【インタビュー】井上ヨシマサ、作家デビュー40周年記念アルバム『井上ヨシマサ48G曲セルフカヴァー』発売「本当にやりたかったのは “自分の作りたい音”」

◾︎「ヨシマサは、本当はどういう曲にしたかったのかな?」というのを僕自身が問われている感じ
──各曲に刻まれた物語に新たな角度からの光が当たっている印象もします。例えばSKE48が歌ってリリースされた「Escape」は、井上さんが歌ったことによって背徳感がかなり醸し出されていますね。
井上:この曲に関しては、秋元さんが書いた歌詞が僕を引っ張りました。背徳感みたいなものが秋元さんの歌詞の中にあったんですよ。
──サウンド面に関しては、ジャジーなスウィング感が心地よいです。
井上:僕はもともと音楽に目覚めたきっかけがジャズなので、4ビートアレンジは一番楽しいのです。
──そういえば「泣きながら微笑んで」は、シングルではなくて劇場公演の曲ですね。チームK 3rd Stage『脳内パラダイス』なので2006年。かなり初期です。
井上:僕、Kと同期みたいな感じなんですよ。僕はAができた最初の年はまだ携わってなくて、2期生のKができた時から携わっています。あの頃のKの「Aに負けたくない」というエネルギー、すごく良かったんですよ。そうか。「泣きながら微笑んで」はシングルの曲じゃないですよね。
──AKB48グループにはメジャーからリリースした曲だけじゃなくて、劇場公演のための曲も膨大な数があるというのは、案外あまり知られていないのかもしれません。
井上:そうかもしれないですね。劇場曲って、実験とかができたんです。作ってみてお客さんの反応を見る感じだったので。AKB48がまだメジャーからシングルを出していなかった時代の生のお客さんのリアクションは怖くもあり、面白かったですよ。隣で観ていた秋元さんから肘鉄を喰らったりもしていました。「あの曲、お客さんがみんな座ってるよ」って(笑)。
──なるほど(笑)。
井上:あっちゃん(前田敦子)に、「ヨシマサさんの曲は聴かせる曲だから仕方ないです」って慰められたりしていました(笑)。でも秋元さんは「ミックスの打てる曲って言ったじゃないか!」って。当時の僕はミックスなんて知らなかったです。
──ミックスは、アイドルの現場の独特な文化ですからね。念のため読者にわかりやすく説明しておくと……イントロとかに合せて「タイガー! ファイヤー! サイバー!」とか、お客さんが一斉にコールするのがミックス。「ミックスを打つ」という言い方をします。
井上:僕らミュージシャンはミックスと言ったら、ミキサーを使ってやる音をまとめるミックスのことなんです。「キックの大きさの話ですか? 歌の大きさどうですか?」ってなりますよ。
──ミックスを打てるという点に関しては、最初に手応えがあったのはどの曲でしたか?
井上:「大声ダイヤモンド」で初めてミックスを打って頂ける曲になったたんです。そこでやっと僕もちょっとそういうのがわかったというか。あれはAKB48がキングレコードに移籍するのが決まるか決まらないかの時だったので、「ミックス良いじゃないですか! 行きましょう」っていうところに振り切ったんです。今聴いてもテンポが速いと感じますが(笑)。
──キングレコードからの最初のシングルが「大声ダイヤモンド」。大きな転機でしたよね。その前はソニーのデフスターレコーズ所属でしたが、本格的なブレイクには至らなくて、「このままフェイドアウトしてしまうのでは?」と言う人もいたくらいでした。
井上:なんかね、「ここまで行ってる」っていうのはあったんです。だけど、「ボーン!」って弾き返されちゃう感じでした。でも、メンバーもお客さんも全然盛り下がっていなかったんですよ。とはいえ決定打に欠けていて。
──「大声ダイヤモンド」がリリースされたのは2008年10月。2005年12月8日の劇場公演から始動したAKB48がもうすぐ3周年という頃でしたね。
井上:AKB48に一曲目を描き始める前、本当は2年だけやってアメリカに移住する予定だったのです。そうしたら、2年の中でどんどん盛り上がっていたんですよ。そういうタイミングで、いろいろお世話になった人がいるキングに行くことになったから、「このタイミングでキングだったら面白いなあ」と思って、「大声ダイヤモンド」の時はかなり熱が入りました。秋元さんからの直しも耐えて作りましたから(笑)。そしてああいう結果になったりました、「やっとまたメジャーから出せる!」ってみんな喜んでいたのがあの時期でした。
──その「大声ダイヤモンド」の次のシングルが「10年桜」。今回のアルバムでAIに歌わせることになったのは、どういう経緯だったんですか?
井上:いろいろ作っていく過程では、歌がないと作業が進められないというのがあるんです。僕は「こういう風に歌えないかな?」という欲が強すぎて、歌入れ前からいろいろ大変なんですけど、AIだったら「こういう風に歌ってほしい」というのがわりとできたんです。それと同時に「自分は何を望んでるんだろう?」と逆に問いかけられている感じもあったんですよね。ChatGPTもそうですよね。質問者があいまいだと、すごくあいまいな答えが返ってくるじゃないですか?(笑)。AIもちゃんと扱えばどこまでも便利になれるツールだから、挑戦してみようかなと。この曲でAIに歌わせたのは、そういうちょっと軽い感じでした。
──AIがここまで人間的なニュアンスで歌えているので、正直なところかなり驚きました。
井上:僕も驚いちゃいました。「人間は何を求めてるんだろう?」というのを追求する時代が始まりましたね。
──AIと向き合うのは、「人間だからこそできるものとは?」と向き合うことでもあるということですか?
井上:そうなんです。ロボットを作る上でも、そういう難しさがあるんだと思います。「どういう人間が理想なんですか?」ということになるので、それは宗教の域と言ってもいいのかもしれない。「力持ちがいいです」「優しい人がいいです」とか言っている内はまだいいんですけど、「完璧なロボットを作りたいんです」となったら、「完璧な人間とは?」「完璧な人間のサンプルを持ってきていただかないと」ってなるんです。まあその時は僕がサンプルとして行きますけど。僕みたいなのが何体も……想像するといやだ、いやだ(笑)。
──(笑)。AIがスピーディーに精度の高いものを提示してくれるようになっても、その中から「これが良い!」と選ぶのが人間なのは変わらないんだと思います。
井上:そうですね。歌入れは人間の方がまだ全然早い。何しろ人間なら言えばやってくれる! AIの歌入れはこちらがプログラムするので今回でいえば5日かかりました(笑)。ただし人間の場合「いえその歌い方は私らしくない」と断られたりする可能性もありますが、AIには断られないという大きな違いがあります。
──AIは今後も制作に活用できそうですか?
井上:使えますよ。デモを作る際に女性の仮歌シンガーにお願いすると日程調整含め時間がかかるものです。曲を作っている僕としてはすぐに歌っているのを聴きたいわけですよ。歌も大切なインストゥルメンタルなので、作る上でそれがないと困るんです。だから「とりあえず歌ってもらおう」っていうのをすぐにできるのは、とてもありがたいです。
──今後もいろいろ進化していくはずです。
井上:新しい時代の到来ですよ。そういうのを40年間待ちわびていました。AIが歌ったデモがあれば、生身の人に歌ってもらう時にもいろいろ伝わりやすいでしょうし。僕が口でいろいろ言うよりもわかりやすいんじゃないですかね? つまりAIでいろいろできるようになったからといって生身の人間がやることがなくなるんじゃなくて、レコーディングの前にいろいろやっておけるんです。ますます本チャンのクオリティが上がるだけなので、何も怖いことはないですよ。
──AKB48の古参ファンが沸きそうな曲も、今作にはいろいろありますね。「ハート型ウイルス」は、チーム A 5thStage『恋愛禁止条例』でのユニット曲。オリジナルは小嶋陽菜さん、大島麻衣さん、川崎希さんでしたが、井上さんが歌う今回のアレンジはAORテイストです。
井上:「ハート型ウイルス」を最初に曲を作った時も、歌詞はまだなかったですからね。「グループサウンズっぽくしよう」っていう感じだったから、そこからの逆輸入で、今回ちょっとR&Bも入りつつのAORになっていったんです。「ヨシマサは、本当はどういう曲にしたかったのかな?」「どういう音楽が好きなんですかね?」というのを僕自身が問われている感じです。やっぱり、このアルバムは、そういうのがすごくあるんですよね。
──洋楽のエッセンスを感じるという点だと、「UZA」もまさにそうです。シンセベースの感じとか、クラフトワークみたいなテイストを感じました。
井上:「10年桜」もテクノポップですけど、僕はずっとテクノポップを封印していたんです。なぜならば、中学校の時にそんなバンドをやっていたから。
──コスミック・インベンションですね。
井上:そうそう。だからずっと「テクノポップには触れたくない」って(笑)。そういう感じでやってきたんですけど、80sとなると避けて通れないので、敢えてのテクノポップサウンドです。先ほど話の中で出てきた田村さんは、コスミック・インベンションのディレクターだったんですよ。「UZA」は、当初のダブルセンター松井珠理奈本人からののリクエストでした。ソロになった彼女はより表現力が増したように感じます。
──今作の中では、「恋 詰んじゃった」が一番新しい曲ですね。去年の7月のリリースですから。
井上:歌ってくれた村山彩希は、6月にAKB48を卒業するんです。
──大人の雰囲気をとても感じる仕上がりです。この曲もまさにそうですけど、洋楽のエッセンスが入っていたりもするサウンドのアプローチは、AKB48グループの曲を聴く際に楽しめるポイントの1つだと思います。
井上:僕が昔作った「涙サプライズ!」も、オケだけ聴くと一流のLAミュージシャンが参加していたりすごいことになっていますからね。

──アレンジが面白いといえば、AKB48版の「10年桜」は「仰げば尊し」のメロディの引用をしていて、すごいなとリリース当時に思った記憶があります。
井上:歌詞ができてからああなったんですよね。歌詞ができてからアレンジを変えるっていうのは、よくあるんです。流れ作業にならないように、秋元さんが詞を書いてきたら、全部一からやり直すくらいの覚悟でいます。なかなか詞が上がってこないんですけど(笑)。
──お忙しいですからね。
井上:でも、わりかし僕の曲の時は早くて、「奇跡だ」とか言われてます。「なんで直すの?」「音的にこっちじゃない方が……」「なんで? 字数?」「そこは後でディレイで飛ばすので一音で意味を表現出来る英語だと良いかと……」「ディレイ? 歌詞の意味の方が大事じゃない?」「相乗効果です。素晴らしい歌詞をより一層印象に残す為にも是非ご一考ください」というようなやり取りを繰り返しながら仕上げていく事も少なくないです(笑)。「恋 詰んじゃった」とかでも、そういうことがありましたね。
──そうだったんですね(笑)。「僕の太陽」も懐かしいですが、どのようなことを考えながら今回の形になったんでしょう?
井上:夢を追ってる人をいつもそばで応援している人!そんな人の為の曲です。これもコロナ禍にXに投稿した曲です。当初のデータがあったので引っ張り出したところ、あったのはリズムとギターのみ。仕方なく歌い直したら、優等生すぎちゃって(笑)。よすすVerはあんまりかしこまった感じではなく素で歌えるものにしたいと思いました。いろいろやっている内にオ結局オケがバンドっぽいものになっていきました。
──「僕の太陽」がシングルとしてリリースされたのは2007年。ひまわり組の公演曲でしたね。
井上:当時のAKB48は、まだその後みたいな状況には全然なっていなくて。それでもみんな忙しそうだったけど。
──ヒットしてからのあの快進撃は、今思い返してみてもものすごかったです。
井上:あの感じ、もっと味わっておけばよかったなと思っています。「AKB48が売れた!」ってなった頃は僕も忙しくて、ずっとスタジオに籠っていたんですよ。ある時、「武道館でやるんですけど」という連絡が来て、「どういうライブですか?」って聞いたら、「今日はじゃんけん大会です。5曲くらい歌いますけど」と(笑)。あれはたまげましたね。「AKB48、売れたんだなあ!」って思いました。
──今作を締めくくるのは「誰かのために」。東日本大震災の後に始まった『誰かのために』プロジェクトの曲として広く知られるようになりましたが、これも実はかなり前からありしたよね。チームA 3rd Stage『誰かのために』の公演曲でしたから。
井上:劇場公演の時に秋元さんと一緒に観たんですけど、秋元さんに「やはりこの劇場だけに収まる歌詞を書く人ではないっすね」と伝えました。当時は何しろ劇場での反応が全てでしたし目標にしていましたが、この曲あたりからでしょうか……「パイプ椅子に座って観ている場合じゃない。もっともっといろんな人に聴いてもらいたい」と思ったりもしました。
──今回の岡田奈々さんの歌、すごく良いですね。清らかさで満ちあふれています。
井上:井上ヨシマサプロデュース『神曲縛り』公演で岡田奈々をエースとして迎えたんですけど、「誰かのために」が印象深かったんです。彼女、歌いながらラストに涙を少し浮かべ目がキラキラ光るのです。その顔が好きでスクショしました。とても美しい横顔でした。
──コロナ禍の時期の投稿で岡田さんが歌った「誰かのために」のデータは、残っていたんですか?
井上:あったんですけど、1番しか歌っていなかったんです。「全部歌い直しますよ」と言ってくれたから昔のテイクを聴いたんですけど、あの人、声量がありすぎて携帯のマイクに息を吹きまくっていて(笑)。だからちゃんと一番から録り直しました。それでもまだ吹いちゃっていましたね。普通のスクリーンだと駄目だったので、もっと強力なものを使いました。エンディングに関しては、いろいろ演奏していたのですが。彼女の歌声が素晴らしく、 結果、歌のみで締めることにしました。
──アウトロがなくて、《声が届くように 私は歌おう》という歌のみで終わるので、この先の何かに続いていくような余韻が生まれています。
井上:こういう歌は、続いてほしいじゃないですか? 語り継いでいってもらいたい歌かなあって思って。これもシングルでもなんでもなかったんですよね。シングルの基準って、わりかしそういうことじゃないんだと思います。
──シングル曲以外でも、良い曲をたくさん生み出してきたのが井上さんの40年間だと、今回のアルバムを通してリスナーに伝わると思います。
井上:ありがとうございます! 報われますよ。
──今作のリリース後に関しては、何かしらの動きはあるんですか?
井上:4月20日にライブがあります。前回もそうだったんですけど、楽曲解説ライブみたいな感じになるのかなと。ゲスト交渉はまだこれからです。このインタビューみたいにどういうレコーディングだったか話したりもします。今までもそうだったんですけど、ライブが終った後の感想を見ると「話が面白かった」とかが多いんです。すみません! 何曲も歌ってますし演奏もしてますって(笑)。
──(笑)。ライブは時々やっていますよね。
井上:はい。毎年2回、誕生日ライブと年末ライブをやっています。継続したライブ活動含むアーティスト活動が今回の周年アルバム作りへの源になっていますし、他アーティストやアイドルへの楽曲提供曲に於いても自分の音楽性をぶち上げる為に必要不可欠なものになっていると感じます。4月20日はよすす(井上ヨシマサ)バンドでやります。ミュージシャンも巧みなプレイをしますので、音楽好きの人にぜひ観ていただきたいですね。詳しくは僕の公式サイトなで発表されるので、ぜひご覧ください。
取材◎田中 大
『井上ヨシマサ48G曲セルフカヴァー』
2025/02/19リリース
KICS-4194 定価:¥3,300 (税抜価格 ¥3,000)
配信:https://king-records.lnk.to/inoueyoshimasa_48g
【収録内容】
1.真夏のSounds good!
2.カラコンウインク feat.柏木由紀
3.泣きながら微笑んで
4.恋 詰んじゃった feat.村山彩希
5.ハート型ウイルス
6.10年桜 feat.AI Singer
7.Escape
8.UZA feat.松井珠理奈
9.僕の太陽
10.誰かのために -What can I do for someone?- feat.岡田奈々
Lyrics:秋元康
Music & Arrangement:井上ヨシマサ
Vocal:井上ヨシマサ(1,3,5,7,9)
<「井上ヨシマサ48G曲セルフカヴァー」発売記念トーク&ライブ>
日時:4月20日(日)開場15時 開演16時(予定)
場所:池袋Club Mixa(東京都豊島区東池袋1−14-3 Mixalive TOKYO B2)
出演:井上ヨシマサ
(詳細は後日発表予定)







