「百鬼夜行奇譚」第六夜:【旋律】~Je te veux~[参]

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Kaya 短編小説連載「百鬼夜行奇譚」第六夜
【旋律】~Je te veux~
・[壱]
・[弐]
・[参]

   ◆   ◆   ◆

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

彼の細い指が鍵盤に触れた、瞬間。
指先から、全身に痺れるような甘い衝撃が駆け抜けた。
そして鍵盤から溢れるその音は、まるで天上から降りそそぐような、甘く美しい響きで彼を包み込む。
まるで空を飛んでいるような、静かに凪いだ水底を泳いでいるような、感覚。

夢中で一曲弾きあげて最後の音を弾いた時、得も言われぬ快感が彼の体を突き抜けるのを、確かに感じた。

小刻みに震えながら、恍惚に浸る彼の耳元で女がそっと囁く。

「…このピアノは人を選ぶのよ。また弾きにいらっしゃい……」

その日から彼は学校にも通わず、毎日毎日『cafe Noir』に通った。
一日でも、一時間でも、一秒でも、女のもとで、ピアノを弾いていたかった。
彼はピアノに夢中だった。そして彼女にも。

彼女は、毎日彼にピアノを弾くようにせがんだ。
ピアノの旋律に合わせ、女は歌うように、様々なことを彼に話した。

「私はね、薔薇と美しい旋律が何よりも好きなの。それさえあれば幸せなの…」
「このお店はね、100年以上昔は娼館だったんですって…」
「でも何か、ここで大きな事件があったんですって…」
「でも何か、大きな事件があったということしかわかっていないの…」
「でも何か…そう、魔女裁判のようなものが行われようとしていたんですって…」
「うふふ…でも魔女だなんて、まるで非現実的だなお話よね…おかしいでしょ…」

彼の頬は痩け、目は窪み、瞳はまるで常軌を逸していた。
家族や友人の心配を無視して、食べることも、眠ることも忘れて、ただ彼女のためにピアノを弾いた。

ある日、いつものように彼が店に来ると、中から歌声がする。
扉を開けることをためらい、大きな飾り窓から中を覗き見た。

◆[四/最終話]につづく。([参]:11月29日公開)

文:Kaya / イラスト:中野ヤマト

   ◆   ◆   ◆

Kaya 短編小説連載「百鬼夜行奇譚」バックナンバー
・第一夜【不眠】~Psycho Butterfly~
・第ニ夜【鬼櫻】桜花
・第三夜【回顧】~Awilda~
・第四夜【来世】~Awilda~
・第五夜【幽鬼】~傀儡 Kugutsu~

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◆Kaya オフィシャル・サイト「薔薇中毒」
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