ニュース・最新情報
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英国ラジオ局のリスナーが選ぶベスト・ソング・ランキング、ジョージ・マイケルが5年連続1位
Photo by Russel Young英国のラジオ局Smooth Radioが毎年公表している、彼らのリスナーたちが選ぶベスト・ソング・ランキングの最新版を発表した。
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オジー・オズボーン、ホイットニー・ヒューストンとの対面にビビる
Photo: Ross Halfin長年、エンターテインメント業界におり沢山の人たちと出会ってきたオジー・オズボーンは、その人物と以前会ったことがあるかどうか覚えていないだけでなく、その人を怒らせたのではないかという懸念もあり、ホイットニー・ヒューストンが彼に向かって来たとき、責められるに違いないとビビったそうだ。
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『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』圧倒的臨場感を演出、サウンドの秘密を語る&ホイットニー役キャストが選ばれた理由とは?
あの伝説の歌姫ホイットニー・ヒューストンの没後10年を迎えた今年、『ボヘミアン・ラプソディ』の脚本家が彼女の半生を描く映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』が、2022年12月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国の映画館にて公開される。
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『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』、メモリアル・イヤーに新企画が続々登場
2022年は、伝説の歌姫ホイットニー・ヒューストンの没後10年、そして、“エンダー!!!”の圧倒的な歌声とともに、世界中で大ヒットを巻き起こした主演映画『ボディガード』の公開から30周年というメモリアルな年。
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『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』、最新予告映像&場面写真解禁
あの伝説の歌姫ホイットニー・ヒューストンの没後10年を迎えた今年、『ボヘミアン・ラプソディ』の脚本家が彼女の半生を描く映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』が、2022年12月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国の映画館にて公開される。
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『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』、予告映像&日本版ポスター解禁
1985年、デビュー・アルバム『Whitney Houston』が空前の大ヒットを記録し、さらにシングル「Saving All My Love For You」以降7曲連続で全米チャート1位を獲得。
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ホイットニー・ヒューストン、バイオグラフィ映画の予告編公開
12月に劇場公開されるホイットニー・ヒューストンのバイオグラフィ映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』(原題:『I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』)の予告編が公開された。
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ホイットニー×クリーン・バンディットのコラボ「How Will I Know」MVはオリジナル版へのオマージュ
ホイットニー・ヒューストンの1986年の全米No.1ヒット「How Will I Know(邦題:恋は手さぐり)」を、クリーン・バンディットがリミックスしたリメイク・バージョンのミュージック・ビデオが公開された。
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21世紀に入りUKのテレビ/ラジオで最も音楽が流れた女性アーティスト・トップ20
英国の著作権管理団体PPL(Phonographic Performance Limited)が、21世紀に入ってからの約20年間で、UKのテレビ、ラジオから最も曲が流れた女性アーティストのランキングを発表した。
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ホイットニー・ヒューストンのバイオグラフィ映画、ホイットニー役が決定
ホイットニー・ヒューストンのバイオグラフィ映画『I Wanna Dance With Somebody』でホイットニーを演じる女優が決まった。
プロフィール・バイオグラフィ・リンク
有名なゴスペル・グループ、スウィート・インスピレイションズのメンバー、シシー・ヒューストンを母に、ディオンヌ・ワーウィックを従姉妹に持つ。幼い頃より母親の組織する聖歌隊に加わり、基礎からゴスペルを学ぶ。17才の頃からはプロのファッション・モデルとして「セヴンティーン」「コスモポリタン」のグラビアを飾り、テレビCMに出演するなどティーン・タレントとして活動する一方、シンガーとして母親のツアーに同行。83年にNYのとあるナイト・クラブでのパフォーマンスをきっかけにアリスタ・レコードの社長(当時)、クライヴ・ディヴィス(現RCAミュージック・グループ)に見出され、契約を結ぶ。
同年、TV番組「ザ・マーヴ・グリフィン・ショウ」に出演、衝撃的な歌声を初の全米ネットにて披露、その歴史的パフォーマンスは今だ語り継がれている。85年「そよ風の贈りもの」でデビュー。7曲連続全米ナンバーワン記録を打ち立てるなど未曾有の成功を収め、21歳で初のグラミー賞も受賞。92年シンガーのボビー・ブラウンと結婚(後に離婚)、93年には長女ボビー・クリスティーナを出産。2012年2月11日に、ロサンゼルスのホテルで事故死した。享年48歳。
これまでにグラミー賞を6回受賞。オリジナル・アルバム5作品、サウンドトラック3作品、クリスマス・アルバム1作品を発表し、1億7千万枚の売り上げを記録している。なかでも92年の映画「ボディガード」オリジナル・サウンドトラックは、全世界累計3000万枚のセールス(日本でも250万枚)を記録、シングル「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は、全米シングルチャート14週連続1位という当時の記録を樹立した。