吉澤嘉代子、デビュー10周年を記念した単独公演を開催
吉澤嘉代子が、メジャーデビュー日となる5月14日(火)に東京・LINE CUBE SHIBUYAにて<吉澤嘉代子10周年記念公演 まだまだ魔女修行中。>を開催。幼少期に魔女に憧れ修行に励んでいた彼女は、ほうきをギターに持ち替えて、数々の楽曲をつくり続けてきた。その集大成となる本公演では、デビューミニアルバム『変身少女』(2014年)から最新EP『六花』(2024年3月)までさまざまな時期の楽曲を盛り込んだ21曲をパフォーマンス。代表曲やライブ人気曲など、メモリアルな夜に相応しいセットリストで魅了した公演の模様をレポートする。
活動初期は寸劇を交えるなどストーリー性のあるパフォーマンスが特徴的だったが、近年は多彩なアプローチのライブを展開している吉澤。今回は物語性のある楽曲をセレクトしたこともあり、原点回帰的なコンセプチュアルな一夜となった。会場に足を踏み入れると雷鳴が響き渡っていて、開演前から不穏な空気が漂う。観客を異世界へと引き込むような没入感のある演出だ。
今回のバンドメンバーは、ゴンドウトモヒコ(Bandmaster, Horns, Sequence)、伊澤一葉(Key)、弓木英梨乃(Gt)、伊賀航(Ba)、伊藤大地(Dr)、武嶋聡(Sax, Flute, Clarinet)、美央(Violin)という、過去にも吉澤のライブをサポートした盤石の布陣。7人が定位置につくと暗転し、メンバーが奏でる混沌としたサウンドが妖しさを増長。そんな中、吉澤による朗読が聞こえてきた。
「あるところに、本ばかり読んでいる子供がいました。朝も昼も夜も、食事中も、お風呂に入っていても、子供はずっと本に夢中です。本を開いているひと時は、自分ではない、誰かの人生を生きていました。ある日、子供は魔女にさらわれる夢を見ました。とても恐ろしい魔女でしたが、あのままさらわれていたら、わたしも魔女になれたのかもしれない――と、魔女修行をはじめたのでした。魔女になったらいろんな主人公に変身できると、夢を見ていたのです」
そして、白いベールとドレスを身に纏った吉澤が登場し、神秘的な出で立ちで観客の目を奪う。美央のバイオリンが緊張感を煽ると、「ユートピア」でライブがスタート。弓木の情熱的なギターソロや伊藤の生命力溢れるドラムをはじめダイナミックな演奏に乗せ、エレキギターをかき鳴らして歌う吉澤。冒頭から息を呑むパフォーマンスを行い、大きな拍手が起こった。
続いてベールを脱ぎ、ステージをくるくると舞いながら「怪盗メタモルフォーゼ」を歌唱。スカートをふわりと揺らして艶やかに踊る吉澤は、曲の主人公である“怪盗に変身した異国の町娘”そのものだ。2曲歌い終えると、再び朗読が始まる。「子供がふたり、ささやきあっているのが聞こえますか? どうやら大人になると、あの声は聞こえなくなってしまうらしいのです。私たちにはまだ微かに聴こえているようです。耳をすませて…」
するとステージ上の黒電話にスポットライトが当たり、電話が鳴って「えらばれし子供たちの密話」へ。観客のクラップやバンドが生み出すグルーヴと融和しながら、声色を巧みに操り歌う吉澤。「オートバイ」では、ゴンドウと武嶋によるホーンや美央のストリングスが楽曲を壮麗に仕立てる。「グミ」では吉澤と弓木に加え、伊澤もエレキギターを演奏。主人公の不気味さが見え隠れする歌詞を、絢爛なサウンドが引き立てていた。
次の3曲では、ダークな雰囲気はそのままに、圧巻のパフォーマンスで客席をヒートアップさせる。吉澤がアコースティックギターをかき鳴らしながら鬼気迫る歌を轟かせた「シーラカンス通り」を経て、間髪を入れずに「薄暗いシーラカンス通りを抜け、わたくしはタクシーに乗りました」と朗読がスタート。タクシー運転手に扮した伊澤の「貴方を地獄へお連れしましょう…」という一言から、ライブ定番曲「地獄タクシー」へ。伊賀が奏でるコントラバスや武嶋のサックスのヒリついた音色が狂気を煽り、迫力のあるパフォーマンスに歓声が上がる。「麻婆」ではファンキーなアンサンブルに乗せて吉澤がキレのあるラップで魅了。観客も立ち上がり、麻婆コールで客席とステージが一体となった。
「ぶらんこ乗り」では吉澤が椅子に座り、情感あふれるサウンドに乗せてやさしく切なく歌い上げる。本を手にすると、物語を朗読してから「人魚」へ。人間に恋をして、想い人の心だけでなく命までも欲してしまう主人公。痛ましい愛情が歌を通して胸に迫るようだ。続いて、翼をもがれた天使との命がけの恋を描いた「ルシファー」を披露し、会場は幻想的な空気に包まれた。
妖しさをはらんだ序盤とは対照的に、中盤では温かくファンシーな楽曲を届けていく。バンドメンバーが演奏を始めると、吉澤が舞台袖へ。爽やかなサウンドが響く中、バカリズムの小説ブログ『架空OL日記』の一節を朗読する声が聞こえてくる。朗読後、衣装チェンジをしてステッキを手にした吉澤が登場。実写版『架空OL日記』主題歌の「月曜日戦争」をパフォーマンスし、客席に向けて無邪気な笑顔を見せた。
さらに、弓木と「洋梨」をデュエット。振り付けと寸劇を交え、ふたりは楽しそうに掛け合う。「ギャルになりたい」ではメンバー全員で光るハート型の眼鏡を装着。コール&レスポンスや振り付けで盛り上げただけでなく、吉澤がステージから降り、観客から借りたペンライトを持って客席を歩き回る場面もあった。
ゲームの中で恋をするという一編の物語を朗読した吉澤は、伊澤のピアノと共に「ニュー香港」をしっとりと歌い上げる。そのままロングヒット曲「残ってる」へ。ファルセットを駆使した歌声が情緒たっぷりに響き、ホーンやストリングスが楽曲の情景を鮮明に描き出していた。
ここまでは“変身”をテーマにストーリー性のある曲を展開していたが、終盤では“社会とのつながり”がモチーフとなった楽曲を披露。ライブは佳境を迎える。
「東京絶景」は、妄想の世界から飛び出して社会に触れるさまを切り取った楽曲。吉澤が弾き語りしながら歌い始めると、そこにバンドメンバーの音が少しずつ重なっていく。故郷の埼玉県川口市でひとり歌をつくり始めた少女が、東京に出て数々の出会いを重ね、ファンやミュージシャン仲間、スタッフといった味方を増やしていく…次第に厚くなるバンドサウンドは、吉澤の10年の歩みを表しているようだった。続く「みどりの月」は、19歳の頃に初めて社会に触れた衝撃を歌にしたもの。社会の荒波にさらされ傷を負っても、うつくしい音楽を書き続けるという信念が、力強い歌声から感じられた。
「あるところに、本ばかり読んでいる子供がいました」――冒頭と同じ一節を再び読み上げながら、吉澤は感極まり声を詰まらせる。魔女に憧れ、いろんな楽曲の主人公に変身して“自分ではない人生”を歌い続けてきた10年。そんな彼女の魔法に魅せられて会場に集った大勢の観客を前に、本編の最後に歌ったのは「ストッキング」だ。音楽を生業にする決意が込められた真っ直ぐな歌が大きな感動をもたらした。
MCなしのノンストップで本編を駆け抜けた吉澤は、アンコールで「ご挨拶が遅くなりました。吉澤嘉代子と申します。今日はデビュー10周年記念公演“まだまだ魔女修行中。”に起こしくださり、ありがとうございます」「もう胸がいっぱいです」と述べた。さらに「私の人生のテーマソングのひとつをお届けしたいと思います」と、社会に触れた際の自身の気持ちを書いた「ひょうひょう」を朗らかに歌唱。「その道で一番好きなミュージシャンのみなさんをご紹介します」と楽器隊を紹介し、舞台袖にはけるメンバーを見送った。
ステージに残った吉澤は「今日は、子供の頃からたくさん助けられていた“物語”がある歌を選びました」と語る。自身が小説に救われたように、彼女も歌で物語を紡ぐことで、聴き手が時に逃げたり時に浸ったりできる“つくりもの”を届けたい、そんな想いで創作を続けてきたという。そして歌の受取人であるファンに向けて「この10年ずっと変わらず、飽きることなく愛してくださってありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えた。
「10年前の23歳で初めてワンマンライブをして、そのときのために作った曲を最後に歌います」と、2013年に実施した《吉澤嘉代子 ファーストワンマンショウ~夢で逢えたってしょうがないでSHOW~》でもラストに歌った「23歳」を披露。吉澤が弾くアコースティックギターに合わせて自然とクラップが起こり、会場は温かくやさしい空気に。最後に吉澤は「これからもよろしくね!」と観客に向かって手を振り、ステージをあとにした。
色とりどりの物語が詰め込まれつつも、すべてがシームレスに繋がっていた本公演。吉澤が生み出す音楽は聴き手を物語の主人公にしてくれて、心を救ってくれるのだと改めて実感した。そんな魔法にかけられた観客の心には、幸福な余韻が残ったはずだ。この魔法はいずれとけてしまうかもしれないが、そのときはまた彼女の曲を聴き、コンサートに足を運べばいい。10周年のアニバーサリーイヤーは始まったばかりで、吉澤嘉代子の歩みはこれから何十年と続くのだから。
なお、本公演の模様は2024年7月25日(木)23:00よりスペースシャワーTVでオンエア。8月には初のライブ音源の発売が、秋にはアコースティックツアーの開催が控えており、今後も吉澤嘉代子の動向から目が離せない。
文:神保未来
写真:山川哲矢
吉澤嘉代子は、8月7日(水)にライブアルバム『若草六花』をVICTOR ONLINE STORE限定で発売することが決定。今年開催された全国ツアー<吉澤嘉代子 Live House Tour“若草”>のSpotify O-EAST公演、<吉澤嘉代子 Hall Tour “六花”>のLINE CUBE SHIBUYA公演より、EP『若草』『六花』の楽曲を収録したライブアルバムとなっている。
そして、秋からは全国ツアーが開催されることも発表となった。こちらはアコースティック編成でのライブとなる。それぞれ詳細は追って発表となる。
セットリスト
2024年5月14日(火)
会場:LINE CUBE SHIBUYA
M1.ユートピア
M2.怪盗メタモルフォーゼ
M3.えらばれし子供たちの密話
M4.オートバイ
M5.グミ
M6.シーラカンス通り
M7.地獄タクシー
M8.麻婆
M9.ぶらんこ乗り
M10.人魚
M11.ルシファー
M12.月曜日戦争
M13.洋梨
M14.ギャルになりたい
M15.ニュー香港
M16.残ってる
M17.東京絶景
M18.みどりの月
M19.ストッキング
En1.ひょうひょう
En2.23歳
リリース情報
発売日:2024年8月7日(水)
※VICTOR ONLINE STORE限定発売
2024年1月18日Spotify O-EAST(吉澤嘉代子 Live House Tour "若草")
2024年4月21日LINE CUBE SHIBUYA(吉澤嘉代子 Hall Tour “六花”)
上記公演から、EP『若草』『六花』の楽曲が収録されたライブアルバム。
ライブ・イベント情報
開催時期:2024年10月〜11月
※詳細は6月上旬に発表となります