「M-SPOT」Vol.067「ボカロP作品に見る、AI時代の強み」

音楽というアート/エンターテイメントがテクノロジーの恩恵を多分に受けて発展していた事実を鑑みると、テクノロジーの最尖端であるAIが音楽に与える影響は消して小さくないと思われる。
そんな時代の転換期の真っ只中にいる2026年、今後のアーティストはどうあるべきか。人類全アーティスト時代がくるのか、それともアーティストたる存在は、いかなる時代も稀有な存在なのか。
コメンテーターはTuneCore Japanの野邊拓実、そして進行役はいつもの烏丸哲也(BARKS)である。
◆ ◆ ◆
──今回紹介するアーティストはけいじぃというボカロPです。バイオグラフィには「キャッチーな曲を作ります」とあるんですが、はっさくP名義の時代から、様々なボカロ曲を発表している方です。もちろんボーカロイドを中心に合成音声で歌わせているアーティストです。
──音楽制作環境の進化によってドラムが叩けなくてもベースが弾けなくても曲が作れ、ボーカロイドの登場によって、歌が歌えなくても音楽が作れるようになった。ボカロPが新たな音楽文化を生み出しましたが、時は流れ「いかに人間ぽく歌わせるか」という価値観も過去のものとなった。今では「人が歌うか合成音源で歌わせるか」は楽器選びと同様の選択肢であり、そこに作り手のアイデンティティが宿るようになっている。そういう意味では、ボカロPって生成AIと対極にいる存在なのではないかと思いました。
野邊拓実(TuneCore Japan):いろんな手法が自由に選べるようになった時に初めて、手法に制約されてないからこそ「本当に何を表現したかったんだっけ」ってところに向き合う時間・余裕ができているのが、現代なのかなって思います。「仕事は終わらない (feat. 知声, 四国めたん & 夢ノ結唱 ROSE)」を聴くと、「仕事が終わらない」っていうタイトルですから、現代の日本人…特に会社員をやっている人とかには割と刺さるというか、思想的な反発というより不平不満レベルの感情の吐露ですから、これを人間が感情を込めて歌っちゃったらちょっと生々しすぎるかもなって思いました。
──確かに、どんな歌に仕上げるか、そこに作り手の思想や世界観が表れますから。
野邊拓実(TuneCore Japan):音声合成ソフトが歌っていることによって、和らいだPOPSとして聴ける部分があるなって感じるんです。ポップスとして成立させるのか、それとも人間に歌わせて、なんならパンクばりに生々しく伝えるのか、あるいはヒップホップばりに主義を描くのか…いろんな選択肢が提示される中でボーカロイドを選んでいるわけですよね。ボカロPなので、いつも通り作っているのだとは思うんですけど、聴き手にとっては、そういう選択肢としてこの曲の魅力を感じますね。
──ボーカロイドがもつ独特な持ち味ですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):すごくポップに聴けるし共感もできるし、割とポジティブに受け取れます。冗談交じりの話を聞いてるみたいな、「いや、わかるわかる」みたいな感覚で聴ける感じ。

──リスムマシン(ドラムマシン)として開発されたRoland TR-808が後にテクノサウンドを牽引したり、ピアノの音を模したエレピが独自のサウンドとして市民権を得たように、音声合成ソフトも歌を表現する楽器として定着したわけで、もはやボカロPを標榜しているアーティストの楽曲には、生成AIではないという安心と信頼が宿っているとも思います。
野邊拓実(TuneCore Japan):音楽表現は、人力からテクノロジーで代替できるようになってきているんです。もうギターも打ち込みのクオリティは結構高いですからね。エレキギター自体は弾いていたとしても、アンプシミュレーターを使っていたり、ベースなんかも普通に打ち込みできますしシンセベースっていう選択肢もあったりします。こういったツールがスタンダードになり、ある閾値を超えてみんな「これでもOK」と思えるレベルを作れるようになってきた。AIの登場は、作曲者がいなくても曲が作れるという延長線上の話ですよね。
──だからこそ、どういうツールを使って「あなたは何を表現するんですか」って話が重要で、そこを伝えていかないと、音楽はそもそも意味がないっていうところに立ち返っていますよね。
野邊拓実(TuneCore Japan):AIは要件定義とそれ以降のことはできるけど、そもそもの要求定義以前の意思の部分は人間が担うべき役割ですから、「こういう曲」「こんな雰囲気の曲」というのはAIでできるけど、逆に「こういうものが欲しい」「こういうことを表現したい」とか「こういう人の気持ちに寄り添いたい」といったような1番最初の起点の部分にどれだけ心血を注げるか、魂を込められるかが、これからの音楽アーティストの真価が発揮される部分だなって思います。
──同感です。最初の要求がどれだけ精度が高いのか。そのためには、あなた自身がそこに対する要求を解像度を高く持っているのか、ですね。であればこそ、やっぱり誰にでもアーティストになれるわけではないという話ですけど。
野邊拓実(TuneCore Japan):ちょっとひどい言い方をするんですけど、数多の生成AIの楽曲を聴くと、そもそも発想が凡庸な人はAIを使ったところで凡庸なものしか作れないんだなって感じます。逆に、発想や着眼点のいい人は、AI作曲の中にもそこが見えてきて、ちょっと面白かったりもするんですよね。僕はAIを肯定する気も否定する気もないんですけど、生成AIが出てきたことによって「音楽を作る技術を持ってなかったけど、そういう発想ができる人」っていうのが音楽に参入できるようになるのかもしれないと思うと、それは音楽業界にとっても音楽がより豊かになっていく明るい話だなって思ったりします。
──それは、どの業界もあるのかもしれないですね。パラダイムシフトが頻発するかも。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。AIが出てきた以上、人間が何やるべきなのかっていうところは、音楽に関わらず考えていくべき、みたいな。
──逆に、全ての人にチャンスは開かれたとも言える。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。AIっていうのが使いやすくて、もう誰でも使ったことあるような状況じゃないですか。となると、全体のリテラシーが高いということで「それってAIでできるじゃん」という線引きを一般大衆全員ができるようになっちゃうのが現代ですから、だから「AIにできないことは何か」をちゃんと考えている人しか、「AIでできるじゃん審美眼を持った一般大衆のフィルター」を通過できない。
──ですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):普遍的な構成や音楽性を否定するつもりもないですけど、サウンド的に面白いものを追求するよりも、歌詞だったり、IP(アーティスト)として面白いやり方…そもそも人間性がめちゃくちゃ面白いからショート動画でバズったり、みたいな闘い方をするのも重要ですよね。そもそも音楽って、楽曲だけが全てではなくて、その奥にいるアーティスト性が魅力の本質ですから、サウンド的に凡庸であればこそ「それってAIでいいじゃん」を超えられる魅力を研ぎ澄ます必要があると思っています。
──確かに。
野邊拓実(TuneCore Japan):学習元に著作権的に許されない音源が使われているなど、誰かの努力や実績を損なうことがないのであれば、生成AIの登場は新しい時代のアーティストと新しい時代のリスナー、つまり新しいカルチャーが生まれるチャンスでもあると思っています。
けいじぃ
ボカロP。初音ミク/夢の結唱ROSEをメインにロック・ポップ・エレクトロな楽曲を制作。
https://www.tunecore.co.jp/artists?id=909072
協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.