「武道館」と言う箱
「I've、武道館ライヴ開催決定」のニュースが一部メディアで報道された2005年5月某日。I'veをよく知る者達はこれ以上無い吉報を噛みしめながら「武道館じゃまだまだ小せえよ!」なんて、嬉しい悲鳴を方々で漏らしていたのを覚えている。チケット発売日となった2005年7月30日には、「Fair Heaven」のシングル付きチケットを求める人々が日本中の取扱店の前に長蛇の列を形成。都内某所では、その行列の最前列に座った人物は3日前にその場所でキャンプを張っていたというから……。
チケットの即完情報が聞こえてくる中、やはり同時に聞こえてきいたのは「I'veってなんなの?」や「何でそんなに人気があるの?」の声。そのあまりにも激しい温度差を肌で感じながら、改めて「武道館」と言う箱が一般に与える強大な説得力を、思い知らされたりもした。
奇跡と呼ぶに相応しい祭典
90年代後期にPCゲームにハマった世代は、I'veの生み出した(泣ける)デジタル・サウンド・ストラクチャーによる、それまでの常識を遥かに逸脱したメロディのクオリティーと、キュートからクールまで、バラエティ豊でハイレベルなサウンドの虜になっていた。ゲーム主題歌という概念を超えて、痒いところに手が届くという意味でも泣ける、中毒性の高い楽曲たち。そして、その楽曲を彩る、あまりにも魅力的なウタヒメたちの歌声。あの武道館公演は、そのI've支持層の熱い愛情と思い入れに対して、I've側が真摯に応えた結果である。また、既にメジャー・デビュー後にツアーなども経験していたKOTOKOを除いては、そのライヴで始めてファンの前に登場する歌い手が殆どで、ファンとしては生の歌声でI'veサウンドを堪能する事が出来る、まさに奇跡と呼ぶに相応しい祭典だったのだ。それを考えると、双方の愛情を受け止める箱としては、武道館ですら充分な会場ではなかったのかもしれない。
「やってきたぜブドウカ~ン!」
2005年10月15日、武道館ライヴ当日。ライヴ開始までは言い知れぬ緊張感とはちきれんばかりの昂揚感に、観客席はどよめいていた。そんな中ライヴのトップを飾ったのは、やはりこの人。98年の発足からI'veに参加し、誰よりも長くI'veで歌い続け、誰よりもI'veを深く愛しているといっても過言ではない、MELLである。「リハーサルの時から、涙を堪えるので必死だった」と語るほどの思い入れを込めて歌われた楽曲は3曲。中でも、彼女のI'veにおけるデビュー曲でもある「美しく生きたい」は、その喜びを表すかのようにステージを踏みしめる姿が印象深く、その感動的なメロディとあいまって、ファンを一気に魅了していった。
一方、この武道館が初ステージだった詩月カオリは、当時の代表曲「Do you know the magic?」のキュートなアッパー・チューンを初々しい表情で披露。人気の高いガーリィーな魅力溢れるポップな楽曲でステージを沸かせていた。
そして、今回のライヴにはゲストとして参加したAyanaは、I'veがその名を世に知らしめるきっかけとなった名曲「Last regrets」を、Liaもゲストとして、I'veファンからは今も“神曲”と謳われている「鳥の詩」を歌い上げ、会場の空気をしっとりと染め上げていく。
と、そんなムードを引き次ぎながら、一瞬にしてハードなテンションにスイッチして見せたのは川田まみだ。武道館一杯に詰まったオーディエンスと鋭い視線で対峙し、バック・バンドのパワー漲る演奏に負けない歌唱力で「IMMORAL」歌い上げた彼女の姿はまさに衝撃的だった。とても初舞台とは思えないほどの度胸と、天性とも言うべき感の強さを見せ付け、「明日への涙」、「eclipse」と複雑なピッチの楽曲を完璧に歌い上げた。ライヴも中盤を過ぎた頃に、I've最古参の一人にしてKOTOKO、川田まみ、詩月カオリを発掘したI'veサウンドの立役者、島みやえい子が「砂の城」のイントロに乗りながら登場。煌びやかで重厚なサウンドに負けない、圧倒的な歌声を響かせ、場内の緊張感を再び締め直す。中でも「Automaton」のイントロが轟き、彼女の歌声が響いた瞬間の張り詰めた空気は、言葉で言い表せないほど感動的な情景だった。
I'veクリエイターズによる、初期を代表する過激なハードコア・トランス・ナンバー、「FUCK ME」の爆音による熱気を経て、「やってきたぜブドウカ~ン!」のMCと共に、遂にKOTOKOが登場。I'veを象徴するウタヒメにして、現在のシーンで真のオリジネイターとしての存在感を誇る彼女の登場に、
会場のヴォルテージは一瞬にして頂点へ。「COLLECTIVE」、「涙の誓い」と、彼女にとっても、ファンにとっても思い出深い楽曲の連発に歓声が止まない。この日の最高テンションを記録した「Change my style~あなた好みの私に~」、「Wing my way」など5曲を披露し、ライヴは一度終わりを迎える。そして鳴り止まない歓声と拍手に応える形で始まったアンコールでは、それぞれが涙で声を詰まらせながらも、I'veウタヒメによるスペシャル・ユニットで「see you~小さな永遠~」を、そしてゲスト・シンガーも加えて「Fair Heaven」を歌い上げ、約4時間にも及ぶ感動的なステージに幕が下りた。
あれから2年。あのライヴが実際に始まるまで、武道館がI'veの活動における終着点として捉えていたファンも、実は多かったのかもしれない。しかし実際は、KOTOKOがアンコールで残したMCや、このライヴのサブ・タイトルの通り、始まりのゲートが開かれたに過ぎなかったのだ。
――あれから2年。I'veが更なる躍進を遂げ、今もその最中である事は言うまでもない。
text by 冨田明宏