レイ ハラカミの作品『red curb』を手にしたとき、部屋のオーディオで小さな音で聴いてみた。自然と耳に入ってくるきれいな旋律。とても気持ちいい。
そしてある日、クラブのDJがハラカミの楽曲をかけていたのを耳にした。ハラカミの曲だとは思ったのだがあまりに違う印象で聴こえたので、おもわずDJに確認しにいてしまったくらいだ。“いやー、ビックリしましたよー”と、思わず本人にも話してしまったくらい、小さな音で聴いた彼の作品からそんな発見と衝撃が走ったのだ。
「もともとダイナミクスがある=ダイナミック・レンジがたぶん広いんですよ。だから僕のCDを普通のオーディオとかで聴くとちっこく聴こえるんです。それは何でかって言うと、大きな音があって小さな音もある。だからその差で立体感をだしているんですよ。 自分でもなんでなんだろうってずーっと悩んでたんですけどね。な~んだ、それだけのことか…みたいな。叫んでいるところがあって、ささやき声も同じレベルで聴こえるっていうのはおかしいじゃないですか。そのへんをちゃんと聴いてもらうにはやっぱりでかい音でないとね」
インタビュー当日に彼のライヴを初めて観た。もちろん、CDの楽曲とは違った展開であったが、ステージ上でひとり繰り広げる彼の音楽はセッションのような生のライヴ感があり、迫力があった。一音一音迫ってきては次の音が現われ、ジェット・コースターに乗っているような、音階の上から下へ一気に転げ落ちる展開など、気持ちがワクワクさせられる。そしてCDでもライヴでも一番印象的だったのはふぁ~っとした“間”であった。それは音が完璧に止まるのではなく、音が消えるのである。
「うーん、不安になるじゃないんですか。あれが好きなんですよ(笑)。 ある程度、ミニマル(ミュージック)のほうが、そういう曲、作りやすいじゃないですか。あらかじめ決められたテンポの中で間を入れるとか。むしろ、そういうのから僕の着想を得ているのだとは思うんですけどね。それでしかないっていう、音と音の間っていうのは。だからもともと音楽ってわざわざ鳴らしているものじゃないですか。曲間っていうのはまた別だけど、曲の鳴っている中で何もなってない音とかを、あえて作るのっていうのは意図しないとできないし、いいな~と思うんです。あんま、みんなやってないし…。別にノリノリになって欲しくて作っているわけでもないんです。本当に僕が聴いて気持ちいいものを作りたいだけで…」
確かにこの間が気持ちいいものに仕上げ、そしてダイナミクスに繋がっているのかもしれない。それにしてもハラカミの音楽には本当にいろんなものが詰め込まれ、そしてそれは彼の色として統一感を生んでいる。
「生音は一切なくて、生音っぽくやっているだけですね。90%打ち込みです。打ち込みでやるんですけど、もちろん手で弾いて、それから補正していくって感じなんです。昔はサンプラー使ってたんですけどね。サンプラーってパズルをやっているようなもんじゃないですか。リズムさえ合っていれば、そこにどんどん入れていく…みたいな。それが個人的にはちょっとつまんないなーって。最初は笑いながら作っているんですよ、“なんじゃ、これ…”みたいに。それで途中からまとめていく時点でビシッと、説得力をだしていくっていう感じで、だんだん笑えなくなるんです。展開はくえないと思うんですけど、メロディとかでひっかかりとかがでて…。もちろん、その辺を自分で楽しんでやっているんですけどね」
と、さらっと語る彼である。 そして彼の音楽性はどこから来たのだろう。
「本当にフェイバリットはロバート・ワイアット。イギリスのアーティストなんですけど。なんていうんですかね。変態ですよね。声が命の人ですからね。やっぱその人しかできないものをやりたいですよ。どこに当てはめてもただのジャンルの話ですからね。むしろ、そういうとこ(ジャンル)にこだわっている人のほうがわからないですけどね。」
そして記憶に新しいところでいけば、数年前のAphex Twinなどの登場でエレクトロニック・ミュージック・シーンはまた新たなリスナーにもインパクトを与え、どんどんと広がりを見せていたのは確かだ。
「僕もAphexはフェイバリットのひとりですから…。あの人もダイナミックな人じゃないですか。汚い音があって、耳ざわりの音があって、でもきれいな音もあって…みたいな。最初は本当にあんな、ぐちゃぐちゃなものを聴いて、ノイズがノイズに聴こえなくなってるみたいな。でも音楽として、聴けているところが怖いですよね」
いろんな意味で彼はAphexのような実験性のあるアーティストに影響を受けたのは確かだ。いろんな意味でいい刺激があった。
「あくまで僕がいち聴き手として考えれば、やっぱりいい意味で裏切られ続けたいんですよ(笑)。まだ続くのって思わせながら、なんか止まってみたり、違うリズムが入ったりっていうのがあるだろうし、もう続かないだろうっていうのにまだ続く…みたいな。そういう作品って昔はあったと思うんですよね。前は…。それを逆に楽しんでいるところもあったんですけど。その辺はそれがどんどん純化されていると思うんですよ。良くも悪くも…。前は気をつかってたと思うんですけど、最近はもう好きなことをやろう、と」
そしてハラカミの挑戦は続く。
「作れば作るほど、削ぎ落とさ れている感じがするんですね。なんか自分が減っているような気がするわけですよ…。もともとあった自分の好きなものをより、形にできることになってきた。っていうことではずっと今のほうが楽になってきた。でも楽って言ってもつらいですけどね。いいのかなぁ、こんなことやってって思ってますよ、半分は…。その分、作ってきたものはまだ、なんとなく僕なりのヴァリエーションの中で色々できているところはあるんです。やればやるほど、難しくなっていくとは思うんですけど。まっ、がんばっていこうかなっと」
エレクトロニック・ミュージックの可能性を再認識させてくれた彼の楽曲群。ハラカミの音はぜひ、たくさんの人に聴いてほしい。きっと家で聴けば本当に気持よくなり、きれいなメロディにうっとりするし、ライヴを見れば踊りに来た人にも、ロックしか聴かない人にも、とにかく新しい音を発見した感動と喜びを与えてくれる。そして音楽を聴きすぎちゃって疲れている人たちもハラカミの新たな発想にまた、新たなエネルギーを感じるに違いない。
文●イトウトモコ