歌声が越えゆくもの ~森山良子『春夏秋冬』を聴いて~
森山良子という歌い手は、実に希有なアーティストだと思う。それは、声の存在感もさることながら、激動する音楽シーンにおける彼女の立ち位置からそう思わされるのだ。具体的に言うと、彼女はデビューから40年ものあいだ、自作曲と並行して提供された楽曲も積極的に歌ってきていて、両者の間に全く温度差がないということだ。
彼女の代表曲「この広い野原いっぱい」「さとうきび畑」「禁じられた恋」「涙そうそう」「あなたが好きで」等を見ても、どれが彼女の自作で、どれが提供作かを全て答えるのは難しいのではないだろうか。シンガーソングライターでもアイドル出身でも演歌歌手でもない立ち位置というのは概してコアファンが付きづらい。しかしながら、彼女は今なおヒットチャートに現れるという数少ない存在だ。(ちなみに、06年発売の前作『Tears』はオリコン最高位28位、出荷7万枚を突破。)このことからも、森山良子は“歌ありき”の人だと強く感じさせられる。
そんな彼女の初となるJ-POPカバー・アルバム『春夏秋冬』が発表された。収録曲を見ながら実際に聞いてみると、昨今のカバーブームに便乗した作品とは一線を画していることに気付く。
まず、原曲には1位獲得やミリオンセラーなどいわゆる“記録的ヒット”も数曲あるが、それとは関係なく全曲がJ-POP史上における名曲、すなわち“記憶的ヒット”となっている。つまり、数字から読み取れる評価を、楽曲の持つ魅力が大らかに越えていく。
次に、男歌も女歌もほぼ半数ずつ収録し、また歌い手の年齢も20代から60代まで実に様々だ。例えば、「真夏の果実」の低音に男の哀愁を感じさせ、また「桜色舞うころ」の高音に少女の切ない想いを垣間見ることができ、他にも原曲のイメージが強烈でカバーの難しい楽曲を、まるでオリジナルのように歌いこなしている。つまり、性別や年齢を限定しがちな我々の先入観を歌声がさらりと越えていく。
そして、何より『春夏秋冬』という本作のコンセプトが見事だ。ここでは四季折々の歌が、春→夏→秋→冬の季節順に収録されている。森山良子が繰り返す季節に沿ってたおやかに歌うのを幾度となく聞いていると、どんな季節が訪れようと、さらにどんな時代が訪れようと、それらを越えゆく力や勇気が湧いてくるのだ。これは、長きにわたり自作・他作に関係なく優れた楽曲をレパートリーにしてきた彼女ならではの賜物だろう。
何かを「越える」ということは、その壁の向こうの「新たな世界を見渡せる」ということだ。聴き終わった後、まるで心の中を優しい風が吹き抜けたかのように感じたのは、そんな新たな何かを得たからかもしれない。
文●つのはず誠
※つのはず誠:音楽チャート・アナリスト。音楽市場分析を本業としつつ、コンピレーションCDや復刻CDの企画を手がける。02年より「日経エンタテインメント!」にて連載執筆中。
彼女の代表曲「この広い野原いっぱい」「さとうきび畑」「禁じられた恋」「涙そうそう」「あなたが好きで」等を見ても、どれが彼女の自作で、どれが提供作かを全て答えるのは難しいのではないだろうか。シンガーソングライターでもアイドル出身でも演歌歌手でもない立ち位置というのは概してコアファンが付きづらい。しかしながら、彼女は今なおヒットチャートに現れるという数少ない存在だ。(ちなみに、06年発売の前作『Tears』はオリコン最高位28位、出荷7万枚を突破。)このことからも、森山良子は“歌ありき”の人だと強く感じさせられる。
そんな彼女の初となるJ-POPカバー・アルバム『春夏秋冬』が発表された。収録曲を見ながら実際に聞いてみると、昨今のカバーブームに便乗した作品とは一線を画していることに気付く。
まず、原曲には1位獲得やミリオンセラーなどいわゆる“記録的ヒット”も数曲あるが、それとは関係なく全曲がJ-POP史上における名曲、すなわち“記憶的ヒット”となっている。つまり、数字から読み取れる評価を、楽曲の持つ魅力が大らかに越えていく。
次に、男歌も女歌もほぼ半数ずつ収録し、また歌い手の年齢も20代から60代まで実に様々だ。例えば、「真夏の果実」の低音に男の哀愁を感じさせ、また「桜色舞うころ」の高音に少女の切ない想いを垣間見ることができ、他にも原曲のイメージが強烈でカバーの難しい楽曲を、まるでオリジナルのように歌いこなしている。つまり、性別や年齢を限定しがちな我々の先入観を歌声がさらりと越えていく。
そして、何より『春夏秋冬』という本作のコンセプトが見事だ。ここでは四季折々の歌が、春→夏→秋→冬の季節順に収録されている。森山良子が繰り返す季節に沿ってたおやかに歌うのを幾度となく聞いていると、どんな季節が訪れようと、さらにどんな時代が訪れようと、それらを越えゆく力や勇気が湧いてくるのだ。これは、長きにわたり自作・他作に関係なく優れた楽曲をレパートリーにしてきた彼女ならではの賜物だろう。
何かを「越える」ということは、その壁の向こうの「新たな世界を見渡せる」ということだ。聴き終わった後、まるで心の中を優しい風が吹き抜けたかのように感じたのは、そんな新たな何かを得たからかもしれない。
文●つのはず誠
※つのはず誠:音楽チャート・アナリスト。音楽市場分析を本業としつつ、コンピレーションCDや復刻CDの企画を手がける。02年より「日経エンタテインメント!」にて連載執筆中。
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