いい音爆音アワー vol.84 「ごきげん♪ハンドクラップ特集」
おそらく歴史上最も古い「楽器」も、手拍子=ハンドクラップですよね。音楽に気分が乗ってくると、自然に手拍子が生まれます。それをサウンドに活かすのがハンドクラップです。ハンドクラップは数人以上で叩かないとそれらしくなりませんから、その音からは仲間同士、楽しくかつ真剣に、手を鳴らしている様子まで伝わってくるようです。
セットリスト
- Martha and the Vandellas「Heat Wave」この曲で「モータウン・サウンド」の型ができました。
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シングル(1963年7月9日発売)
マーサ&ザ・ヴァンデラス:
2nd アルバム『Heat Wave』(1963年9月30日発売)収録
作詞・作曲:Holland–Dozier–Holland/プロデュース:Brian Holland, Lamont Dozier
レーベル:Gordy
全米R&B4週連続1位、ポップ4位
HandClap: 歌がない部分に、普通に2拍表+4拍表で。
・ゴスペルのノリ、ジャズのフレイバー、ドゥーワップ的なボーカルとコーラスのコール&レスポンス、といういわゆる「モータウン・サウンド」の形式を作った曲のひとつ
・モータウンで最初のグラミー・ノミネート作品となった(Best Rhythm and Blues Recording)。
モータウン・レーベルの初期を代表する3人組女性ボーカル・グループ。1963年から1972年にかけて、10曲を全米R&Bチャート・トップ10に送り込み、その内の2曲は1位、6曲はポップ・チャートでもトップ10に入った。
Lead vocal: マーサ・リーヴズMartha Reeves
Background vocals: ロザリンド・アシュフォードRosalind Ashford、アネット・ベアードAnnette Beard
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- The Beatles「Eight Days a Week」ビートルズはハンドクラップをよく使います。中でもこれは典型的。
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シングル(米国 1965年2月発売)
4th アルバム『Beatles For Sale』(1964年12月4日発売)収録
作詞・作曲:Lennon–McCartney/プロデュース:George Martin
レーベル:Parlophone / Capitol
全米1位 アルバムは全英11週1位
HC: 2拍表+4拍表/サビでは2拍表+3拍裏+4拍表 ”_パン_パパン”
・ポップソングのレコーディングで初めてフェイドインを使った作品
・ビートルズにとって初めてアレンジを決めずにスタジオ入りした作品
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- 春日八郎「お富さん」日本人はやはり頭打ち(^^)。
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シングル(1954年8月発売)
かすが はちろう(本名:渡部実わたべ みのる):
作詞:山崎正/作曲・編曲:渡久地政信
レーベル:キング
HC: “パパン_パン_” 1拍表裏+3拍表。「エーサオー」のところで2拍休んで、パパンとパンが2小節だけ逆転。
・歌舞伎の「与話情浮名横櫛」(よわなさけうきなのよこぐし 通称:切られ与三郎)のセリフをいろいろ取り入れている。
・当初、キングレコードの売れっ子だった”岡晴夫""が歌う予定だったが、コロムビアに移籍してしまったため、若手の春日に歌わせたところ125万枚の大ヒット。
1924年10月9日、福島県河沼郡会津坂下町塔寺生まれ。
13歳で上京し、エンジニアを目指し就職するが、改めて東洋音楽学校に入学。
卒業後、陸軍に入隊。
復員後、「ムーラン・ルージュ新宿座」に入団、”渡部勇助”の名で歌手活動を開始。
1948年、キングレコードの第1回歌謡コンクールに合格、”歌川俊”の名で準専属歌手となる。
1951年、「赤いランプの終列車」を録音、1年後に”春日八郎”名義でようやく発売されたかと思ったら、50万枚の大ヒット。
1954年8月、「お富さん」リリース。125万枚の大ヒット。同年末の第5回NHK紅白歌合戦に初出場。
1955年12月、「別れの一本杉」リリース。60万枚のヒット。
「流行歌」が衰退し「演歌」が台頭する中、その第一人者と呼ばれた。
1991年10月22日、肝硬変と心肺不全により死去。満67歳没。
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- 笠置シヅ子「買物ブギー」日本人も頭打ちだけではなかった!服部良一のセンスですね。
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シングル(1950年6月15日発売)
笠置シヅ子(本名:亀井静子):
作詞:村雨まさを(服部良一)/作曲:服部良一
レーベル:日本コロムビア
HC: 適所で、2拍表+4拍表
・上方落語「無いもん買い」にヒントを得て作った。
・5分以上の大作となったが、当時のSPレコードでは収録しきれず、短縮バージョンになった。レコードでは煙草屋のおばあさんのところが割愛されている。
・「わしゃつんぼで聞こえまへん」という歌詞があり、「つんぼ」が差別用語とされているので、復刻版などではカットされている。
1914年(大正3年)8月25日 - 香川県大川郡相生村(現・東かがわ市)生まれ。生後間もなく大阪市福島区の米屋の養女となる。
1927年、「松竹楽劇部生徒養成所」に入学。
1939年、「弥次喜多大陸道中」に映画初出演。
同年、服部良一の招きでコロムビア専属となる。
身振りが激しすぎて、警視庁により、丸の内の劇場への出演を禁止されたり、マイクの回り1mの範囲で歌うことを強要されたりする。
1948年1月、「東京ブギウギ」リリース。大ヒット。
その後「大阪ブギウギ」や「買物ブギー」など「ブギもの」を次々とヒットさせ、”ブギの女王”と呼ばれた。
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1985年3月30日、死去。満70歳。
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- The Temptations「Papa Was a Rollin’ Stone」適所でクラップが裏打ちで入ってくることによって緊張感がグッと高まります。
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シングル(1972年9月28日発売)
テンプテーションズ:
アルバム『All Directions』(1972年7月27日発売)収録
作詞・作曲:Norman Whitfield, Barrett Strong/プロデュース:Norman Whitfield
※カヴァー:オリジナルは”The Undisputed Truth”、1972年早期のシングル。
レーベル:Gordy
全米1位、R&B5位
HC: 適所で、1拍裏+2拍裏+3拍裏+4拍裏。
・アルバム・バージョンは12分以上もある(イントロだけで3分53秒)。
・全編1コード(Bbm)
・「サイケデリック・ソウル」と呼ばれた。
・1973年のグラミー賞で「Best R&B Song」と「Best R&B Vocal Performance by a Group」と「Best R&B Instrumental」(B面)を獲得。
・「何年もレコードを作ってきたけど、まだ学ぶことがある。ヒットというものはどこから生まれるのか誰にも分からないんだ。なぜなら我々はこの曲をまったく認めていなかったからだ。我々はノーマンとスタジオで対立した。ノーマンはただ「私を信じてくれ」と言い続けた。今では我々のすばらしい財産のひとつだと認めざるをえないよ。」 by Otis Williams from the Temptations
1961年3月、モータウンと契約。
1964年12月21日、スモーキーと”Miracles”のロニー・ホワイトの共作「My Girl」リリース。全米1位。
1966年5月3日、ノーマン・ホイットフィールドの初プロデュースによるシングル「Ain't Too Proud to Beg」リリース。全米13位、R&B1位。
1968年10月25日、シングル「Cloud Nine」リリース。この曲から、後に「Psychedelic Soul」と呼ばれるようになる、新しい路線を展開する。
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- Dion「Drip Drop」ビートルズが席巻する前のアメリカの人気歌手。
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シングル(1963年10月29日発売)
ディオン(本名:Dion Francis DiMucci):
作詞・作曲:Jerry Leiber and Mike Stoller
編曲・プロデュース:Robert Mersey
※カヴァー: オリジナルは”The Drifters”(1958年発売)
レーベル:Columbia
全米6位
HC: 4分あり、8分あり、裏打ちありとかなり多彩。
・コーラスは”the Del-Satins”
1939年7月18日、米国ニューヨーク市ブロンクス生まれのイタリア系アメリカ人。
ビートルズ上陸以前、米国でもっとも人気があった歌手のひとり。50年代後期〜60年代初めにかけて、39曲のトップ40ヒットを持つ。1989年に「ロックの殿堂」入り。
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- T. Rex「Get It On」やる気なさそうなハンドクラップですが、効いてますね。
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先行シングル(1971年7月2日発売)
ティー・レックス:
2nd アルバム『Electric Warrior(電気の武者)』(1971年9月24日発売)収録
作詞・作曲:Marc Bolan/プロデュース:Tony Visconti
レーベル:Fly (UK)/Reprise (US)
全英1位(2作目)、全米10位 アルバムも全英1位、全米32位
HC: 普通に2拍表+4拍表。
・米国では”Chase”の同年発売の同名曲との混同を避けるため、「Bang a Gong (Get It On)」というタイトルでリリースされた。
・ピアノでリック・ウェイクマンRick Wakemanが参加しているが、彼はグリッサンドだけやっているらしい。このレコーディングの前にボランとウェイクマンはオックスフォード・ストリートで偶然出くわしたが、ウェイクマンは家賃のお金で困っていたので、ボランはセッションに招いた。プロデューサーのヴィスコンティがピアノでグリッサンドをやってくれと指示すると、ウェイクマンは「そんなのあなたでもできますよ」と言ったが、ボランが「家賃はどうするんだ?」と。ウェイクマンはグリッサンドを弾いて、£9もらって帰ったという。
・サックスはKing Crimsonのイアン・マクドナルドIan McDonald。
1947年9月30日、マーク・ボランMarc Bolan、ロンドンのStoke Newingtonで生まれる。
1967年7月、マーク・ボランがパーカッションのスティーブ・トゥックSteve Peregrin Tookと二人で”Tyrannosaurus Rex”を結成。
1968年7月5日、Tony Viscontiのプロデュースで、1st アルバム『My People Were Fair and Had Sky in Their Hair... But Now They're Content to Wear Stars on Their Brows(ティラノザウルス・レックス登場!)』をリリース。全英15位と健闘。
1969年、ボランはトゥックを追い出し、新しいパーカッショニストとしてミッキー・フィンMickey Finnを据えた。
1970年12月18日、名称を”T. Rex”として、アルバム『T. Rex』をリリース。完全にロック化し、エレキ・ギターに移行した。25週間チャートインし、最高全英7位。
1971年2月12日、シングル「Hot Love」リリース。全英6週連続1位。
同年2月25日、BBCの番組「Top of the Pops」に出演。ボランは目の下に光るドットを2つつけて登場、このときが「グラムロックの誕生」とされている。この後、72年まで英国およびヨーロッパをグラム旋風が吹き荒れる。
1971年9月24日、2nd アルバム『Electric Warrior(電気の武者)』リリース。全英1位。
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1977年9月16日、ボラン交通事故死、満29歳。
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- The Doobie Brothers「What a Fool Believes」この曲にハンドクラップ入ってたっけ?意外な曲その一。
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シングル(1979年1月発売)
ドゥービー・ブラザーズ:
8th アルバム『Minute By Minute』(1978年12月1日発売)収録
作詞・作曲:Michael McDonald, Kenny Loggins/プロデュース:Ted Templeman
レーベル:Warner Bros.
全米1位 アルバムも全米1位
HC: サビ前〜サビ、4つ打ちで。
・1980年グラミー賞で「Song of the Year」と「Record of the Year」の2冠を獲得。
・ジェフ・バクスターとジョン・ハートマンは本アルバムを最後にグループを脱退。トム・ジョンストンは、本作制作前に脱退、ゲスト・プレイヤーとして「Don't Stop to Watch the Wheels」1曲のみ参加している。
1971年、ワーナーと契約。4月に1st アルバム『The Doobie Brothers』リリース。
1972年7月、2nd アルバム『Toulouse Street』リリース。シングル「Listen to the Music」、「Jesus Is Just Alright」がヒット。
1973年3月、3rd アルバム『The Captain and Me』リリース。大ヒット。
1974年2月、4th アルバム『What Were Once Vices Are Now Habits(ドゥービー天国)』リリース。シングル「Black Water」が全米1位。
同年、ジェフ・バクスターJeff “Skunk” Baxterが3人目のギタリストとなる。
1975年5月、5th アルバム『Stampede』リリース。
同年春、ジョンストンが健康を損ね、ジェフ・バクスターの紹介でマイケル・マクドナルドMichael McDonaldが加入。
1976年3月、6th アルバム『Takin' It To the Streets』リリース。
1977年8月、7th アルバム『Livin' on the Fault Line』リリース。リリース前にジョンストン脱退。
1978年12月、8th アルバム『Minute by Minute』リリース。
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- Bump Of Chicken「Stage Of the Ground」日本のロック史に新たなページを書き加えたアルバムの冒頭曲。
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アルバム『jupiter』(2002年2月20日発売)収録
バンプ・オブ・チキン:
作詞・作曲:Motoo Fujiwara
レーベル:トイズファクトリー
アルバムはオリコン初登場1位
HC: エンディングに登場、単なる2拍+4拍じゃないが、音が多すぎてよく判りません。
藤原基央もとお (vo,g) 1979年4月12日、秋田県生まれ
増川弘明 (g) 1979年12月20日、千葉県佐倉市生まれ
直井由文 (b) 1979年10月9日、千葉県佐倉市生まれ
升秀夫 (dr) 1979年8月10日、宮城県生まれ
4人とも、千葉県佐倉市の幼稚園からの幼馴染。藤原のみ別の小学校に進み、中学校で再び全員同窓となり、同じバスケットボール部に入るも全員補欠。
中学3年のとき、学校の文化祭に出演するためバンドを結成(ギターは別人で増川はスタッフだった)。
1995年秋、藤原は高校を中退。オリジナルを作り始める。
1996年2月11日、ギターが辞め、増川が代わって、バンド名も”Bump Of Chicken”とする。
1999年3月、ハイライン・レコーズより1st アルバム『FLAME VEIN』をリリース。
2000年9月20日、トイズファクトリーより、1st シングル「ダイヤモンド」をリリース。
2001年3月14日、2nd シングル「天体観測」リリース。55万枚以上を売り上げる大ヒットとなる。これに着想を得たテレビドラマ「天体観測」も2002年夏に放送された。
2002年2月20日、3rd アルバム『jupiter』リリース。
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- 土屋昌巳「TAO-TAO」TR-808(通称:やおや)による人工ハンドクラップは人気がありました。
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1st ソロ・アルバム『RICE MUSIC』(1982年6月21日発売)収録
つちや まさみ:
作詞:Giles Duke/作曲:土屋昌巳/編曲・プロデュース:土屋昌巳
レーベル:EPICソニー
HC: TR-808で、全編通して、偶数小節の3拍裏+4拍裏
・drums: Steve Jansen / bass: Mick Karn / E-Bow guitar: Bill Nelson
1952年8月22日、静岡県富士市生まれ。
1970年代、スタジオ・ミュージシャン、りりィの”バイバイ・セッション・バンド”、大橋純子の”美乃家セントラル・ステイション”を経験の後、
1978年、山本翔のバックバンドとして、見岳章 (key,vl)、藤井章司 (dr)らと”一風堂”を結成。
1979年8月21日、バンドとしてのデビュー・シングル「もっとリアルに」リリース。
1980年3月31日、1st アルバム『NORMAL』リリース。
1982年6月21日、カネボウ化粧品CMイメージソングとして、シングル「すみれ September Love」リリース。オリコン2位
同日、1st ソロ・アルバム『RICE MUSIC』リリース。
その後、”Japan”のラスト・ツアーをサポート。
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- 四人囃子「一触即発」12分間、まったく飽きさせない日本一のプログレ名曲です。
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1st アルバム『一触即発』(1974年6月25日発売)収録
よにんばやし:
作詞:末松康生、森園勝敏/作曲:森園勝敏/プロデュース:四人囃子
レーベル:東宝レコード
HC: 7:06〜7:24(全体12:18あります)、5+5+2拍子のところに。
・東宝レコードと契約したのは、「ある青春/二十歳の原点」という映画のサントラを作れば、アルバムを自由に作っていいという条件だったから。
1969年、高校で森園勝敏 (g,vo)と岡井大二 (dr)が出会う。中村真一 (b)を加えた3人で”ザ・サンニン”結成。その後坂下秀実 (key)が加入し、1971年、”四人囃子”として活動を始める。
1973年、東宝映画「ある青春/二十歳の原点」(大森健次郎監督 1973年10月公開)のサウンドトラックを担当し発売。
1974年、東宝レコードからオリジナル・アルバム『一触即発』をリリース。
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- Electric Light Orchestra「Shine a Little Love」みなさんもごいっしょに!ライブでやってくれと言わんばかりのサビの合いの手、パンパン♫
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先行シングル(1979年4月27日発売)
エレクトリック・ライト・オーケストラ:
8th アルバム『Discovery』(1979年5月31日発売)収録
作詞・作曲・プロデュース:Jeff Lynne
レーベル:Jet / Columbia
全英6位、全米8位 アルバムは全英1位、全米5位、オリコン31位
HC: サビで、偶数小節の3拍裏+4拍表。
・長くバンドメンバーだった3人のストリングス・プレイヤー(Mik Kaminski (vl)、Hugh McDowell (cello)、Melvyn Gale (cello))をこのアルバムから解雇した。しかしミュージック・ビデオには出演している。
1970年2月、前身のバンド”The Move”に、Jeff Lynneが参加する。
1971年12月1日、1st アルバム『The Electric Light Orchestra』リリース。
1974年9月、4th アルバム『Eldorado』リリース。Louis Clarkがストリングス・アレンジを担当し始める。
1976年9月11日、6th アルバム『A New World Record(オーロラの救世主)』リリース。米プラチナディスクを獲得。Koshのデザインによる「円盤」ロゴが初めて使用される。
1977年10月3日、2枚組の7th アルバム『Out of the Blue』リリース。
1977〜78年、ワールド・ツアー「Out Of The Blueツアー」を敢行。78年、最初で最後の日本公演を行う。
1979年5月31日、8th アルバム『Discovery』リリース。
1980年8月、映画「XANADU」のサウンド・トラック・アルバム『XANADU』リリース。片面をELO、片面をOlivia Newton-Johnが担当。
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- Fitz and the Tantrums「HandClap」その名もズバリ、ハンドクラップをフィーチャーした曲。
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シングル(2016年3月25日発売)
フィッツ・アンド・ザ・タントラムズ:
3rd アルバム『Fitz and the Tantrums』(2016年6月10日発売)収録
作詞・作曲:Fitz and the Tantrums, Sam Hollander & Eric Frederic/プロデュース:Ricky Reed
レーベル:Elektra
全米53位、米Hot Rock Songs 2位 アルバムは全米17位
HC: 全編にいろんなリズムで。機械およびサンプリングっぽい。
・この曲は、Xbox Oneのゲーム「Forza Horizon 3」、2017年公開の映画「パワーレンジャー」、「The CW」というTVネットワークの番組宣伝などに使用されている。
2008年にロサンゼルスで結成されたネオ・ソウル・バンド。
Michael Fitzpatrick (vo)
Noelle Scaggs (vo,per)
James King (sax,flute,key,per,g)
Joseph Karnes (b)
Jeremy Ruzumna (key)
John Wicks (dr,per)
2008年、フィッツパトリックがバンド結成を思い立ち、大学の友人でサックス奏者のキングに連絡したところ、彼がスキャッグズとウィックスを誘い、ウィックスがカーンズとラズムナを連れてきた。彼らはすぐに意気投合。最初のライブは2008年12月、ハリウッドの「The Hotel Café」というライブハウスだったが、それは最初のリハーサルからわずか1週間後だった。
2009年の前半、最初のEP『Songs for a Breakup, Vol. 1』をフィッツの自宅で録音し、
2009年8月11日、「Canyon Productions」よりリリースした。
同年11月、”Maroon 5”のカレッジ・ツアーの前座を務める。予定されていた”K'naan(ケイナーン)”が疲労により10月も後半になってキャンセル。アダム・レヴィーンの馴染みのタトゥー彫師がたまたまTantrumsを気に入ってアダムに薦め、10日前に彼らが呼ばれたという。
2010年8月24日、Dangerbird Recordsより1st アルバム『Pickin' Up the Pieces』をリリース。
2013年初め、Elektra Recordsと契約。
同年5月7日、2nd アルバム『More Than Just a Dream』リリース。
2016年6月10日、3rd アルバム『Fitz and the Tantrums』リリース。
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- Jason Mraz「Make It Mine」シンコペーションが小気味よいブラス・セクションと、軽快なカッティング・ギターが生み出す疾走感を、柔らかいムラーズの歌唱が見事に乗りこなすグレイト・チューン。
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第2弾シングル(2008年8月8日発売)
ジェイソン・ムラーズ:
3rd アルバム『We Sing. We Dance. We Steal Things.』(2008年5月13日発売)収録
作詞・作曲:Jason Mraz/プロデュース:Martin Terefe
レーベル:Atlantic
アルバムは全米3位
HC: 1:11からのブリッジ部分のみ、2拍表+4拍表。
・第52回(2010年)グラミー賞で「Best Male Pop Vocal Performance」を獲得。
1977年6月23日、米国ヴァージニア州メカニックスビル生まれ。
2001年、自主制作でライブ・アルバム『Live at Java Joe's』を発売。
2002年、Elektra Recordsと契約。
同年10月15日、1st アルバム『Waiting for My Rocket to Come』をリリース。全米55位。
2005年7月26日、Steve Lilywhiteのプロデュースで、Atlanticより、2nd アルバム『Mr. A–Z』をリリース。全米5位。
2008年5月13日、3rd アルバム『We Sing. We Dance. We Steal Things.』をリリース。全米初登場3位。
2010年、第52回グラミー賞で、シングル「Make It Mine」が「Best Male Pop Vocal Performance」、Colbie Caillatとデュエットしたシングル「Lucky」が「Best Pop Collaboration」を獲得した。
2012年4月13日、4th アルバム『Love Is a Four Letter Word』リリース。
2014年7月15日、5th アルバム『Yes!』リリース。
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- Pharrell Williams「Happy」「幸せなら手をたたこう」の現代版。「幸せを感じたいならいっしょにクラップしようよ!」と歌う、今回のシメにふさわしい曲。
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シングル(2013年11月23日発売)
ファレル・ウィリアムズ:
サウンドトラック・アルバム『怪盗グルーのミニオン危機一発 OST(Despicable Me 2: Original Motion Picture Soundtrack)』(2013年6月18日発売)収録
2nd アルバム『GIRL』(2014年3月3日発売)収録
作詞・作曲・プロデュース:Pharrell Williams
レーベル:i am OTHER (Columbia)
全米10週連続1位、世界19カ国で1位、オリコン5位
アルバムは全米2位、全英1位、オリコン3位
HC: サビに、2拍表+4拍表。ブリッジに、8分で”_パパパ_パパパ”。
・2013年7月公開、Universal Picturesのアニメ映画「怪盗グルーのミニオン危機一発(Despicable Me 2)」主題歌。
・世界初の「24時間ミュージックビデオ」を制作し公開した。
・当初はシーロ・グリーンCeeLo Greenに歌ってもらうつもりで作ったが、自身のクリスマス・アルバムの制作で忙しいからと断られた。
・アカデミー賞の歌曲賞にノミネートされたが、「アナと雪の女王」の「Let It Go」が受賞した。
1973年4月5日、米国バージニア州バージニアビーチ生まれ。
seventh-grade(日本で言えば中学1年生)でチャド・ヒューゴChad Hugoと出会う。
1993年、ファレルとヒューゴはプロデュース・チーム”The Neptunes”として活動を始める。
彼らがプロデュースしたメイスMaseの「Lookin' at Me」(1997)やN.O.R.E.「Superthug」(1998)は「Neptunes sound」と呼ばれ、注目を浴びるようになる。
2001年、ブリトニー・スピアーズのアルバム『Britney』のリードシングル「I'm a Slave 4 U」をプロデュース、世界的にヒットし、アルバムは全米初登場1位となる。
2003年、The Neptunes名義のアルバム『The Neptunes Present... Clones』をリリース、全米1位を記録する。
同年8月のリサーチの結果、米国のラジオで流れる曲の43%はNeptunesのプロデュースによるものだった。英国では20%。
2006年7月、1st ソロ・アルバム『In My Mind』をリリース。
2010年7月、アニメーション映画「怪盗グルーの月泥棒(Despicable Me)」のサウンド・トラックを担当する。
同年4月、ヴォーカルとしてフィーチャーされたダフト・パンクDaft Punkのシングル「Get Lucky」リリース。32ヶ国でトップ10入りを果たすなど世界規模のヒットなる。
同年7月、前作「怪盗グルーの月泥棒」に続いてサウンドトラックを手掛けた映画「怪盗グルーのミニオン危機一発(Despicable Me 2)」が公開された。
2014年第56回グラミー賞では「Producer of the Year, Non-Classical」ほか、4部門を受賞。
同年3月、8年ぶりに2nd ソロ・アルバム『GIRL』をリリース。シングル「Happy」が超ヒット。
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