相変わらずR&B人気が続いている日本の音楽シーン。 もはやブームの枠を超え、スタイルとして定着しつつあるのかもしれない。この追い風に乗って、海外のR&B系アーティストの新作も次々と、派手なキャッチフレーズとともに送り込まれている状況だが、ちょっと食傷気味の気がしないでもない。 そんな中、この状況に「待った」をかけるべく、圧倒的なポテンシャルを持った歌姫が現われた。 彼女の名はメアリー・グリフィン。 新人だけど、間違いなく“本物”だ。その歌唱力は凡百の“ディーヴァ”が真っ青の素晴らしさ。すでに風格すら漂っている。 3月1日、自身が難産だったと振り返る、彼女のデビュー・アルバム『ピューリファイド』がリリースされた。 「とてもとても長い時間がかかっちゃった。もう大変なことだらけでね(笑)。他の仕事をしながらレコーディングしてたし。と言うのも、レーベルとは契約してたけど、レコーディング中は報酬がなかったの。だから、契約のきっかけになったニューオーリンズのクラブでまだ歌ってたのよ。生活のためにね。それから、プロデューサーとの曲選びにも苦労したわ。ラジオでの受けが良さそうだから…みたいな理由で、安易に何でも歌いたいわけじゃなかったし、ちゃんと感情移入できるものを歌いたかったからね。でも、今はすごく満足。こうやってアーティストらしく扱ってもらえて、報われた気持ちよ(笑)」 メアリーの音楽的ルーツは、ゴスペルだ。 宗教伝道師だった父親の影響で、物心ついた時には、ごく当たり前のようにゴスペルに囲まれた生活をしていたのだとか。そして、3歳の時からすでに教会で歌っていたと言う。 「初めて歌った時のことを憶えてるわ。いつも父にくっついて教会に行ってたんだけど、ある日、教会で催しをやった時に、歌うはずの人が来てなかったの。でね、母がその人を探しに行ってる間に、私、勝手に壇上に上がって歌っちゃったのよ(笑)。そしたら父が喜んでね。私を自慢げに抱き上げてくれたわ。それ以来、ずっと歌い続けてることになるわね。自分にとっての生きる道は、歌以外には考えられなかったわ」 '98年に映画「54」にエイミー・スチュワート役で出演、エイミーの往年の大ヒット曲「ノック・オン・ウッド」を歌って脚光を浴び、さらに2000年、映画「コヨーテ・アグリー」のサウンドトラックに収録された「ウイ・キャン・ゲット・ゼア」(今作にも収録)が評判となって、本格デビューへの足場を固めたメアリー。 文字通り満を持してのリリースなだけに、このアルバムにかける期待や野心は大きいはず、と思ったのだが……。 「私は、とにかく歌が好きだからこの仕事をやってるし、またそうあるべきだと思うの。成功しようとか、ブレイクしてやるとか、そんなふうに力んでると、がっかりさせられることもあるだろうし、どんどん世の中に対してひねた目を持ってしまうと思うのよ。これまでにそういう人をいっぱい見てきたわ。自分はそうなってしまいたくない。だから、そういう意識は持たないことにしてるの。もちろん最良の結果を祈ってはいるんだけど、ブレイクしなくても失敗したとは思わないし、それで歌をあきらめてしまったりはしないわ」 目標とするアーティストも、グラディス・ナイトにサラ・ヴォーン、アレサ・フランクリンなど、一世代前の本格派ばかり。 「歌を歌うことが心底好きで、それをずっとずっと続けてる人を尊敬しているの。アレサはたくさん稼いだけど、彼女がステージで歌ってる時は、自分にとって最高に幸せなことをしてるんだなってことが伝わってくるわ。わかるでしょ?」 コマーシャリズムが蔓延するこの時代にあっての、この純粋さ。それは決してきれいごとや理想論なんかではなく、歌一筋に人生の上り下りを経験してきたというメアリーが辿り着いた境地なのだ。なんだか、心洗われる思いがした。 「たいていは下りだったんだけどね(笑)。でも、それを乗り越えたら、ちゃんと神様がここへ連れてきてくれたのよ」 神に続いて、メアリーの口から、自分の周りの人たちへの感謝の言葉が溢れ出る。 「名前も顔もさほど知られてない私のために、みんな一生懸命になってくれて…。私は、自分を支えてくれてるすべての人を本当にリスペクトしてるし、私がここまでこれたのはその人たちのおかげだし……、心からありがとうと言いたい……」 そう語るメアリーの頬を、一筋の涙が流れ落ちた。彼女の歌が聴く者の胸を打つ理由が、少しだけわかったような気がした。美しく壮大なバラードに、天に届くような歓びに満ちたアップ・チューンに、女性として、人間としてのメアリー・グリフィンが透けて見える。 それが今作『ピューリファイド』(浄化の意)なのだ。 歌は祈りであり、ソウルであり、愛であることを、何の衒いもなく声のみで教えてくれる彼女こそ、今のシーンから失われつつあるものを取り戻せる稀有なシンガーだ。 そしてそんなシンガーの登場を誰より願っていたのは、メアリー・グリフィン本人であった。 「誰かが今の悪い連鎖反応を止めないといけないと思うの。本物の歌い手がいた時代に戻ってほしい。歌を聴きに来たのに、派手なだけで歌じゃないとか、踊ってるだけでほとんど歌ってないとか、口パクがまかり通るとかじゃなくて、歌そのものがちゃんと聴ける環境になってほしいのよ。お金を出して聴きに行くだけの値打ちがある本物のシンガー、本物の音楽がある時代にね」 |