▲1969年、'94年、'99年に行なわれた音楽の祭典<ウッドストック>のドキュメンタリー映画。「愛と平和」をスローガンに行なわれた祭典だ。このイベントのプロデューサーであるマイケル・ラングの視点を中心に映画は進んでいく。ミュージシャンのライヴ映像よりも、イベントを立ち上げ、いかに運営していくかが興味深い。時代ごとのファッションや音楽シーン、回を追うごとに商業化していくさま、そして若者たちの変化……。<ウッドストック>というカルチャーを通して、アメリカを垣間見ることのできる映画だ。
『MY GENERATION』予告編が観られます! さあさあクリック! |
2001年9月29日より、シネセゾン渋谷にて公開! ●監督・製作/バーバラ・コップル ●製作総指揮/アラン・ニューマン、ジェフ・ローランド ●サウンド/ピーター・ミラー、バーバラ・コップル ●配給/ギャガ・コミュニケーションズ ●上映時間/104分
映画公開記念 「ROCK'N'ROLL BAZAAR 2001」開催中!
ブランドショップ「AGOSTO」特製のTシャツをはじめ、ポスターやステッカーなどの“マイジェネ”グッズが販売されます!
開催期間: 2001年9月14日(金)~9月25日(火) 11:00~21:00 開催場所:池袋P'パルコ8F 問い合わせ:ロックンロールバザール実行委員会 03-3408-6717 |
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<ウッドストック>を知るキーワード
●ウッドストック ニューヨーク州にある町の名前。'69年のイベントはこの地で行なうはずだったが、周辺住民の猛反対を受け、結果、同州ベセルで実施。イベント名だけが残った。
●LOVE & PEACE 1960年代初頭~'75年4月、北ベトナムと南ベトナムとの武力闘争が“ベトナム戦争”。とはいえ、北を支援したソ連と中国、そして南を支援したアメリカの政治戦略的戦争へと発展。多くの国を巻き込んでの悲劇的出来事だった。それに反抗するアメリカの若者が“LOVE & PEACE”をスローガンに多くの活動を開始。<ウッドストック>のはじまりもそのひとつだった。
●泥 第一回、第二回の<ウッドストック>では開催期間中に、雨が降った。これをポジティヴに迎え入れ、笑顔で泥遊びに興じるシーンは数々のメディアに取り上げられて有名に。第三回では雨は降らず、会場も旧空軍基地とコンクリート整備された場所であったため、代わりに屋台や機材に火を放ち、放火を楽しむという悪質な行為が行なわれた。
●チケット代 第一回目は8ドル(1ドル360円・'69年8月15日)、第二回目は135ドル(1ドル100.30円・'94年8月13日)、第三回目は150ドル(1ドル118.42円・'99年7月23日)。
●マイケル・ラング 第一回目からの総合プロデューサー。イベントを開催するごとに大借金を抱えるのだが、精力的に動き回る姿が印象的なパワフル人間。'69年からほとんど顔が変わらないのも驚き。
●MY GENERATION この映画タイトル、そしてThe Whoの代表曲で、'65年に全英チャート2位を記録した大ヒット曲。The Whoは'69年ウッドストックに出演した。 |
日本では何が起こっていたのか?
●'69年8月15、16、17日 ・「サラリーマンにも必要経費を認めよ」と自民若手議員、減税改正求める。(8/15) ・集中豪雨で不通になっていた北陸線が開通。(8/16) ・成田空港用地、強制収用に踏み切る(8/16) ・巨人、長島茂雄が決勝の二塁打ヒット(8/17) ・映画「別離」(カトリーヌ・ドヌーブ)、「慕情のひと」(グリネット・モルビグ)など ・大卒月給 約40,000円 ・スカイライン 722,000円 ・カラーテレビ 18,300円 ・南品川のマンション 345万円
●'94年8月13、14日 ・JR巣鴨駅ホームから出火し、山手線一時ストップ(8/13) ・映画「ライオン・キング」、「マーヴェリック」(メル・ギブソン)など ・奥居香ソロデビューシングル「奇跡の時」(8/1発売)、GEISHA GIRLS「Gaisha“remix”Girls」(8/19発売)
●'99年7月23、24、25日 ・全日空国内線ジャンボ機がハイジャック。犯人は機長を刺殺し一時機体を操縦。日本のハイジャックではじめて死者が出る。(7/23) ・映画「鉄道員(ぽっぽや)」(高倉健)、「スターウォーズ エピソード1」(リーアム・ニーソン) ・ドラゴンアッシュ『Viva la Revolution』(7/23発売)
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| 「ウッドストックの栄光に泥を塗るな!」
'90年代に「ウッドストックよ、もう一度」な巨大フェスが二度催されたとき、こうしたバッシングが飛んだものだ。
確かに'69年のウッドストックというものは一種異様の特別な状況下で行なわれたのは事実だ。ベトナム戦争における、強国アメリカが“正義”の大義名分を掲げて弱国ベトナムを武力でいたぶる様を見て、アメリカの若者達は「自分たちの国の繁栄はこうした犠牲の上に成り立つものだったのか」と“強いアメリカ”というものに懐疑心を抱くようになる。
実際ベトナム戦争直前には黒人差別撤廃のための公民権運動もあり、“自由の国”などと言われるアメリカが自己矛盾を抱えた存在であることは隠しようのない事実にもなっていた。そこで当時の若者たちは自国の様を憂い、「愛と自由と平和」をスローガンに団結し、マリファナでハイになって現実逃避をしながら当時“反抗の象徴”と見なされていたロックを聴き、「30代以上を信じるな」とばかりに巨大なカウンター・カルチャーを築いていった。その結果、実現したのが'69年の伝説のウッドストックではあった。
まあ、一般的に考えて、それと比較すると'90年代の若者文化が分が悪いのは事実かもしれない。確かに今の世代はひとつのスローガンのもとに団結などしないし、背後に戦争もなければ、これまで信じていた価値観を根底から覆されるようなシチュエーションもない。
しかし、だからと言って、'60年代の方が'90年代に勝っているのか、と問われると、少なくとも僕はそんなことはないと思う。どっちもどっちだと思う。'90年代初頭のアメリカの若者たちだって、'80年代風な虚飾の“強いアメリカ”にはウンザリしていたわけだし、人種差別が改善されない世の中に若い黒人達は暴動を繰り返していたわけだし。実際、グランジもヒップホップもそういう文化圏から盛んになった音楽だし、そういう'90年代のこれまでの主流音楽とは違う“オルタナティヴ(傍流)”な音楽がこれまでの音楽にとって変わり、そういう音楽勢力を集結させた<ロラパルーザ>なんていうロック・フェスだって、「'90年代のウッドストック」なんて絶賛されていたのも事実。そういう文化圏にいる若者たちも“X世代”と呼ばれ、'60年代のヒッピー世代と何かと比較されたりもした。
オリジナル・ウッドストック主催者のマイケル・ラングが「ウッドストックをもう一度!」と立ち上がったのは、こう考えるとなんとなく理解はできる。世代による違いはもちろんあるものの、空気感として類似する点をラングは見い出していたのだろう。それだからこそ、'94年版ウッドストックは当初こそバッシングもされ、昔と比べ圧倒的に管理され、25年前ほどのあたかも宗教のような団結心理こそ生み出さなかったものの、オーディエンスの間に「自分たちの世代なりの何かを残そう」というささやかな気持ちは芽生えさせることはできた。商業的には成功とは言えなかったが、結果<ウッドストック94>は、単なるアニバーサリーにはとどまらない、'90年代の若文化にとっての一つの良い思い出としては残った。
しかし、'99年の3度目のウッドストックは正直なところ、単なる商業イベント以上の意義を見い出すことは残念ながらできなかった。このときアメリカは実に久方ぶりの好景気に湧き、少し前のX世代的な韻鬱から脱却し極力明るくふるまおうとしていた時代。しかし、それでいて子供の教育環境は荒んだままがゆえ、情緒もマナーもなっていない無軌道な若者はさらに増える一方。そうした、主催目的が見い出せない一切の統率力のないフェスで残されたのは、暴騰するチケット代と無闇な管理、暴力、セクハラ、放火の炎…。
しかし、こんな無惨な<ウッドストック99>の結果でさえ、僕は決して「'60年代ウッドストックに泥を塗った恥」だとは思わない。
それは'69年のウッドストック自体が、直後に動乱を招き入れたフェスだったからだ。「愛と平和のフリー・コンサート」の4ヶ月後には、殺人事件が起こった悪夢のような「オルタモントの悲劇」が、1年後には仕切りの悪さで悪名の高い「ワイト島フェスティバル」という、ネガティヴなロック・フェスが立て続けて催され、奇跡の瞬間は一瞬にして吹き飛んでいたのだから。
それに、後の時代のライヴにおけるオートメーション化された合理的管理システムを作ったのも、今の子供たちの荒んだ家庭環境を作ったのも、ドラッグの悪癖を残したのも、その張本人は「愛と平和」に酔っていたはずの最初のウッドストック・ジェネレーション、その世代にほかならないはず。
そう考えると、いずれのフェスティバルも、その世代の善し悪しがあり、「夢」も「悪夢」も紙一重なのだということが、今回この映画を見て改めて思った次第だ。 |
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