【インタビュー】中島卓偉、独立第二弾アルバム『JAGUAR』に25年の気高さ「精一杯もがいて模索して、その姿を裸一貫で見せていく」

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中島卓偉からニューアルバム『JAGUAR』が届けられた。独立第一弾アルバム『BIG SUNSHINE』から2年ぶりとなる本作には珠玉のバラード「JUST SAY I LOVE YOU」、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)が参加した「って言いながら」、さらに「アドレナリン・ダメ」(つばきファクトリー)や「悔しいわ」(アンジュルム )といった提供曲のセルフカバーなど、配信シングルを含む15曲(2枚組のレコード盤は「今がその時」を加えた16曲)が収録される。

◆中島卓偉 動画 / 画像

UKロック、パンク、ソウルなどのルーツミュージックを感じさせるバンドサウンド、“やりたいことをやる”という自らの意思を強く反映させた歌詞を含め、現在のアーティスト性がダイレクトに発揮された仕上がりだ。

中島卓偉は2024年12月22日には東京・Zepp Shinjukuで提供曲のセルフカバーとTAKUI名義の楽曲によるデビュー25周年記念ライブ<TAKUI NAKAJIMA 25th ANNIVERSARY FINAL 謝恩祭 LIVE 2024.12.22 Zepp Shinjuku (TOKYO) 提供曲 BEST & TAKUI THE BEST 〜神曲のセットリスト〜>を開催する。独立を経て、創造性が爆発している中島卓偉にアルバム『JAGUAR』について語ってもらった。


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■この言葉じゃないといけない
■この人を信じてよかったという活動を続けたい


──25周年ツアー(<TAKUI NAKAJIMA 25th ANNIVERSARY VOLUME. 4 REVENGE OF DOUBLE DECADES & TAKUI SONGS ONLY TAKUI THE BEST TOUR>)の真っ最中の取材、ありがとうございます。

卓偉:いえいえ、もうツアーも終盤なので。何でも聞いてください。

──独立第一弾アルバム『BIG SUNSHINE』リリースから約2年が経ちましたが、この2年はどんな期間でしたか?

卓偉:まだ手探りの部分もありましたね、正直。2022年3月に事務所を辞めて、その8ヶ月後くらいに『BIG SUNSHINE』を出して。ライブやレコーディングのやり方はもちろんわかってるんですけど、ビジネスとして考えなくちゃいけないこともあるし、これまでとは違った仕事もありますからね。ただ、音楽に関して悩むことは一切ないんですよ。“なぜ独立したか?”という理由にもつながるんですけど、“自分の好きな音楽を作りたい、レコーディングしたい”というのが大前提だったので。

──逆に言うと、やりたいことが思うようにやれなかった時期が長かったわけですよね。

卓偉:そのストレスはありました。たとえばシングルを決めるときも自分が推したい曲にならなかったり、そういうことがいろいろとあって。今はすべて自分で決めているし、音楽をやること、ステージに立つことに関しては、今までで一番風通しがいいです。そのほかにグッズを作ったり、ファンクラブを管理したり、そういう仕事があるってことですね。誰かに頼んでるわけではなくて、全部自分でやってるんですよ。会報の発注もラベル貼りも自分だし、そういう作業に時間を取られるのは大変ですよね。ファンにとっては“卓偉がそんなこともやってるの?”ってことかもしれないけど。

──そうですよね(笑)。ニューアルバム『JAGUAR』にも、中島さんの価値観、美意識、やりたいことがダイレクトに出ていて。めちゃくちゃ楽しませてもらいました。

卓偉:ありがとうございます! たくさん曲を入れちゃったんで、ちょっと長いんですけどね(笑)。なかなか思い通りにやれなかった20代の反動というか、“好きにやれるようになった”というのが曲数(15曲収録 ※レコード盤は16曲)に現れているのかなと。


──歌詞も直接的ですよね。やりたいことをやる、後悔しないように生きるという思いが全編に流れていて。

卓偉:曲もそうなんですけど、歌詞に対するプライドがあるんですよ。事務所に所属していた頃はプロデューサーやディレクターに歌詞の書き直しを指示されることもあったし、それが良ければいいんだけど、自分の場合は納得できないことも多くて。今はそうじゃないし、40代半ばになって、歌いたいことが明確になってるんです。“こういうことを歌いたい” “この言葉じゃないといけない”というのもハッキリしてきて、それをパズルのピースみたいにハメていって。一番時間をかけているのは歌詞だし、歌詞の大切さは若いときよりも強く感じています。

──なるほど。

卓偉:自分は父親でもあって、子供が2人いるんですけど、上の子は来年中学生なんですよ。この格好で授業参観にも行くし、当然「おまえの父ちゃんってさあ」みたいな話にもなると思うんですけど、その子たちが自分の音楽を聴いたときに、“いいこと歌ってるな”って感じてほしいんですよね。今はわからなくても、もっと年齢を重ねたときに“あいつの父ちゃん、説得力のある音楽をやってたんだな”と思ってもらいたくて。“男として”という言い方は古いかもしれないけど、ちゃんとした音楽、中身のある音楽をやっていきたいという気持ちはさらに強くなってますね。

──お子さんとか、お子さんの友達に“いい音楽”と思ってほしいって、素晴らしいモチベーションじゃないですか。

卓偉:25年やっていると、ファンの方も結婚したり、子供が生まれることが増えて。子供を抱っこしてライブに来たり、インストアイベントに家族連れで来てくれたり、こっちが感動するような場面を見せてもらってるんですよね。それはつまり、子供にも聴かせてるわけじゃないですか。お子さんたちにも“いい音楽” “いい歌詞”って思ってほしいし、そういう責任を持たないといけないなと。“この人を信じてよかった” “この人を応援して正解だった”という活動を続けたいと思ってますね、音源、メッセージを含めて。

──すごく大事だと思います。こんなこと言うとアレですけど、キャリアを重ねるなかで“残念な感じになってしまったな”というアーティストもいたりするので……。

卓偉:いろんな形でありますね、そういうことは。一方では、“変化し続けて、ずっとカッコいい”という人もいるじゃないですか。デヴィッド・ボウイはその極みだと思うけど、そういう人になりたいという気持ちもあるんですよ。カッコ付けるとかキザになるってことではなくて、精一杯もがいて、模索して、その姿を裸一貫で見せていくことが大事なのかなと。かなり泥臭いですけど、そういう活動をしたほうが伝わるのかなと思ってますね。


──ロックミュージシャンのイメージ自体も変化している気がしますが、そのあたりはどう思いますか?

卓偉:変わってきてるでしょうね。たとえば鮎川誠さんが'69年製のギブソン・レスポールを弾き続けたように、“俺はこれでいく”みたいな人が少ないんじゃないかな。僕はオールドのギターや車、古着が好きで。自分がロックスターになりたいというより、ロックスターたちが見せてくれたものが好きだし、それが古いか新しいかは抜きにして、カッコいいと思うから身にまといたい。その感覚をずっと持ち続けたいんですよ。たとえばスティーブン・タイラーは、彼にしか似合わないファッションと髪型、パフォーマンスを続けてきた。声帯が回復しなくてツアー引退を発表したけど、拍手を送りたいですね。

──確かにロックシンガーは、自分のスタイルを持つことがすごく重要ですよね。

卓偉:そのほうが普遍性につながると思うんですよ。そのときの流行を取り入れたとしても、その瞬間は支持されるかもしれないけど、アーティストとしてはどんどん枝分かれしてしまうんじゃないかなと。僕が憧れてきたZIGGYの森重樹一さんは枝を切って、どんどん自分の幹を太くしてきた人だと思っていて。そういう生き方が自分には合ってると思うんですよね。もちろん“これは完全に時代遅れだろう”というものはやらないですけど、好きなものを貫くは大事なので。僕、中学生の頃からドクターマーチン(ブーツブランド)が好きなんですよ(笑)。

──ロックといえば、ドクターマーチン。

卓偉:そうそう(笑)。ザ・フーのピート・タウンゼントやザ・クラッシュのメンバーが履いているのを見て、“めちゃくちゃカッコいいな”と憧れて。3〜4足くらいを直しながら履いてるんですけど、渋谷とか歩いていると、10代の若い子も履いてるでしょ? どうやって継承されたのかはわからないけど、ああいう光景を見てると嬉しくなるんです。重いし、編み上げブーツだから脱ぐのも面倒くさいし、大変なんですけどね(笑)。これは僕の持論ですけど、ドクターマーチンを履いてる人に悪い人はいません。

──ははは。

卓偉:高円寺に住んでたときなんて、みんな履いてましたから。パンクもメタルもヴィジュアル系もドクターマーチン。そういう普遍性を得たいんですよね、自分の音楽も。ロックンロールもそうじゃないですか。メタルの人もパンクの人もスーツを着てソウルをやってる人もロックンロールできる。それはすごいことだなって。

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