく大きな音で聴きたい。でも、家では限界があるんですよね。

──騒音問題もありますし、家族の理解も必要ですね。

福岡:ヘッドフォンもいいけど、身体で感じないから本当のいい音の感じっていうのが半減しますよね。昔はロック喫茶とかあったんだけど、今はなくなっているし。そういう環境が日本にないから作らないと…っていう気持ちです。で、風知空知に相談したら「いいですよ」ってことになった。本来、お店でイベントを開くのであればチャージ料金が発生するんですけど、単に音楽を聴かせてお金を取るのはイヤだなと思って、無料でやる特例を許してもらった。だからお客さんはそこでの飲み食いだけですね。

──それは特例ですよね。

福岡:そうですね。とにかく「いい音を爆音で聴く気持ちよさ」を味わってもらいたくて。そういうのを味わっている人も減っているだろうし、特に若い人に体験してほしいっていうのがあったんです。

──音源の魅力を再発見する場になるかもしれない。

福岡:ライブと著作権の市場はキープできているけど、録音物が売れなくなったっていうのが音楽業界の最大の問題ですよね。もちろん、YouTubeで無料で聴けるという環境変化の影響は大きいですけど、何より録音物に対してその良さが十二分に分からなくなった。

──伝わっていない?

福岡:そうです。それは「いい音」とか「大きな音」とかで聴いてないから。「メロディとか歌詞とかが聞こえればいいや」っていう状態になっているからだと思うんですね。だから「音楽のちゃんとした気持ちよさを味わってもらう」ことが録音物の復権につながるんじゃないかと、大それたことを考えているんです(笑)。それで小規模なイベントですけど、毎月休まずに続けよう…と、そういうことなんですね。

──長い音楽業界の中で、多くのアーティストやプレイヤーと関わり、たくさんの才能を排出してきた福岡さんですが、「いい音楽をみんなで共有したい」という思いがあったわけですか?


福岡:共有したいという思いはそんなになかったですけど、<いい音爆音アワー>をやってみて「みんなで聴くって楽しいな」とは思いました。ただ、おしゃべりしながら聴かれても…っていうのはあったんで、ベラベラしゃべる人には「ちょっと静かにしてください」とか言っちゃって(笑)。

──お客さんに(笑)?

福岡:そう(笑)。「二度と来ない」とか言われて(笑)。

──「ちゃんと聞いて欲しい」という思いが裏目に出ましたね。

福岡:ヒソヒソ声でも話し声って気になっちゃうじゃないですか。曲が終わって僕がしゃべりだしたら急に黙ったりして。そんなだから、まあ、だんだん雰囲気は私色になってきましたよね。

──第1回目はどういう内容だったんですか?

福岡:デイヴィッド・T・ウォーカーのCDが出た記念に、ギタリスト特集をやりました。4~5ギタリストに絞って3~4曲かけていくみたいなスタイルでした。それが2010年。

──それから100回近く企画を重ねてきたわけですが、「ナイスアルペジオ」「ナイスキメ」「元越えカヴァー」「ナイスシンコペーション」「ごきげんハンドクラップ」「カウントでいこう」「セリフがある歌」…と、テーマは実に多彩ですよね。明らかに集客目的ではなく、聴いて欲しい音楽が中心にあるのがわかります。

福岡:そこはピュアですね。もちろんお客さんにはたくさん来て欲しいけど、そのために内容を曲げるんだったらやる意味がないし。

──目的がビジネスじゃないんですもんね。

福岡:ないです。ギャラなんてもらってないしビジネスにしようとも思ってない。けど、なるべくたくさんの人には来て欲しいと思ってますよ。来なくてもしょうがないなと思いつつ…(笑)。

──大変なエピソードはありませんか?楽しい思い出ばかり?

福岡:基本的には楽しいですよ。ネタも今のところ切れてないですし。女性ボーカルものも3~4回やってますけどネタはまだいくらでもあると思うんですよね。そういう意味では選ぶのも楽しいし、次はこれをやりたいとかもある。ただ、最初の頃は「もうちょっと音が良くならないかなあ」と、音的な問題はあったかな。

──機材の問題ですか?

福岡:そうですね。もともとライブハウス用の機材しかないんで。それで、自分のオーディオ機材を持ち込みました。

──ご自宅から?

福岡:はい。毎回運び込むの大変だからそこへ置きっ放しなんですけどね。お店側としては「そんな貴重なものは預かれない」と言うんですけど、「壊れてもお店を責めないから」と言って置いてもらってる(笑)。

──マッキントッシュのアンプですね。


福岡:パワーもあるし、それにしてからグンと音も良くなった。最初はCDからのリッピングを使っていたんですけど、「こういうところでやるならアナログをかけましょうよ」と、知人がノーギャラで手伝ってくれるようにもなりましたね。

──有志が集まってくるわけですね。お客さんからのリクエストもありますでしょう?

福岡:最初のうちは「次回のリクエストも受け付けますよ」みたいなことも言ってたんですけど、リクエストしておきながらその日に来ないとか(笑)。

──そうか。お客さんだって都合があるから、次回も絶対来れるわけではないですね。

福岡:それに、リクエストは受けるものの「自分が好きではないものはかけたくないな」っていうのがすごくありまして。

──それはそれでいいと思います。音楽の基本ですから。

福岡:1回ね、「メタル特集」をやったことあるんですよ。

──それはリクエストに応える形で?

福岡:そう。リクエストもけっこうあってね。でも「僕は嫌いだから、僕にはできない」ということで、その時はメタル好きなやつにやらせたんです。「今日はこの人が全部仕切ります」って。

──そういう変則パターンはあり得るんですね。それにしてもずいぶん福岡バイアスがかかってる。

福岡:そうですね。

──テーマ決めと選曲って、大変ではないですか?


福岡:曲を聴いたときに、その曲の特徴を控えていくんです。いろんなテーマごとに曲をためて、いっぱいになったらそれをテーマにしてやろうと。

──BAKRS編集部でも「史上最もナイスな曲」を選曲してみたのですが、10人程度では結果は見事にバラバラでした。世代が違えばガラリと変わるし、テーマによっては自分の中でも内容が変わりますよね。同じナイスな曲でも「思い出の10曲」と「ドライブで聞きたい曲」は全く違うわけで。

福岡:編集部の方々が選んだ「史上最もナイスな曲」を拝見しましたが、自分がイベントでかけている曲とは違うものがでてくるのは当然だと思うんです。もともとはイベントに来てくださっている方々であれば、私の選曲の傾向が音楽趣味の範疇だったりするのでしょうけど、いろんな年代の方々が参加すれば、結果はずいぶん変わりますよね。

──いろんな方が参加することで福岡イズム外の曲がランクされると、それは刺激的ですね。

福岡:それは新鮮ですよね。例えば、僕はユーミンも大好きだけど、このアンケートでは「埠頭を渡る風」が選ばれているでしょう?ユーミンだったら他にいっぱいあるだろうって思うんだけど、この人にとってはこの曲が一番ナイスなんですよね。

──何か思い出/出来事と紐付いているのでしょうね。それが音楽のチカラですから。

福岡:編集部の皆さんのアンケートを見ると、自分の中でテーマを決めて選んでいる人もいるみたいですね。

──「ナイスな曲」ということで、タイトルや歌詞に「ナイス/NICE」が登場する曲を選んでいるスタッフもいます。ドラマーとして影響を受けた曲を選んでいたり、アナログで聴きたい曲、サントラベスト10を選んだスタッフもいます。

福岡:いいねぇ、このまま<いい音爆音アワー>のリストにしたいくらいだね。

──皆さんの投票でも、アンケート参加の際に「どういうテーマか?」を一言添えてもらえれば嬉しいですね。

福岡:簡単でいいから「あなたなりのテーマ」を説明してくれるといいですね。

──テーマが変われば選曲も全く変わりますから、テーマを添えて何度も回答してもらいましょう。プレーヤー目線だと神曲も変わりますし、時代やジャンルを切ればいくらでもトップ10は変わりますから。

   ◆   ◆   ◆


福岡智彦という人物が開催する<いい音爆音アワー>は、自身の好みが大いに反映し福岡イズム溢れたイベントとなっているが、だからこそ、嘘のない音楽の魅力が会場いっぱいに満たされるひとときとなる。こんなピュアな音楽空間に、あなたのリクエストを投じたら、また刺激的な音楽の魅力が会場いっぱいに広がることだろう。

音楽体験は十人十色。あなたの目線で、あなたのこだわりで、あなただけの「史上最もナイスな曲」を、ぜひ投稿して欲しい。テーマ問わず、皆さんからの愛とこだわりの投稿を集計し、時代・地域を問わず最も愛されている音楽作品の上位100曲を、<いい音爆音アワー>及びBARKS上で発表するつもりだ。

◆「史上最もナイスな曲」投票ページ
◆<いい音爆音アワー>BARKS記事アーカイブ
◆<いい音爆音アワー>オフィシャルサイト
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