【インタビュー】井上道義、タブーを破り野外での子ども同伴クラシックコンサートに挑む指揮者の思い

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ロックやジャズ好きには馴染みの深い日比谷野外音楽堂。今年で90周年を迎えるこのステージで、10月6日に<日比谷野外オーケストラピクニック>と題したクラシックのコンサートが行われる。天候に左右されやすい野外コンサートは、繊細なクラシック楽器にはダメージを与えかねないという理由で演奏家には敬遠されがちだ。そんなタブーをとっぱらい、指揮者の井上道義氏が中心となって実現した「家族で楽しめるクラシックコンサート」について、井上道義に話を伺った。

■子供を連れてワイワイ行けて遊んで帰ってくるような
■せいぜい一時間以内のコンサートをやります

――10月6日の日比谷野外オーケストラピクニックですが、入場料も前売り券が2000円と、とてもリーズナブルで、家族みんなで行けそうなお手頃さですね。

井上道義(以下、井上):うん。これは子供が来なきゃ。

――この日比谷野外オーケストラピクニックを開催することになったいきさつは?

井上:日比谷野外音楽堂があることは知ってたんですが、軽音楽やジャズ、ダンス……フラダンスとかもね、そういう畑の人にとっては近い存在の場所と建物だし、今年で90周年ということなので、ある程度年配の方もご存知の場所だと思うんですよ。でも、僕自身はここで公演をしたことはないので、どんな会場かって言われたら、その隣の日比谷公会堂しか知らないんですよ。そんな中で、野外でコンサートをやろうじゃないかということになって、調べてみたら、日比谷野外音楽堂ではもう40年間もオーケストラの演奏会は開かれていない。外でクラシックの音楽会をやるというのはすごいリスクがあるんですよ。雨が降ると、ステージだけでなく、お客さんも濡れてしまう。湿気があると楽器にはストレスがあって良くない。みんな高い楽器を使っているからね。外で演奏するのは嫌じゃなくても、楽器がストレスに曝されるのは嫌なんだよね。お客さんも東京の真ん中でクラシック音楽を聴くなら、響きの良い会場もあるし、何も野外で聴かなくても良いでしょうってこともあるから、野音でクラシックコンサートをやることが全然なくなっちゃったんですよね。

――なるほど。プログラムには「魔女の宅急便」「となりのトトロ」もあって、かなり親しみやすい内容ですね。

井上:野音でコンサートをするにあたって、いろんなことを考えた。結局、過去のいろんな試みは忘れようと。これから新しく初めて、野音を使うなら、何をやるかな?って考えたら、“ピクニック”だなと。屋外だし、子供を連れて行けるというのは良いんじゃないかと。子供を連れてワイワイ行けて、ついでに遊んで帰ってくるような、せいぜい一時間以内のコンサート。昔やっていたクラシックの音楽番組「オーケストラがやってきた」で使われていたヨハン・シュトラウス二世の「常動曲」で、山本直純さんがやっていたような世界を思い出しながら、久石さんの曲で子供たちの世界に近づこうと。その後、マーラーをドンと聴かせて、「うおっ!これ何!?」となったところで、「くるみ割人形」で終わる。

――「くるみ割人形」もメジャーですしね。

井上:うん。「くるみ割人形」の「あし笛の踊り」は、一度は聴いたことがあると思います。「となりのトトロ」もやるんだけど、その時に、ちゃんとオーケストラの方が真剣になってやるような曲も一曲は欲しいと。そういう意味でマーラーのシンフォニーの中の“ある部分”をやらせてもらいます。マーラーの何をやるかはプログラムではあえて伏せてるんですけどね。子供にとってはマーラーの7番であろうが、39番であろうが関係ない。そんなことより、「マーラーを聴いたよ!」でいいと思うんですよ。だから、わざとそうしています。だから、音楽会に来るというよりも、音を聴きにくる。そこで、お父さんなり、お母さんなり、友達と行ったよっていう記憶がどこかに残ればいいなと。

――本物のオーケストラに触れるとか、子供の時の経験って、本当に大きいですものね。

井上:そうね。それが面白かったかどうかで、その人の一生のクラシックとの付き合いが決まるから。僕は実際、大阪フィルハーモニーと中学生向きの音楽会を4月に一回やっていて、今、とても反省してるんです。何故かというと、僕はすごく勉強しちゃって、いろんな話をしちゃったんですよ(笑)。それだと面白くもなんともなかったみたいで。そこで先生が、「君たち、これからクラシックの音楽会をやるけど、もう一生見ることがないかもしれない。今日だけかもしれないですから」って言ったんですね(笑)。

――ずいぶんバッサリ行きますね(笑)。

井上:ははは(笑)。「今日だけかもしれないから、大切に聴いてください」って。良いような悪いようなコメントだなぁと。クラシックって、馴染みのない人にとってはそういうことなんだなぁと。だからこそ、<オーケストラピクニック>では、クラシックの取っ付きやすさと取っ付きにくさを両方感じさせることがでいたらと思ったんですよね。

――なるほど。

井上:やっぱり演奏するほうだって面白くなければそれは伝わらないし、演奏するほうも「くるみ割り人形」の「あし笛の踊り」や「トトロ」ばかりではねぇ。自分のお父さん、お母さん、おじいさんぐらいの年代の人たちが、真剣に演奏しているところを見るのも大事だから。公演も一日二回やるし、都合の良いほうを選んでもらえれば。ピクニックだから、何か食べながらでも楽しいんじゃないかと思って、そういう売り場も準備しています。

――それは素敵ですね!

井上:いいでしょ? 野外って、周りに音が聞こえちゃうから音を出せる時間帯も制限がある。でもクラシックの音楽では電気を使って音を増幅させることもないし、そういう場合は「夜でもやってOK」とかそうなってほしいよね。日本では屋外の音楽会って本当に少ない。札幌のPMFくらいかな。だから、なんとかできるようになったらいい。真夏の東京は無理だけど、秋、春、梅雨前辺りならやれるんじゃないかな。日比谷公園っていう、東京の街中にそういう場所があるって素敵なことだから、会場も綺麗にして、どんどん変わってほしいなと思って、クラシック業界でもみんなで協力しあって、新日本フィルハーモニー交響楽団にも無理を言って演奏してもらいます。今回は乳幼児は不可なんだけど、こういう制限もなくして行きたいですよね。

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