ソニー・ミュージックエンターテインメント(米)、ルー・リードを追悼

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10月27日に享年71歳で亡くなったルー・リードに哀悼の意を表し、ソニー・ミュージックエンターテインメント(米)が下記追悼コメントを発表した。

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レガシー・レコーディングとソニー・ミュージックエンターテインメント(米)は、逝去したアメリカのヴォーカリスト/ソングライター/ギタリスト/詩人/そして表現者であるルー・リードに哀悼の意を表します。彼は、芸術的な衝動と妥協なきビジョンでここ半世紀のロックンロールとポピュラー音楽を変えてきた人物です。

ルー・リードは1950年代後半にデビュー・シングルを発売し、1960年代初期にニューヨークにてソングライター集団の一人としてプロのキャリアを積みながらも、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのフロントマンとして、知性に富むテーマと実験的な音を含む、議論を呼ぶほどにアヴァンギャルドなアンサンブルを生み出し、60年代のポピュラー音楽とその後の音楽に新たな次元を呼び込みました。

世間に対して実に大きな影響を及ぼした1965年結成のグループを去ってからは、1972-1986のRCAレコードとアリスタ・レコードとの延長契約を含む比類なきソロ・キャリアを積み、彼にしか生み出せない数多くの楽曲を世に送り出した(「パーフェクト・デイ」、「ワイルド・サイドを歩け」、「サテライト・オブ・ラヴ」、「アイ・ラブ・ユー、スザンヌ」など)。アルバムに関しても彼らしさがつまった作品から(『トランスフォーマー』、『ベルリン』、『コニー・アイランド・ベイビー』、『ニュー・センセーションズ』)、その作風を打破したものまで(『無限大の幻覚~メタル・マシーン・ミュージック』)、幅広く世に送り出している。

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ルー・リードは1942年 3月2日 NYブルックリン生まれ。10代の頃からバンド活動をはじめ、シラキュース大学時代にはデルモア・シュワルツのもとで詩を学ぶ。1965年ジョン・ケイルらと共にヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成。アンディ・ウォーホルに認められニコをゲスト・ボーカルに迎えて1967年ウォーホルのプロデュースの『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』でデビュー。4枚のアルバムを残し、ルーは1970年にバンドを脱退。1971年にRCAとソロ契約し、1972年、『ロックの幻想』でソロ・デビュー。以降、『トランスフォーマー』『ベルリン』等のロック史に残る名盤を残し、その芸術的な衝動と妥協なき音楽性、陰影を持ったヴォーカル、人間を鋭く見つめた独特の詞世界は後のパンク・ロック、オルタナティヴ・ロックに大きな影響を与えた。1976年からはアリスタに籍を移すが、1982再びRCAへ1986年まで在籍した。以降ワーナーに籍を移し、独自の解釈による路線を常に突き進みコンサート活動も含み現在も精力的に活動を続けていたが、2013年10月27日に享年71歳で亡くなる。

【代表作】
『トランスフォーマー』(1972年作品)SICP 30090
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを脱退した彼が、デヴィッド・ボウイとミック・ロンソンの協力を得て制作した2枚目のソロ・アルバム。グラム・ロックの最重要作として、また彼の名を世に知らしめた代表作としても評価が高い名盤。シングル・カットされた「ワイルド・サイドを歩け」は米チャート16位、英でも10位を記録。アルバムも米29位/英13位に達するなど英米両国のロック・シーンに多大な影響を与えた作品。

『ベルリン』(1973年作品)SICP 30091
通算3枚目のソロ作は、退廃の都市ベルリンを舞台に主人公と娼婦キャロラインが織り成す悲恋を描いた一大コンセプト・アルバムにして稀代の名盤。アリス・クーパーとの仕事で知られその後彼とも名作の数々をつくりあげる名匠、ボブ・エズリンがプロデュースを担当。ロック界有数のストーリーテラーとしての面目躍如たる堂々の作品。母国アメリカよりもイギリス/ヨーロッパで大きな成功を収め、英チャートの7位を記録している。
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