正直なところ、僕はジャネット・ジャクソンという存在を少し侮っていた。
確かに’86年の『コントロール』でのブレイク以来、ジャム&ルイスとのコンビネーションによる豪勢なアルバムで常に3~4年毎に大ブームを起こしてはいた。僕はその都度、その時々において先端を行く音楽性を提示できるそのプロダクションのパワーには素直に感心していたものの、「でも、そろそろ息切れするだろ」などと穿った見方をしていた。しかし、息切れ状態は4年経とうが8年経とうが全く徴候を見せず、昨年の大ヒット作『オール・フォー・ユー』においても、それは結局あらわれることはなかった。
それは一体何故なのか。その答はこの日のライヴが出していた。
ド派手な照明に、目くるめくようなお色直しにセット・チェンジ。そうしたこと自体はしっかり予想していた。しかし、そうした音楽面に直接関係ないところにおいても仕事ぶりは完璧にプロ。見ていて全く飽きさせるところがない。
しかし、そんなことより僕が驚かされたのは、ジャネットが次から次へと歌う、過去15年もの間にたまりにたまったヒット曲のメドレー状態だ。これらの曲の中には昨年の『オール・フォー・ユー』から8年前の『アゲイン』、12年前の『エスカペード』に15年前の『ホエン・アイ・シンク・オブ・ユー』など、実に様々な時期のものが含まれている。当然、それぞれの曲が流行っていたときの音楽のモードも全く違うし、時代による音の質感の相違を感じてもおかしくはないはずだ。
しかし、ジャネットにはそれが全くない。どの時代の曲をどういう順列でつなごうが全く違和感が感じられないし、どの曲ひとつとっても全く古くなっていないのだ。これはちょっとした衝撃だった。 ’86年の曲や’93年のヒット曲なんて今聴くとどうしようもなく恥ずかしい曲が大半なのに。
僕は改めてジャム&ルイスが作り出す楽曲の構造的な強靱さを思い知った。彼らの場合、外面上のアレンジではなく、その芯の部分にあるリズムやメロディが普遍的に強かったのだ。そうした懇切丁寧な楽曲作りを15年も続けることが出来ている点にまず敬意を表したい。そしてそんなジャム&ルイスの楽曲に見事に応えるジャネットもまた立派だ。正直、昔から指摘されている声量の弱さは克服出来てはいない。しかし、モニターから流れる10年以上も前の彼女とステージ上の彼女は体型から何一つとして変わってはいない。
ジャネットは常に同性が憧れをいだく“理想の女性像”をステージという場所で完璧に演じているのだ。女性としての過激な主張や類い稀な作曲能力というものは彼女には確かにない。
しかし、ソングライターやステージの裏方までを含め、“チーム・ジャネット”として自分を演出できる統率力は“エンターテイメントのプロ”としてあまりにも優秀だ。この高い意識を見せつけられれば、息の長い安定状態も充分納得だ。このペースで行けば、偉大な兄さえも凌駕する日は近いかもしれない。
文●沢田太陽