【レポート】KREVA、聖夜にヒップホップとオーケストラが交わった<KREVA Premium Orchestra Concert>

日本を代表する音楽プロデューサー・武部聡志の音楽監修のもと、KREVAがフルオーケストラとの共演に挑んだ<billboard classics 『KREVA Premium Orchestra Concert』 ~produced by 武部聡志>が12月24日に東京文化会館 大ホールにて開催された。クリスマスイブにヒップホップとクラシックという二つの言語が交錯した一夜を、オフィシャルからのレポートでお伝えする。
上野の森に佇む東京文化会館。その大ホールに足を踏み入れた瞬間、視界いっぱいに広がるオーケストラの編成に息を呑む。ステージ中央から扇状に配置された弦楽器群──第1ヴァイオリン8名、第2ヴァイオリン6名、ヴィオラ5名、チェロ4名、コントラバス3名にハープ。その背後には木管セクション、さらに奥には金管・打楽器セクションが控える。総勢50名を超える編成。そして、その巨大な身体の中に、電子ドラムセットがひとつ。白根佳尚のためのその席が、この夜の音楽が向かう先を暗示していた。
オーディエンスの拍手に迎えられ、奏者たちがそれぞれの立ち位置につく。コンサートマスターの大槻桃斗が現れ、チューニングの音が空間を満たす。そして、指揮・編曲を務める岩城直也が登場すると、クリスマス映画のオープニングのような華やかな序章ののちに「きよしこの夜」の旋律が静かに立ち上がった。ブラス、ウッドウインド、ストリングス──それぞれのセクションが繊細に重なり合い、あたたかく重厚な音の層を形成する。シームレスに「もろびとこぞりて」へと移行し、クリスマスの夜にふさわしい荘厳な空気がホール全体を包み込む。

白根の電子ドラムによるソロが高揚感を煽り、ウッドウインドが「Forever Student」のイントロを奏で始めると、武部聡志とKREVAがステージに姿を現した。KREVAは全身黒のレザーの燕尾服に身を包んでいる。その姿を見て、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」をサンプリングした「国民的行事」のMVで白の燕尾服を纏っていた彼の姿が脳裏をよぎる。あの映像で見せた”クラシックとの戯れ”が、今夜、フルオーケストラを前に現実のものとなる。
「Forever Student」が始まった瞬間、この公演の本質が明らかになった。流麗でありながらダイナミックなアンサンブルの中を、KREVAのラップが生き生きと泳ぐ。クラシックの重厚さをたたえながら、そこには紛れもないヒップホップのグルーヴがある。弦楽器のうねりと、言葉のアタックが、互いを殺すことなく共存している。これは融合というより、対話だ。二つの異なる音楽言語が、同じ時間と空間の中で交錯し、新しい意味を生み出している。
武部が口を開く。「このコンサートはヒップホップとオーケストラの融合を目指して、みなさんが観たことのないパフォーマンス、聴いたことのないサウンドをお届けできるんじゃないかと」。KREVAは「そうなってると思います」と応じた後、客席に向かってこう語りかけた。「会場の音がいいという話はお二人から何回も聴いていたんですけど、ここに立っているとみなさんの拍手が俺に降り注いでくるような感覚があります。とても気持ちいいです。俺は降り注がれる拍手、おまえらが思ってるより好きだよ(笑)」。普段のライブとは明らかに異なる緊張感を纏った客席の空気を、彼は言葉で柔らかく解きほぐしていく。
続いて、この夜のKREVAの姿勢を象徴する言葉が放たれた。
「武部さんが、念願叶って俺とやれるって言ってくれました。非常に光栄です。だから、俺は俺のやり方をゴリゴリ通す、そんなことはしようとは思ってません。フルオーケストラとやれるんだったら、そのマナーにしっかり則っていきたいと思ってます。みんなにはいろんなルールがあると思いますが、音楽の楽しみ方にルールはないです。あるのは、マナー。フルオーケストラでのラップ、日本でこんな会場で見られるのを本当に初めてだと思います。しっかり、俺が作ってやる、『基準』!」。
そして、「基準」から「No Limit」へと続く序盤の流れは、まさにその宣言の体現だった。ストリングスとブラスを軸にした緊張感のある重奏に、アタックの強いKREVAのラップが乗る。まるでRPGのラスボス戦を想起させるような切迫感。最新アルバム『Project K』に収録された「No Limit」では、打楽器の迫力が際立ち、KREVAの凄みに満ちたラップがオーケストラと刺激的な化学反応を起こす。ヒップホップの攻撃性と、オーケストラの荘厳さが、真正面からぶつかり合いながら、不思議な調和を生み出していた。


一転して「C’mon, Let’s go」では、フルートの旋律が爽やかなサウンドスケープを導く。いつものライブでおなじみの「壁なんてキック!」のブレイクに拍手が湧き起こる。白根のタイトなビートと奥行きのあるオーケストラサウンドの融合。オートチューンがかかったKREVAのボーカルがその中に溶け込んでいく。これこそが、この夜でしか味わえない音楽体験だった。
MCでKREVAは語る。
「これだけ素晴らしい演奏の上で、上手に歌ったら、そりゃあいいでしょう。上手に歌うのは前提なんです。そのうえで、『おまえできる?』って挑戦だと思ったんですよね。そうやって活動の場を、音楽における自分の可能性を限定しない、そういう気持ちが俺にはあります。だからこの挑戦も引き受けるし、みんなと一緒だから、これからもいろんな景色が見られると思います」


「居場所」では、武部のピアノとウッドウインド、ストリングスが優しく重なり合い、アンサンブルの抜き差しが見事な空間を作り上げた。贅沢な、間。その中で伸びやかに歌うKREVAの、声。間奏でハープの響きが入った瞬間、会場に感動の波が広がった。オーケストラだからこそ生まれる、音と音の間に宿る情感。
「瞬間speechless」では、とろけるようなヴァイオリン、ゴージャスなストリングスの上で、KREVAのライブを軸にしたアレンジが展開された。武部のジャジーなピアノが心地よく絡み、メインリフをウッドウインドが吹いて曲を閉じる。続く「アグレッシ部」は、オリジナルの時点でオーケストラサウンドが印象的な楽曲。それが生のフルオーケストラで鳴らされる醍醐味。思い返せば、KREVAの楽曲にはシンフォニックな要素を持つものが少なくない。そして、彼が唯一無二のスキルを持つラッパーでありながら、いかに歌を大切にしてきたか。このオーケストラ公演は、その両方を再認識させる場でもあった。

休憩を挟んだ後半、「EGAO」のピアノは切なく重い響きで始まった。白根がパッドで鳴らすキックも深く沈み込む。音の抜き差しの妙。大サビでストリングスが寄り添うように入ってくる。KREVAのバラードがオーケストラの中で新しい表情を見せる。「成功」ではハープのイントロに導かれ、ドリーミーな響きが会場を満たした。(楽曲の?)終盤に向かってスリリングなアンサンブルに変化し、ラストでは岩城が鍵盤ハーモニカ、武部がピアノでそれぞれソロパートを披露。どこまでも遊び心に満ちた構成だった。
「国民的行事」のイントロとしてストリングスが「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のフレーズを奏で始めた瞬間、客席の温度が明らかに上がった。KREVAがラップを乗せると大きな拍手が起こる。フックではオペラ的なボーカルアプローチを見せるKREVA。MVで白の燕尾服を着ていたあの「国民的行事」が、今夜、黒のレザー燕尾服を纏った本人と本物のオーケストラによって、見事に伏線回収された。
KREVAが「ここから武部さん──いや、“武部サンタ”からプレゼントがあります」と告げると、武部が語り始めた。かつて日比谷野外大音楽堂のクロージングイベントで、武部がプロデュースした一青窈「ハナミズキ」をKREVAのラップと高校生の合唱で届けたことがあったという。
「そのときに書いてくれたKREVAオリジナルの歌詞がものすごく感動的で。その続編として、同じ一青窈のデビュー曲『もらい泣き』にKREVAがラップをつけてくれました」
KREVA自身も「今後一切聴けない可能性もあります」と語った、この夜だけの特別な試み。
披露されたのは「もらい泣き」とKREVA「Link」のマッシュアップだった。オーケストラが奏でる「もらい泣き」に「Link」のラップが乗る。ピッツィカートの響きが印象的だ。サビの旋律に「Link」のフックが重なる。
「これは俺の歌 だけどこの瞬間に 君の歌 もう俺らの歌 俺と君と君と君を繋ぐ これは過去の歌 だけど この瞬間と先の歌 そう 未来の歌 誰も止められやしないのさ」──過去と未来を繋ぐ言葉が、この瞬間のために書かれたかのように響いた。
「Expert」はビートレスでの演奏という挑戦。オーケストラとピアノのサウンドだけでラップをする。重厚かつ流麗なオーケストラの中で、言葉の強度で勝負するKREVA。ヒップホップの根幹がビートであるならば、その足場を取り払った上でなお成立するラップ。それは彼のMCとしての力量の証明であり、同時にオーケストラへの深い信頼の表れでもあった。
終盤、「イッサイガッサイ」では「カノン」の旋律が引用される。「Sunday ただただダラダラ過ごして〜」から始まるラップに、パッヘルベルの旋律が重なる。季節外れの夏の歌。しかしKREVAが演奏前にMCで言ったように「だからこそやりましょう」と武部と岩城が背中を押してくれた選曲だった。「こんなスペシャルな夜にすべてを飲み込んで歌ってみたいと思います」──KREVAのその言葉通り、聖夜が夏の記憶を包み込んだ。
本編ラストは「音色」。音楽そのものへのラブソングであるこの曲が、フルオーケストラによっていつもとは異なる様相で響く。歌詞の一つひとつが、この夜の体験と重なり合い、深く沁み込んでくる。ライブの定番曲が、まったく新しい意味を帯びて立ち上がる瞬間だった。

アンコールでは、武部が「このライブが決まって、このスケジュールが決まった時に絶対にこの曲をやりたいと思ったんです」と告げた。「僕はグループ時代からKREVAのファンなんです」。客席がどの曲をやるか察して沸き立つ。KREVAが言う。「クリスマスイブにこの曲をやったことはないかもしれないです。今日歌わないで、いつ歌うんでしょうか!」
そう、「クリスマス・イブRap」だ。夏の曲である「イッサイガッサイ」でも引用された旋律のアンサーであるかのように、再び「カノン」のフレーズが鳴り響き、KREVAは自らのヴァースをラップし、誰もが知るあのサビを歌う。ロマンティックなサウンドスケープが広がる。本当にスペシャルな夜であることを、誰もが噛み締めていた。
オーラスの「Na Na Na」の前、KREVAが客席に語りかけた。
「素晴らしい楽器、演奏をたくさん聴いて感じてもらいました。でも、あなたがた一人ひとりも、素晴らしい楽器を持ってます。それはあなたがたの声です。ラストは全員で一緒に演奏しようじゃありませんか!」
この日、初めてオーディエンスが自然と椅子から立ち上がった。KREVAのいつものライブにフルオーケストラが加わった感覚と、凄まじい高揚感。ラストでは、オーケストラの奏者たちも立ち上がって演奏した。そのままスタンディングオベーション。まさに大団円である。
「来年以降も、ずっとずっとKREVAを、音楽を愛してください! メリークリスマス! 解散!」──このライブが終わってほしくないとばかりに何度もカーテンコールを求めるオーディエンスに対して放ったKREVAの最後の挨拶が、聖夜の東京文化会館に響き渡った。

約2時間にわたるこの公演は、KREVAのキャリアにおいて重要な意味を持つものになるだろう。ヒップホップという言語を母語としながら、フルオーケストラという巨大な楽団と対話すること。それは、20年以上のキャリアを積み重ねてきた彼だからこそ可能な、成熟した挑戦だった。ラップの強度と、フルオーケストラのうねり。その二つが交錯した聖夜の記憶は、会場にいたすべての人の中で、長く響き続けるに違いない。
取材・文◎三宅正一
撮影◎石阪大輔
■セットリスト<billboard classics『KREVA Premium Orchestra Concert』~produced by武部聡志>
2025年12月24日(水) 東京文化会館 大ホール
01 Overture
02 Forever Student
03 基準
04 No Limit
05 C’mon, Let’s go
06 居場所
07 瞬間speechless
08 アグレッシ部
09 EGAO
10 成功
11 国民的行事
12 もらい泣き×Link
13 Expert
14 イッサイガッサイ
15 音色
EC1 クリスマス・イブRap
EC2 Na Na Na
◎公演情報
billboard classics「KREVA Premium Orchestra Concert」~produced by 武部聡志
<開催日時・会場>
【兵庫】2025年12月18日(木) 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
【東京】2025年12月24日(水) 東京文化会館 大ホール
<出演>
KREVA
音楽監修・ピアノ:武部聡志
指揮・編曲:岩城直也
ドラム:白根佳尚
管弦楽:【兵庫】NIPO×大阪交響楽団 【東京】Naoya Iwaki Pops Orchestra(NIPO)
<公演公式サイト>
https://billboard-cc.com/krevaXtakebe
主催・企画制作:ビルボードジャパン(阪神コンテンツリンク)
企画協力:KOUJOUSHIN
制作協力:ハーフトーンミュージック
協賛:株式会社パイロットコーポレーション、【兵庫】大和ハウス工業株式会社
協力:ローランド株式会社
後援:米国ビルボード、ビクターエンタテインメント株式会社、【兵庫】FM802、【東京】J-WAVE







