| ──カヴァーのバラード集は昔から作りたかったんですか?
徳永英明(以下、徳永):去年ファンクラブの限定ライブでカヴァーだけのライブをやって、そこでヴォーカリストとしての思いに火がついたというか。それまでは曲を作ってから歌という順番だったんで、自分をヴォーカリストだと認めていない部分がもともとあったんですが、そこから、歌を歌うから曲を作るという感覚になってきたんですね。
──基本的には女性シンガーの歌った曲ということですが、なぜ女性シンガーに絞ったのですか?
徳永:詩の世界が歌いやすいんです。ヴォーカリストに徹することができるというか。男が書いた詩だと分かりすぎちゃう。でも女性が書いたものであれば、女心はわからないから、ある意味夢の世界なわけ。だから演じられるというか。感情を抜きにしてメロディと言霊を気持ちよく歌えるんです。男が作った歌だと判りすぎちゃうから、その時は歌えたけど、しばらくすると、もうその気持ちじゃないから歌えないみたいな。こういう大衆ポップスみたいなものは、そういう問題を超えちゃって唱歌みたいなものなんです。歌を歌うことだけにフォーカスできる。
──新旧問わず、いろんな曲が入ってますが。
徳永:時間軸の意識みたいなものはないですね。一度世の中に広がった曲、というものは“お供えもの”じゃないですか。そういったものを降ろしてきて敬意を表し、自分達流に形を壊さずに作り直して、“自分はこうして作りました”と戻した感覚です。元々あったものの空気感を掴めば良かっただけなので、オリジナルなものを最初から歌うという辛い作業がなくて。で、そういう楽な部分もあるんだけど、基本に忠実なメロとかコード進行の部分はシビアでしたね。シンガーソングライターってコピーが嫌いだから。最初は“変えてもいいだろう”って思ってたんだけど、変えちゃうと全然音楽にならないですね。マスターベーションの世界になっちゃう。
──じゃあ、レコーディングはかなり時間がかかったんですか?
徳永:そうですね。このメロディは分からないよとか、コードがなんでそう展開するんだとかの葛藤はありました。でも途中から、ちゃんと自分の声をはめていけるようになって。
──基本的にはアコースティックサウンドですね。アレンジャーと話し合って基本線を決めたんですか?
徳永:メインはヴォーカルなので、アコースティックな楽器と弦だけにしていこうと決めました。こんなに弦を入れたアルバムは初めてです。歌うことに対して本当に敬意を表しようと決めたんですよ。
──歌入れは順調に?
徳永:うん。僕最近わかってきたんですけど、デモテープって、歌を上手く歌いたいというんじゃなくて、キャッチしたメロをそのまま歌っているから良いんだよね。練り上げたものは良くないんだね、やっぱり。今回のカヴァーもまっさらです。「卒業写真」はテイクワンだから。
──逆に悶えて苦しんでやっとクリアしたのは?
徳永:「異邦人」ですよ。久保田早紀さんのメロの行きかたが掴めなくて。「異邦人」は久保田早紀の声だから成り立ったんですね。ちょっと寝不足かな、酒飲みすぎたかなという時に歌うといいんですね、多分。
──徳永さんの声質だから、徳永さんの名曲が浸透したという考えもできるわけで、今回のカヴァー曲も、オリジナルの歌手の声があったから浸透したという部分もあるわけですよね。そうすると、徳永さんはそこに挑戦しなければならなかったんですね。
徳永:そうですね。挑戦するってことに気づいたからできたんですね。今まで、声が武器だってことに確信はなかった。でも、コピーしてもそこに自分の武器である声をあてがうだけで、また違う世界が広がっていくんだな、それはコピーではないんだな、ということが勉強になりましたね。自分がこれからどうあるべきかを考える時に、良い曲を作って良い詩を書くより、まずはいい状態で歌うこと、そういう環境を作ることが大切だなと思いました。歌っていうのは歌手の声が一番の武器で、やっぱり、これから自分の声が大切だなって思ったんです。それは、退院してからわかってきたことなんですね。自分の声に邪魔な楽器は全部取り外したくなった。そういうことを、今回のアルバムで、明確に自分の中で持てたんですね。
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