【インタビュー】植田真梨恵、3年ぶり独立後初アルバムに2025年現在の世界「結論は、やっぱり時間は止まりたがっているんです」

植田真梨恵の前オリジナル・アルバム『Euphoria』以来、3年ぶりのニューアルバム『時間は止まりたがっている』が、9月24日にリリースされた。2023年春に長年所属したレーベルと事務所を離れて、独立後第一弾アルバムとなる今作は、ミニマルな打ち込み中心に、最小限の楽器と柔らかな歌声が耳に心地よい、浮遊感と親近感を併せ持つ極上のサウンドトリップ。
「植田真梨恵の楽曲は、どこか懐かしく、どこか寂しい気持ちが奥底にひそんでいます。ただただ歌が大好きだった少女が、80年代、90年代の時代感を作り出してきたファッションや音楽のパワーに敬意と憧れを抱いたままシンガーソングライターになり、今2025年に自分らしく新しくパワーを宿すものは何かと自問自答しながら憧れへと近づこうとする様を閉じ込めた1枚です」とは同アルバムの資料に記された言葉だ。
時間を止めて、子供の頃のノスタルジーや郷愁へと回帰した歌詞の世界観も、時に優しく時に切なく心の深いところを刺激して魅了する。大きなターニングポイントを経て、彼女はいかにしてこの傑作をものにしたのか。その心の内を探ってみよう。

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■今回、弱さを大事にしたので
■作ったままということを意識している
──ここに『時間は止まりたがっている』のCDがあるので、まず開封しますね。デザインのこだわりとか、話してもらえると嬉しいです。
植田:はい。実は、ミスがあります。校正が間に合わなくて。
──いきなり(笑)。何ですか。
植田:裏面の写真配置が、天地逆なんです。本当は、帯で顔半分が隠れるデザインのつもりだったんですけど。作業が暴走列車タイム感だったので(笑)、間に合いませんでした。
──手作り感があっていいと思います、とか言ったりして。
植田:そうですね。これも味かなと思います。
──そして、帯の裏側には買ってくれた方へのメッセージが、直筆のプリントで。
植田:はい。ずっとこうさせていただいていたのを、引き続きやっております。
──写真、すごく綺麗ですよね。ネクタイとかして、ちょっとボーイッシュな感じで。アートワークのこだわりを教えてください。
植田:ブックレットは縦開きで、ずっと上からめくっていく形になっています。写真はちょっとクールに、ボウイみたいにしたいなと思っていました。
──ボウイって、バンドのBOØWY?
植田:そうです。布袋さんみたいなイメージで、バリバリやってる感じでいきたいなって。アルバムの裏テーマが、クラシカルヤンキーなので、バリっと写真を撮ってみました。
──ブックレット中の、この写真はどこだろう。銭湯ですか。
植田:そうです。兵庫県にある、今はもう営業していない銭湯で撮りました。真夏で、エアコンもなくて、ものすごく暑かったです。
──このでっかいアナログの時計も、銭湯に持ち込んで。
植田:はい。約2メートルの時計を作りました。この時計を持ち回って、いろんなところで撮影しました。
──この縦組みのブックレット、歌詞がしっかり読めていいですね。
植田:そうですね。シームレスにずっと、めくりながら読む形で配置してみました。普通は1ページ1曲って感じですけど、まさに時間みたいに、一定に進むような感じで配置しました。
──こっちの、倉庫みたいな場所は?
植田:これは繊維工場ですね。たぶん今は使っていないと思います。時代感のわからない感じで撮りたくて、他にはガソリンスタンドとか、テニスコートとかでも撮ろうかなと思っていたんですけど、写真が撮れすぎたので、このぐらいにとどめてみました。
──すごく素敵です。黒白の扱いが、大胆でカッコいい。
植田:今回はモノクロのイメージで。ちょっとグリーンが入った、1990年代とか2000年初頭の映画のような、あの時代感によく使われたような、緑っぽい空気感の色にしました。
──ここまで自分で手作りしたアルバムは、初めてですよね。
植田:そうですね。もうここまで、最後の最後まで自分たちでやったのは初めてです。私とマネージャーの二人で。

──あらためて、『時間は止まりたがっている』というアルバムについて。音楽の中身も含めて、アルバムが1個の人格みたいなものだとすると、どんな子供が生まれてきたと思いますか。
植田:あー、そうですね、自由度が高くて、弱い子ですね。
──弱い子?
植田:ちょっと、もろい子なんです。今回、弱さを大事にしたので。かなり細部まで、諦めずこだわって作った部分が大きいんですけど、代わりに、あまりカッコつけすぎずに、整えすぎずに、作ったままということを意識しているので。誇張しすぎていないという意味で、弱い子です。
──なんとなく、わかる気がします。そのへんは、CDを買った人だけが読むことができる、セルフライナーノーツを読んでくれた人は、もっとわかるかもしれない。
植田:そうですね。「CD聴けないんだけど」っていう方もいらっしゃると思うんですけど、セルフライナーノーツを入れてみました。CDをいつまで作れるのかな?と思うんですけど、今作は『時間は止まりたがっている』という作品だし、CDというメディアとも合うのかな?と思って作らせていただきました。

──だんだんと、アルバムの内容に入っていきますけど。たとえば「アストロフォーインダストリアル」や「田んぼ・トライアル・パチンコ屋」のように、幼い頃に見た風景や、お母さんとの会話や、ノスタルジックな郷愁が、テーマになっている曲が何曲か入っていますよね。
植田:はい。
──それは、何かきっかけがあったんですか。最近の曲作りのモードとして、昔を思い返すみたいな出来事があったのか。
植田:大阪市内にずっと住んでいたんですけど、独立して、引っ越したんですよ。ちょっと田舎に。そこの風景が、山が近かったりして、地元・久留米の風景とかなり近かったりすることもあって、さらに、車に乗る機会も増えたりしたので。市内に住んでいた時は、自転車か、徒歩か、地下鉄がメインだったんですけど、移動手段が変わったことで、生活スタイルがちょっと変わったんです。そういう中で、故郷の風景とか、車の中で思い出すこととかが、母親との思い出と結構繋がってきたのかな?と思っています。
──まだ行ったことがないんですけど、久留米って、どういう感じの場所ですか。
植田:田舎町ですよ。めっちゃ「田んぼ・トライアル・パチンコ屋」ですよ(笑)。暴走族1位だし、ヤンキー1位だし。ちょっとヤバイ先輩とかもいるような場所です。“♪ちっちゃな頃から悪ガキで”な感じです。
──“♪15で不良と呼ばれたよ”、まさに久留米ですね。
植田:でもやっぱり、音楽が好きな人が多いかな、という町だと思いますね。でも風景は「田んぼ・トライアル・パチンコ屋」です。
──その風景って、今までも歌おうとしてきたんですか。突然思い出したわけじゃなくて、あたためていたとか。
植田:何でしょうね? その、都会に住んでいる時って、最近の風潮でもありますけど、田舎っていいよね、みたいな、ゆっくり田舎の自然の中で暮らすのもカッコいいよね、みたいな、一つの価値観があるじゃないですか。けど私は、久留米に住んでいた15歳当時は、都会にとても憧れていたので。でも最近、30歳を超えたぐらいから…郊外のショッピングモールとかに、ぐるぐる回るお菓子の機械とか、あるじゃないですか。子供の頃にデパートにあったような、量り売りのお菓子とか、そういうものを見かけると嬉しくなってしまう自分に気づいたんです。やっと30歳を超えてから、商店街とか、デパートの屋上とか、喫茶店とかが大好きだということに気づきました。
──それ、わかります。

植田:そういうところに出くわした時に、“うわ、嬉しい!”と思うんです。「アストロフォーインダストリアル」の歌詞に出てくるミスタードーナツもそれなんですけど、今の自分の“懐かしい。好き”というものに、感覚が直結した感じがあるんです。
──なるほど。それはやっぱり、一度故郷を離れて、都会に住んだ人だからわかることかもしれない。個人的に、東京生まれ東京育ちなので、そういう話を聞くのはすごく興味深いです。逆に、このアルバムのそういう曲を聴いて、生まれ育った土地の原風景を思い出すみたいな人も、結構いるんじゃないかなと思います。
植田:だといいなと思います。







