おニャン子クラブや野猿の作・編曲者として名高い彼だが、ミュージシャンとしての活動暦は1971年にまでさかのぼる。この年にブレッド&バターに参加したのがミュージシャン人生の幕開け。その後、新六文銭、トランザムを結成し、1975年にサディスティック・ミカ・バンドに参加。ここでのプレイがヨーロッパで絶賛を浴び、プレイヤーとしてのキャリアが本格化。1977年には高橋幸宏、高中正義などとサディスティックスを結成。当時主流になりつつあったフュージョン・ミュージックの先駆になる。1979年に沢田研二の「TOKIO」でレコード大賞編曲賞を受賞することで作・編曲活動が活発になる。1978年のソロアルバム『ON BASS』を始め、1985年までに5枚のソロアルバムを発表した後は、おニャン子クラブの楽曲を一手に手がけ、 | | 吉川晃司プロジェクト、そしてとんねるずの「がらがらへびがやってくる」がミリオンセラーに。1994年にはNTV系「NNN今日の出来事」のエンディングテーマ・サウンドプロデュース、1996年にはスキャットマン・ジョンの「SU・SU・SUPERキレイ」(カネボウCM)の作・編曲、1997年は石橋貴明と工藤静香のユニット「LITTLE KISS」の「A.S.A.P」の作・編曲。そして1998年からは野猿の全シングル、アルバム、ツアーなど、サウンドプロデュース全般を手がける。2000年になってからは、サディスティックス復活、高中正義Power Live参加、クロスオーバー・ジャパンでの高中正義との競演など、プレイヤーとして活動を復活させており、2003年の今、18年ぶりとなるソロアルバム『do not disturb』を完成させた。 |