「百鬼夜行奇譚」第ニ夜:【鬼櫻】桜花[壱]

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Kaya 短編小説連載「百鬼夜行奇譚」
第ニ夜:【鬼櫻】桜花[壱]

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花冷えの夜。
残業が長引き、飛び乗るように終電に駆け込んだ。混み合うことで有名な沿線だが、さすがに日曜日の終電ともなると乗車する客はまばらで、温かなシートが疲れた体に心地よい。携帯を開いてメールをチェックする。すると二ヶ月前、恋人から送られてきたメールの「満開だよ!」という言葉と、添付された色鮮やかな緋寒桜の写真が目に飛び込んで来た。楽しげで、華やかなメール。そして、そのメールを最後に彼女からの連絡は途絶えた。

あの日、僕は彼女を自宅で待っていた。いつもなら駅まで迎えに行くのだが「今夜は一人で大丈夫だから」という彼女の言葉につい従った。そのかわりという訳ではなかったが、僕たちの大好きな赤ワインのコルクを抜き、薄くて繊細なクリスタルにデキャンタージュした。そして、そのまるで心臓を取り出して飾ったかのような、深く美しい赤色を暫く眺めてから、持ち帰った書類に目を通していた。

駅から僕の自宅までの道のりには、緋寒桜の並木が続いていた。彼女はいつも人通りの多い道を歩いてくるのだが、初春になると緋寒桜の並木のある、少し寂しい裏道を歩いた。冷たい闇夜を切り裂くように咲き誇る桜は、まるで暗闇に紅の毛氈を敷きつめたようにも見えて、とても美しかった。誰が植えたのか、いつからあるのかもわからない、緋寒桜の並木。この街には似つかない見事な桜だった。そして彼女は桜が好きだった。

文:Kaya / イラスト:中野ヤマト

次回「【鬼櫻】桜花[弐]」 5月10日(月)公開予定

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<Kayaマンスリーライヴ“DIVA”>
5月5日(水)池袋BlackHole
6月6日(日)池袋BlackHole
7月7日(水)池袋RUIDO K3
8月8日(日)新宿RUIDO K4
9月9日(木)高田馬場AREA
10月10日(日)渋谷RUIDO K2
11月11日(木)池袋BlackHole
12月12日(日)未定

◆Kaya オフィシャル・サイト「薔薇中毒」
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