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カリフォルニア州サンノゼ(サンフランシスコの南)といえば、音楽の発祥地として知られたことはなく、コンピューター産業に従事する人々のベッドタウン以外の何物でもない。このことは、ベッドルームでVan HalenやClashをガンガン鳴らして育ったサンノゼ生まれの4人の若者にとって問題だった。何をすればいいのか?

もちろん、自分でシーンを作ることだ。そしてバンドを組んで、メジャーレーベルと契約して、ヒットを生めば、それに越したことはない。

Smash MouthのヴォーカリストSteve Harwellは、前にいたF.O.C.というラップグループが'94年頃に解散した時、自分の音楽志向をどうしたらいいか真剣に考えていた。遊びのつもりで、幼なじみでドラマーのKevin Coleman(彼とはたまたま子供のころガレージでバンドをやったことがあった)と一緒に音を出してみることにした。

2人がドラムビートと歌詞だけの曲を何曲か作ると、Harwellのマネージャーが地元のギタリストGreg Campを彼らに紹介した。Campは2人の曲の骸骨のようなアレンジを気の毒に思い、曲に肉付けするのを手伝って、結局バンドに加わることに同意した。作業を進めるためにベーシストのPaul De Lisleも連れてきた。

こうしてSmash Mouth(基本的に「情け無用」を意味するフットボール用語)のラインナップが出来上がると、デモテープ作りに取りかかった。2曲仕上げた彼らはテープを地元のラジオ局KOMEに持ち込み、DJに無理やり聴かせた。DJは“Nervous In The Alley”を聴いて興奮し、KOMEのリスナーも熱狂した。すぐにSmash Mouthは、KOMEのレギュラーローテーションの中でレコード会社と契約していない唯一バンドになった。ファンはレコードを買いたいと騒ぎ立て始めた。

ただひとつの問題は、当然のことながらSmash Mouthにはレコード契約がなく、それゆえ買えるものがないということだった。そこで彼らは決意も固く、アルバムをレコーディングするためにスタジオを押さえた。もし興味を示すレーベルがなかったら、自分たちでリリースするつもりだった。しかし心配は無用だった。彼らのデビューとなるフルアルバム『Fush Yu Mang』は、すぐにInterscope Recordsの目に留まった。

ロック、スカ、パンク、そして、その他あらゆるジャンルを組み合わせたユニークなアルバムは、たちまち全国的なヒットとなった。特に'60年代フレーバーのシングル“Walkin' On The Sun”にその特徴がよく表れている。Smash Mouthの2ndアルバム、'99年の『Astro Lounge』も、シングル“All Star”のおかげでヒットした。シリコンヴァレーもやっと音楽地図に載るようだ。