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1918年7月31日、ミシシッピ州ヴィックスバーク生まれ、ミシガン州ポンティアック育ち。有名なジョーンズ兄弟の長兄(次男はトランペット奏者兼作曲家のサド、末弟がドラマーのエルヴィン)。

10代の頃から地元で演奏活動を始めただけでなく、トミー・フラナガン、バリー・ハリス、サー・ローランド・ハナに代表されるデトロイト派ピアニストの創始者でもある。

ホット・リップス・ペイジに認められ44年にニューヨークに居を移す。コールマン・ホーキンスやビリー・エクスタイン等と共演するかたわら、当時発展しつつあったビバップの要素を吸収してゆく。1947年からJATP(Jazz at the Philharmonic)に参加。1948年~1953年はエラ・フィッツジェラルドの伴奏者を務めたり、チャーリー・パーカーと共演するようになる。

1950年代になるとベニー・グッドマン、レスター・ヤング、キャノンボール・アダレイ等と共演。1959年から17年間はCBSのスタッフ・ミュージシャンとしてラジオやTV番組の音楽に携わりながら、活動を展開。1976年に結成したザ・グレイト・ジャズ・トリオをきっかけに再びジャズの第一線へと躍り出て、以降は名脇役から立派な主役を務める作品までと数え切れないほど様々なアルバムに参加している。

その優雅で流麗な演奏スタイルはもとより、暗記しているスタンダード曲が1,000を下らないと言われ、尊敬の念を込めて「ミスター・スタンダード」と呼ばれることも。1962年マジソン・スクエア・ガーデンで行なわれた故ケネディ大統領の45歳のバースデイ・パーティでマリリン・モンローが唄う「ハッピー・バースデイ」のピアノ伴奏を務めたことでも知られる。

1990年代のパナソニックのCMで「What's New」の演奏シーンに出演しただけでなく、「ヤルモンダ!」とにっこり笑っていたピアニストでもある。2008年11月アメリカにて、今までのアーティスト活動が称され、ブッシュ前大統領より、National Medal Of Arts アメリカ国民芸術勲章文化勲章をスパイダーマンの作者スタン・リーらと共に受賞。2009年2月、グラミー賞“GRAMMY Lifetime Achievement Award”を受賞。

2010年2月、ブルーノート東京を始めとしたJAPAN TOURを行なう。
2010年5月16日午後、輝かしいジャズ人生に幕を下ろす。享年91歳。

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