新たな領域に踏み込んだ“熱い夜明け”

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新たな領域に踏み込んだ
“熱い夜明け”

“ヴォーカリスト以上のソロ領域”…もしもそんな領域があるとしたら、吉川晃司はずっとそこに向かってマルチな活動をしてきた。

ここ数年はコンピュータによる音楽制作を高純度に突き詰め、“自らの音の中で歌う”ところにまで達したのが'99年にリリースした『HOT ROD』だった。あのアルバムでは、吉川晃司が持っている音楽的志向性が彼の身体的バネのように滑らかに音になっていた。ハードディスク・レコーディングという“自力度の高い”アイテムを、ある意味で使い倒すくらいに我が物にし、音作りにおいて例えば、わざとチープさを出すとか、わざとこってり感を出すのがうまくなったのである。

吉川自身も昨年、自分の作業を客観的にこう把握していた。

俺がハードディスクに打ち込みをして、楽器もトライして、かつフィジカルな部分のヴォーカルもやるっていうのはね、突き詰めるところ、基本的に自分ひとりの身体でどこまで出来るんだろうかって部分を限界まで試そうと思ってるからですよね。それに、そうなればもっといろんな遊びが出来るんだと思ってる

“いろいろな遊び”。この言葉を正しく反映させる年の始まりとして、2000年は位置づけられるべきだろう。今年は長年出ていなかった映画にも出演し、今回のライヴハウス・ツアーもしかりである。タイトルが「HOT ROD MAN RETURNS」なので、昨年行なったアルバムに連動するツアーの再構築ヴァージョンかと思ったが、内容面は全く違った。

5月14日、赤坂ブリッツの1階最後方の壁際に立ち、プレイされる楽曲に、驚き6割、懐かしさ4割という配分で耳を傾けていた。本人いわく何て言うか“Bサイドストーリー”みたいなものだったセットリストは、COMPLEX時代を含みここ最近のライヴでは聴くことのできなかったナンバーばかりで構成されていた。

それに加え、シーケンスを取り払った、まさに血流のような温度とスピードをさらすサウンドは、吉川の運動&音楽神経を覚醒させていく。中盤のエイトビート、あるいは「星の降る夜に」の2本のギター(吉川=エレクトリック、原田暄太=アコースティック)の絡み合いはヴォーカリスト以上のソロ領域を明らかに表していた。その場で演ることを決めた「Gimme a Break」、そして「IMAGINE HEROES」からの畳みかけるパートは、楽曲のセレクトもさることながら、その演奏熱量は吉川とバンドとオーディエンスを解き放っていった。アンコールラストに演った「Boyユs Life」の雄々しさに、彼が前傾姿勢で突入しようとしている新しい領域・活動の欠片を感じた、言わば“熱い夜明け”のようなステージだったと断言する。

文●音楽文化ライター/佐伯明

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