映画「The Beach」の予告編を見たことのある人なら、VASTの音楽を聞いたことになるだろう。Leonardo DiCaprioがパニックになって「僕は今日死なない!」と叫ぶシーンに流れていた緊迫感のある音楽が、彼らの曲「Touched」である。「Touched」は最終的に映画のサウンドトラックには収録されなかったが、この露出がVASTの'98年のデビュー作『Visual Audio Sensory Theater』に再び目を向けさせたのだった。 「あの曲は僕たちを単なる一次元的なアンダーグラウンドのゴシック/インダストリアル系バンドだと思っていた人たちを驚かせたと思う。だって、そういうカテゴリーに収まる音楽じゃなかったからね」と語るのはVASTのシンガーであり、クリエイティヴな中心人物である24歳のJon Crosbyである。ヨーロッパで陶酔する観客を前に演奏する仕事から戻ったばかりのCrosbyは、米国ツアーの2日目の夜を過ごすメンフィスから電話インタヴューに応えてくれた。彼はVASTの野心的なセカンドアルバム『Music For People』を引っ提げて、文字どおりアメリカ国民の前に凱旋することに興奮している様子である。 Jon Crosbyは北カリフォルニアの田舎でシングルマザーによって育てられ、13歳でギターの天才と呼ばれ、17歳でソロプロジェクトとしてVASTを始動させている。激しい入札競争の末に'97年にElektraと契約し、翌春『Visual Audio Sensory Theater』を録音、リリースしたのだった。その暗く複雑な音楽の旅は、まるでMoody Blues主催のパーティでNine Inch NailsとEnigmaが出会ったら何が起こるかを再現したようなサウンドだった。このアルバムはCrosbyの過去を振り返る痛切な回想であり、彼がティーンエイジャーとして体験した社会からの追放(「Dirty Hole」の最初のヴァース)や、悲しげな「Nile's Edge」で表現されている親の放棄に対する感情をテーマとしている。 『Music For People』は1stとはまったく違った作品である。曲は大胆に折衷的なものだが、より伝統的な構造に従っており、デビュー盤に聞かれた歌詞の激しさも和らいでいる。Crosbyによるとこうした方向性の変化は、単純に彼自身が成長したことと大きく関係しているという。「歳をとれば利己的な面は少なくなる。世界は自分だけを中心に回っているのではなく、他の人たちのためにも回っているように思えるのさ」しばらく考え込んだ後、彼は続けた。「このレコードには、ある種の真実というか、人間らしさが現われているんだ」 タイトルにほのめかされている汎用性と同調するように、『Music For People』では特定ジャンルへの志向を回避している。Crosbyは論理的に説明する。 「みんながちょっとでもジャンルから離れれば、音楽産業も大いに助かることだろう。'60年代には音楽が人々を一体にしてくれた。違うタイプの人々が同じ音楽を好むというのはクールなことだったのさ。それが今じゃ本当なら友達になれるはずの人たちが、聞いている音楽のタイプが違うばっかりにそうはならないんだ。ジャンル分けがすごくタイトで、分断化が進んでいる。ちょっとトゥーマッチな状況だね」 『Music For People』にはツアー用のリズムセクションであるドラムスのSteve ClarkとベースのThomas Froggatが再結集(現在ふたりはVASTの正式メンバーである)したほか、ギタリストのRowan Robertsonをフィーチャーしている。Crosbyはレコードの共同プロデュースを担当したが、最終的なミキシングはAlan Moulderが手掛けた。 「今回のレコード制作はずっと社交的なもので楽しかったよ。メンバーは打てば響く連中だから、基本的に僕は自分のやりたいことを話して、彼らが自分たちのフィルターを通して演奏するという形だった」 セッションのハイライトはCrosbyがインドに旅行して行なったNew Bombay Recording Orchestraとの共同作業で、アルバムの12トラックのうち8曲で登場している。ほとんどいたるところに顔を出すオーケストラによる音の広がりと、「Gates Of Rock & Roll」やファーストシングルの「Free」のようなアリーナにふさわしい大仰な賛歌によって、『Music For People』はゴシック/インダストリアルの境界線をプログレッシヴロックのリヴァイヴァルという禁じられた領域へと押し広げようとしている。さらに視覚的に豊かな歌詞は、リスナーの想像力の拡大を助長するだろう。 「僕はアタマがぶっとんでいることが多かったからね。もっと地に足をつけるようにしなければと努めたのさ」とCrosbyは笑って言う。アルバムの最初の2曲「The Last One Alive」と「Free」は、テーマ的にはほとんどつながっていると言えるだろう。彼の説明によればこうだ。 「2曲とも仲間につきまとう惨めさから逃げ出すことを歌っている。“The Last One Alive”は怒りを産み出す疎外感についての曲だし、“Free”は“自分が今持っているよりも多くの何かを望んでいる”ことに関する曲なんだ。でも、こうした歌は僕の感情を表現しているだけだから、正確な意味を伝えるのは難しいよ。実際に感じている状態よりも、感じたいと思っている状態について歌ってしまうこともあるからね」 『Music For People』があらゆるジャンルの分断化を打ち破るのか、あるいは市場性の有無とかクールであることの判断についての一般的なコンセプトを変えることができるかどうかに関わらず、Crosbyはライヴのオーディエンスから得られるリアクションを認識している。それらはVASTが“大きな成功を収め始めている”ことを示唆しているという。 「僕たちは確実にリスナーとつながっている。素晴らしいことだよ。ファンがどこからやってくるのかわからなかったら、とても恐ろしくて混乱していただろう。だけど成長するにつれて、多くのバンドが経験してきたのと同じことを感じるようになった。おそらくバンドにとって最もエキサイティングな時期の1つが到来することになるだろう」 彼は結論づけるように語る。「僕たちはアンダーグラウンドから浮上して、もっとメインストリームのオーディエンスへと向かう大きな転換期にあるんだ。本当にエキサイトしてるよ」 |