【座談会】<D’ER≠gari 2016 feat. DEZERT>、ヴォーカリストが語る「爪痕を残しにいく」

ポスト

■よく分かりますよ、共感します
■千秋さんの話は聞いちゃいますね──石井秀仁 [cali≠gari]

──石井さんと千秋さんは初対面ということですが?

千秋:ちょうど僕がバンドを始めた頃、cali≠gariは活動休止中だったんです。実は僕、ほんとに偏っていて、あんまりヴィジュアル系を通ってなかったんですよ。で、復活のちょうどその時期にバンドをやってて、渋谷の会見(※2009年、渋谷駅前の大型ヴィジョンでの記者会見)を見て、“復活?” “武道館?”っていうので、ちょっと漁ってみたら、“あれ?このバンドやばくないか?”と。それでメンバーで論議になったんですよ。

石井:フフフフフフ。

千秋:うちのファンの子に昔からcali≠gariが好きっていう子がすごく多かったんですよ。で、自分も音楽をやっていく上で、カテゴリーとかじゃなくいろんな音楽を聴いていこうと思った時に、聴いてみたら、すごい良かったんですよ、個人的に。最初に見たのが昔のリキッドルームかなんかの映像で。“なんかギターの人が回ってる”とか(笑)。ロックというか、ロックンロールという感じじゃなかったんで、“これなんなんだろう?”っていう興味が沸いて、普通に好きでした。

▲石井秀仁 [cali≠gari]

──ファンの人も、cali≠gariとDEZERTに何か通ずるものを感じてたんでしょうか?

千秋:ちょっと違うんですけどね。僕らが活動開始した当時は、唇を黒く塗るっていう習慣がまったくなかったみたいで。周りはみんなもうUVERworldのパクリばっかり。“なぜラップが入る?”みたいな(笑)。韻も踏んでないようなラップとかが多くて全然好きじゃなかったんですよ。今のバンドをやる前にMUCCとかcali≠gariをみたらヤバくて、“唇とか黒く塗ったらヤバくなれんのかな?”みたいな。バンド名もヤバいですもん。“これ(≠)どう読むんだろう?……あ、読まねえんだ”って(笑)。そういうセンセーショナルなものが僕の中にありました。かなりインスパイアされてます。

──石井さんのDEZERTの印象はいかがですか?

石井:ドラムの方が村井くんと知り合いで、名前は聞いてたんです。その後、Tetsuさんとかあちこちから聞くようになったり、ヴォーカルの方が強烈だって噂を聞いたんで、ちょっと調べたんです。さっき話に出た逹瑯くんとの対談記事も読んだんですよ。これはキャラクターなのか、後で原稿を直してるのかよく分からないけど、とりあえず“よくこんな……これ、生きていけるのかな”って(笑)。だって、逹瑯くんもなかなかの人でしょ。その逹瑯くんとの対談で、逹瑯くんからガッツリ言われてる感じだったんで、なかなかキテるんだろうなと(笑)。

千秋:逹瑯さん、最初かなり怒ってたんで(笑)。

kyo:秀仁くんからしたら、“”怒る逹瑯”っていうのも新鮮だろうしね(笑)。

石井:そうですね、だから面白そうだなと(笑)。

kyo:すごくいいことだと思うね、強烈っていうのは。

石井:音楽とかを聴く前に、とりあえずインタビューを読んだっていうのは初体験でした(笑)。

千秋:どういうところをピックアップするかは、インタビュアーのセンスだとは思うんです。面白おかしくやってくれるんだったら別にいいんですけど、インタビューってあんまり好きじゃない。伝わらないんですよね、狭いところに糸を通すようで。ファンの人にはいいかもしれないですけど、僕、雑誌は今ほとんどみないんですよ。雑誌は写真集みたいに感じてて、インタビューに関してはあんまりですね。

──インタビューにあまり重きをおいてない?

千秋:おきたいんですけどね、そもそもそういうコンセプトのバンドではなかったんですよ。僕はMr.Childrenになりたくてバンドを始めたんで。嘘ですけど(笑)。

kyo&石井:フフフフフフ。

千秋:でもどんどん選択肢がなくなったというか。例えば、動画サイトにライヴ映像をあげるのもためらうんです。自分がカッコ良くない映像をあげるのはよくないなぁとか、よくわかんない使命感があって。それでどんどん何もしなくなった。リリースも“納得できるものができるまで”と思ってるから少なくなり、雑誌に出るのもあんまり好きじゃなくなり。僕は思ってることを言ってるだけなんだけど、意図してない感じになってるっていうことに、去年ぐらいに気がつきました。

kyo:面白いけどね、そういうの、おじさんからしてみたら(笑)。今っていい子のシーンみたいに感じるからさ。そういう意味ではすごくロックですよ。ロックって言われて千秋はうれしいのかうれしくないのか分かんないけど、すごく面白さを感じる。

──ヴォーカリストは集わないイメージがあるので、この対談もどうしたものかと思ってました。ドラム会やベース会の話はよく聞きますけど、ヴォーカル会はないですよね?

kyo:確かに、ヴォーカルマガジンはないし(笑)。歌は別に教わるものじゃないと思うんだよね。簡単に言っちゃえば、誰でも歌えるわけだからさ。確かにヴォーカルってあんまり集まっていろんな話はしない。

──はい。

kyo:もっと言うと、今回の座談会は世代も全然違うでしょ。これだけ違うといろんなバックボーンも違うし、考え方も違う。cali≠gariのシーンの中では、cali≠gariってすごく異端だと思うし、D’ERLANGERもやっぱりそうでありたいと思ってる。どう映っているかは別としてね。で、千秋の本意ではないかもしれないけど、DEZERTも今のシーンの中では異端だろうし。さっき千秋が言ってたけど、思うことを言ってるだけで、思いを口にしないやつもいるんだよね。でも、歌なんて“思い”だから。その思いを自分のバンドの音で、ロックというフィールドの中で世代が違うものが集まって何をみせるんだろうって、ちょっと楽しみなんだよね。それに今回は東名阪の3本があるから。1本だと、あのバンドのこういうところをもっとみたかったとか、受けた刺激をどういうふうに返そうかなと思ったところで終わっちゃう。でも、3本もあると面白いことができるんじゃないかなって思う。

──では、このツアーで期待していること、やりたいことはありますか?

千秋:歌をちゃんと歌いたい。さっき話したD’ERLANGERのリハを見た時って、最初は楽屋にいたんですけど、まずドラムの音がデカかったんですよ。そこにビビって、走って見に行ったんです。そのときに歌が上手とかじゃなくて、上手いことは当たり前なんですけど、それ以前に俺、ちゃんと歌ってなかったなって思ったんですよね。声を発する発しないじゃなくて。歌を歌うってことって、むちゃくちゃ難しいことなんじゃないかって考えましたもん。MUCCもそうですよ。MUCCも歌ってる。だからカッコいいんだなってことを確認しました。ちゃんと歌うって難しいなって。

石井:よく分かりますよ、共感します。俺はあんまり自分であれこれ言わないですけど、千秋さんの話は聞いちゃいますね、なるほどなと思って。

──例えばkyoさんからみたヴォーカリストとしての石井さんはどんな印象でしょう?

kyo:すごく印象に残ってるのが、いい意味ですごく上手いなと。まっすぐ届くヴォーカルだから。例えば、今年初めにcali≠gariのイベントに呼んでもらった時、D’ERLANGERの曲を一緒にセッションしたんですよ。事前に渡した音源は、歌詞カードに載ってない言葉も歌ってるバージョンだったみたいで、「あそこはなんて歌ってるんですか?」ってやり取りがあってね。だから、「別にいいんだよ、歌詞カード通りでもいいけどどっちにする?」って聞いたら、「フィーリングのほうで歌いたいから教えてください」って。そう言われた時に、真正面にぶつかってくれる人なんだな、だからまっすぐ届いてくる歌なんだなって思ったんですよね。いい刺激になりました。

石井:恐縮です(笑)。

kyo:千秋が言う“ちゃんと歌う”ってそういうことなのかもしれないね。ちゃんと歌ってると言ってくれたけど、俺もちゃんと歌わなきゃって思った(笑)。

◆インタビュー(3)へ
◆インタビュー(1)へ戻る
この記事をポスト

この記事の関連情報