【インタビュー<後編>】清春、『エレジー』完成「孤独っていうのは強いっていうこと」
■闇に対して闇を当てていって
■光らせることができるのがダーク
──僕はこのアルバムを聴いていると、孤独であることや寂しいことって、そんなに悪いことじゃないなって思えてきて。
清春:もちろん。そうそう。
──そういう状況さえも味方につけて、強くなったり優しくなったり。先ほどのお話にもあった、泣いた後の晴れやかな感じにもつながるんじゃないかな、と。
清春:そうですよね、確かに。孤独というか。僕も絶対、いずれ“個”の時代が来ると思ってて。自分が生きてるうちかはわからないんですけど、この日本っていう国における、今のこの状況、生きてる環境とか、考え方の末期だと思うんですね。さっき言ったように、みんな不安だからコラボするんですよ。でも、それはもう通用しなくなってくる。個人がいかに秘めてるかが問われて、その人が先導していく時代が来るのかなと思ってますね。
──はい。
清春:僕が思う孤独っていうのは、“相手にされてなくて寂しい”ってことじゃなくて、“他は関係ない。私は私だ”っていう考え方。そう考えないと、生きていけない時代が来ると思うんです。だから、これに共感して、“この人のためになりたい”とかは素晴らしいと思うんだけど、これとこれをくっつけたらスゲーじゃん”みたいなのが通用しなくなってくるんですよ。もう飽和してるの。その次は絶対、逆の風潮が来るようになってるんです。
──なるほど。
清春:女の子はその辺の感覚が早くて。バンドで女の子って、多少はいるけどあんまりいないじゃん? 男のバンドに比べて遥かに少ないでしょ? 女の子っていうのは、すでに“個”なんですよ。女性で良いシンガーは一人の人が多い。パワーがあるっていうのは、声のトーンとかもあるけど、もう脳が“一人でいい”んですよね、一人で自立してるというか。それって、家庭にも言えて。男って外に行ってさ、知り合いだったり、仕事仲間と友達とかとワーっと飲むけど、女の子って奥さんになってしまうと、まあ別に同棲でもいいんだけど、一人になるでしょ。男の一人暮らしは持て余すんだけど、女の一人暮らしはちゃんとした人も多いよね。だから、男にできないことができちゃうんですよね。で、こういう『エレジー』みたいな音楽が好きな人は、男も多いんだけど、女が多いっていうのは、すごく正しい。正解に近いんじゃないかって思うんです。
──敏感に先を読んでいる。
清春:うん。男ばっかり集まって飲んでてもいいんですよ、僕もやるんですけど。なんだろうな。女子の半分ぐらいの人のほうがもっとクールっていうか、一人の過ごし方を知ってるっていうかさ。“そのために時間を使う”って男よりもすごく計画的に生きてるし。男って、別になんにもなければ寝てるだけじゃん(笑)。女子で寝て暮らしてるみたいなのって多くはないので。“今日の午後はこのために時間を使う”とか、“行きたい店、やりたいことがある”っていうのをできてるのは男よりも女が多くて。それを孤独というのか、なんていうのかわからないけど、女子のほうが自分のために時間を使うことができるんじゃない?
──とても面白い見方だと思います。
清春:泣くのも女子が多いしね。映画を観たり、音楽を聴いたり。服とか見て敏感なのも女子。やっぱ、一人の時間をうまく使ってるのかなって。女の子のほうが「死ぬの怖くない」って人が多いですもんね。僕の父はやっぱり、亡くなる時に怯えてたと思うんだけど、それを見送った母は、「私はもう、いつでも大丈夫」って。それってすごいなと思うんですけど。だから、歴史の積み重ねのなかで、遺伝子がそういう風になってきたのかなって思うね。男は奥さんがいないと子供を育てられないでしょ? もうそこで“個”じゃないからな。だから、孤独っていうのは、強いっていうことだって思いますね。
──なるほど。
清春:あとはこの『エレジー』でちょっと言いたいのはさ、いろいろな人生があって、人って死ぬんだけど、“死んでも大丈夫”ってことが、なんとなくヒントとして、聴いた人にうっすら浮かべば素敵だなってこと。まあ、それは僕も少し体験したこと。父や友達が天国に行って、こっち側はまだ天国に行ってなくて。もちろんまだ僕らは死んでないからこちら側の感触でしか歌えてないんだけど。でも、肉体としては滅びるんだけど、死んでも多分大丈夫っていう。死ぬ時が来ても大丈夫な気がする、みたいなアルバムになったらいいな。病気になっちゃった人が何故か聴いてくれるとか。
──そんな思いがあるなかで「アロン」が収録されていて、その歌詞のなかに“エレジー”という言葉が出てくるという。
清春:あ、“エレジー”はそこから来てます。
──カタカナで“エレジー”と表記されているのは、何か理由があるんですか?
清春:当時、「ミザリー」「アロン」と出して、“カタカナのほうが合ってるな”と思って。バンド名が“黒夢”って漢字で、なんかカタカナが合ってるって。“清春”もだしね。で、“エレジー”って言葉が「アロン」のなかに出てきて良いと思ったのが、<エレジー>の始まりだったんですけどね。「アロン」は一人ぼっちのことを歌ってて。“最後は独り”っていう歌詞もすごく合ってた。“最後は独りでやるんでしょうね”っていう。“聴いてる人も独りでしょ?”って。でも、僕にとっては、音楽ってそういうものなんです。なんかこう、助けてくれるような気がするもの。この人の歌やムードに包まれていたいとか。少しでもそうであってほしいよね。
──はい。
清春:ライヴで騒げるのもいいんですけど、そういうのを目指さないアーティストが、もっと日本にいてもいい気がする。そういうアーティスト、女性ではもう結構いると思うんです。男性はほとんどいないですね。もちろん、ダークなことをやってる人もいるんですけど、僕に言わせれば、まったくダークさが足りてないですね。
──どういうことなんでしょう?
清春:歌詞やパフォーマンスやアートワークがダークとかじゃなくて、“ダーク”っていう言葉をあんまり簡単に使わないほうがいいんじゃないかと思いますよね。まあ、光を感じてないとダークじゃないので、ただその、暗い感じっていう。ヴィジュアル系には多いですが。ミュージックビデオとか簡単にダーク風にしないでほしいなぁ(笑)。
──ふふふ。
清春:黒い服着るのはいいんですよ。だけど、そんなものじゃない。そんなに浅く利用できるものじゃないっていうか。僕もその理屈はわかんないけど、もっと……。
──その闇に対して責任をとれ、みたいなことでしょうか? 覚悟
というか。
清春:闇に対して闇を当てていって、光らせることができるのが“ダーク”だと思うんですよね。だけどだいたい、“暗いでしょ?”って見せるだけじゃないですか。そういうバンドのファンの人たちも、“ああ、こういう世界好き”って言っちゃうだけであって、出口はなくて。なんかこう、いじめられてるとかトラウマとか、メンヘラとか、しょうもないことでしかないんですよ。もっとこう、“じゃあ、自分ちのおじいちゃんとかおばあちゃんがそれを聴いても、なんかを感じるものなの?”っていう。“自分の子供に将来聴かせられるものなの?”って。そういう身が詰まったダークのほうが美しいんじゃないかな。答えは難しいですけどね。
──この作品がそんな議論をも呼び起こせばいいですね。
清春:起こさないと思うんですよ。“あぁ、これ静かだからやめとこう”みたいな(笑)。
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