【インタビュー】Psycho le Cémuのseek、ソロプロジェクトという聖域とギャップを語る「自分の深層世界まで確実に聴いてもらえるアルバム」

■バンドを続ける理由をずっと考えてきました
■今もバンドをやることを選んでるんです
──5曲目の「永遠の微熱」はストレートなギターロックで、全体の中では異色に聴こえましたが、どういう成り立ちの曲なんですか?
seek:インディーズの時からずっとお世話になっていた西永福にあるパワーハウスというスタジオが2020年に閉店することになったので、“最後にちゃんと挨拶しに行きたいな”と思って。エンジニアの楠本淳一郎さんと一緒にスタジオに行って、その帰りに二人で居酒屋で飲みながら「最後にやっぱりレコーディングしたいですね」となったんです。で、急遽スタジオに戻って「空いてる日、ありますか?」と訊いて予約して。ただ、録る準備も何もしていなかったし、“「行雲流水」は録れるかな?”とは思ってたんですけど、「永遠の微熱」に関してはそれに向けて作った曲ですね。歌詞に“POWER”とか“HOUSE”というワードが出てくるのは、そういう経緯もあります。
──「永遠の微熱」のギターはaie (deadman, kein, gibkiy gibkiy gibkiy, the god and death stars)さん、この曲だけドラムが楠瀬タクヤ(Hysteric Blue, 月蝕會議, MIMIZUQ, Rest of Childhood, etc.)さんですね。
seek:タクヤくんとaieさんはその日初めて合わせたんですけど、二人ともめちゃくちゃバンドマンとしての血を感じるスタイルで録れたので楽しかったですね。aieさんは「永遠の微熱」のレコーディングには酔っ払って来て、クリックも何も聴かずに一発録り(笑)。“歌は後で録り直さなあかんな。それにしてもクリック通りじゃないからめちゃくちゃ合わせにくいな”みたいな(笑)。でも、aieさん節がすごく良かった。昨年のワンマン<seek FIRST ONEMAN LIVE「白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列」>の時はこの曲がアンコール1曲目だったんですけど、ピアノが入っていないので、この時だけは小雨さんが出ずに、男3人(seek, aie, 晁直)のスタイルで披露しました。詞の世界観としては曲ごとにテーマはいろいろありますけども、実体験というか、バンドマンとしてのリアルな気持ちが詰まっている曲もいっぱいあって、「永遠の微熱」もそのひとつですね。

──「永遠の微熱」の歌詞はストレートで分かりやすいよね。その他はファンタジックな歌詞も多いですが、どの曲にリアルな気持ちを込めたんですか?
seek:「not a spell」も自分の中では節目になる曲で、自分が“なぜバンドマンを続けているのか?”みたいなことも含めて曲にしたいなと。こんなに長くバンドを続けるとは、やり始めた頃は思っていなかったタイプですし。自分としては、バンドは学生時代に仲間と楽しくやったもので、そこでもう一旦終わっていたんです。で、姫路Betaというライブハウスのスタッフとして働き始めて、自分がバンドをやるとは全く思っていなかった時期にDAISHI(Vo)に誘ってもらって、既に僕以外の4人が決まっている中でスタートしたのが、Psycho le Cémuで。だからやり始めた頃は受け身で、とにかく乗りこなしていくのに精一杯だったんです。
──実際にPsycho le Cémuとしての活動が始まって以降、その心境に変化はありましたか?
seek:バンドが活動休止することになった時ですら、“バンドを続けていきたいのか、このまま終わっていいのか?”と自問自答する時期がありました。“やるぞ!”というよりは、迷いながらも“やりたい”のほうが勝ったという感じで、自分の中では“このままじゃ終わられへんぞ”という感覚でしたね。それがMix Speaker’s,Inc.の始まりになったし。はたまたPsycho le Cémuが再始動を発表した時もそういう気持ちだったし、Mix Speaker’s,Inc.が終わって、MIMIZUQが始まった時もそういう気持ちやった。その都度自分に“自分がバンドを続ける理由を、ちゃんと自分で持ってやれるのか?”とずっと考えながら、答え合わせをしてきました。
──揺るぎない確信があったわけではないんですね。
seek:バンドってやっぱりひとりでやっていることではないから。メンバーともそうだし、終わる時はどうしても同じ方向に向けなくなるから終わるわけで。「めっちゃ仲いいよね」と言いながら終われるバンドって、そうそういないと思うんです。僕自身も思うことがあるし、それぞれメンバーに思うことがあって、ぶつかった中でそのバンドは終わりを迎えるわけだから。Psycho le Cémuが止まった時もそうやったし、Mix Speaker’s,Inc.が終わった時もそう、MIMIZUQが止まった時もそうだし、その感覚は毎回あって。でもやっぱりどうしても自分は“バンドをやりたいな”という気持ちで、今もバンドをやることを選んでるんです。ああだこうだ理由を付けつつ選んでやってきたなと思っていたんですけど、“実はハナからバンドをやるために生まれてきたんじゃないか? 本当はハナからずっとバンドがやりたくて、そういう血を自分は持っていて、やり続けているんじゃないんだろうか?”と。

──核心に迫る自問自答ですね。
seek:自分の今までの考えを否定することになるかもしれないし、ある種、我がままに映るかもしれないですけど、そういう歌詞をこの時に書きたいなと思ったんですね。映画『魔女の宅急便』で、画家のお姉さんがキキに、「魔法やまじないを使えるから魔女になれるのか?」と訊くシーンがあって。キキは、「魔女には魔女の血が流れている、決められたものなんですよ」と答えるんですね。前から“いいな”と思っていて面白いと感じたシーンなんですけども、 宮崎駿さんのそのメッセージを自分に当てはめて歌詞を書いてみようかなというのがこの曲です。
──まじないではなく(not a spell)、血なんだと。
seek:スタートが自分からじゃないのがコンプレックスだったし、当時はベースが技術的に上手くなくて、所属していた事務所の社長には「メンバーを変えたほうがいい」とも言われて……とにかく“俺だけ足を引っ張ってる”とずっと思っていたから。他のメンバーはその時点で…まぁたかだか1年ぐらいだと思うんですけど、早くバンドをスタートさせていて。Psycho le Cémuの前にもバンドをやっていたから、それぞれのメンバーにお客さんが固定で付いている中で、自分だけがファンがいないというコンプレックスもあったし。大阪でも東京でも、出会うバンドマンがすごく輝いて見えていたんですよね。1999年にバンドを始めた頃って、歩けば当たるほどヴィジュアル系バンドマンがたくさんいて。でも、そういうめちゃくちゃ才能があって華があって、楽器も上手いと思っていた人たちがどんどん辞めていく中で、気が付いたら自分は続けている側にいて。
──続けることこそ、実は難しいでしょうから。
seek:ありがたいことに、去年からmachineでサポートベースを弾かせていただく機会もあって、求めていただけることも未だに増えているし。僕としては自分のバンドでしか活動してきていないから、その中での正解でしかないというか。逆に言えば、他人からの評価があまり関係ない中でコンプレックスを感じてきてしまったので、“自分の世界でしか生きてこなかったな”と。周りの人たちが続けられなくなっている中で、自分は続けられている。努力はもっとせなあかんし、楽器を弾くのは難しいですけど、実はバンドを続ける才能は結構あるのかもなと思っていて。もちろん曲を作るとか、詞を書く、演奏することを前提に、軸足はバンドに置きながらも、バンドのマネージメントをしたり、音楽に携わるいろいろなことをさせていただいて、ありがたいことにそれだけでここまでやってくることができた。そういう状況であることを考えると、ある意味、”続ける才能”みたいなものを、自分はやらせていただいてるのかなと。
──バンドを続けるという才能こそ、seekさんの血?
seek:僕らの活動って、誰かに「やれ」と言われてやるものではないから、自分がやりたくて、それを「いいですね」と言っていただけるからこそ続けられる世界だと思うので。本当に自分がやりたいものをこうして続けていられるのは、すごくありがたいなと思います。そういう環境を自分で作っていかなきゃなと思ったのが、Psycho le Cémuの活動が止まってマネージメントを始めた20年前だったので、そういう道をちゃんと選んでこられたのかなと。あとはやっぱり周りに恵まれているというのをすごく感じますね。バンドメンバーもそうですけど、未だにお仕事をご一緒させていただける関係者の方がどんどん増えていっているので。そういう想いで活動する中で、前よりはバンドマンとしての意識は強くなっている気はします。
──そのようなコンプレックスがあったのは驚きでした。どこからどう見てもバンドマンの中のバンドマンという印象のseekさんなので。
seek:前よりその意識が強くなってきてるから、今、髪の毛を伸ばしてるんやと思います。バンドマンが集まった時に、”見るからにバンドマン”という人がすごく減っているのを感じるので。バンドマンの飲み会でも、最近は髪を緑に染めてロン毛のヤツはあまりいないんですよ(笑)。
── 一般社会に溶け込みやすい風貌の方が多いですよね。
seek:同世代でもそうなっていってる人が多いから、僕は今、変な尖り方をしていってる(笑)。ピアスを開けて、頭は緑でロン毛で、見るからに「バンドをやってる方ですか?」みたいな風にはなっておきたい欲求が、最近は強くなってきてます。バンドマンもそうだし、スタジオ“パワーハウス”もそうだし、時代の移り変わりと共に無くなっていくものを残したいという気持ちはあります。もうひとつ、大阪の味園ユニバースビルという、飲み屋がたくさん入ってて、ずっと好きだったレジャー複合施設が去年閉館したんです。味園にあった(なんば)紅鶴というライブバーで去年のクリスマスに最後のライブをして。そのライブの前後に“味園の景色を残したいな”と思って急遽撮ったのが2曲目「不透明人間」のリリックビデオです。昼間だから誰もいない廊下にカメラを置いておいて、そこの景色に歌詞がずっと流れていくんですが、実は長い廊下の端っこから僕が歩いてきていて。バンッと曲が終わったら、最後にそこに立ってたみたいな。







