【ライブレポート】イ・スンユン、初の日本公演。K-POPの王道ではない“ロック”を切り開く
韓国のシンガーソングライター、イ・スンユンが、デビュー後初の日本単独公演<2023 LEE SEUNG YONG CONCERT「DOCKING 」IN TOKYO>を東京・Zepp Hanedaで開催した。
◆ライブ写真
数年前までは、たった数人の観客の前で歌う無名のミュージシャンだった。だが、そこから自らを奮い立たせ、2020年に韓国で4カ月に渡って行われたテレビの復活オーディション番組『シングアゲイン』にラストチャンスをかけて出演すると、圧倒的な投票数で1位を獲得。初代優勝者となり、一躍スポットラインを浴びる存在となったのがこのイ・スンユンだ。
音楽の活動拠点はアンダーグラウンドからメジャーフィールドへと一気に飛躍。2023年には待望の2ndフルアルバム『Shelter Of Dreams』をひっさげて、韓国内をめぐる初の大規模ツアー<2023 LEE SEUNG YOON全国ツアーコンサート『DOCKING』>を実施すると、チケットは見事完売。これを受けて、追加公演をソウルで開催すると、こちらも瞬く間にソールドアウト。韓国では「イ・スンユンのコンサートを観ていない人はいても、1回しか観てない人はいない」という言葉が流行るほど、圧倒的ライブリピーター率を誇る彼が、春に大成功を納めた台湾公演に続いて、今回日本に上陸した。
日本では一夜限りとなるイ・スンユン初来日公演。会場となったZepp Hanedaには国内はもちろん、韓国を中心にアジア各国から多くのファンが集結。開演前、場内には本人の曲が流れ、それに合わせてオーディエンスがペンライトを振りなが合唱を続ける光景はK-POPのコンサートとなんら変わらない。そのBGMが止まり、まずはバンドメンバーがステージに登場。今回コーラスはいなかったものの、リズム隊とキーボード、上手に2人、下手に1人を配したギタリストはなんと3人。全員、韓国から本公演のために連れてきたメンバーたちだ。
そうして、最後にファンの大歓声に包まれながらイ・スンユンが姿を現すと、ライブは2ndフルアルバム収録曲「Wild Horse」で幕開け。イ・スンユンはステージ中央で、ギタリストが使うブームタイプのマイクスタンドを使い、腰を屈めてロックシンガーのようなフォームで歌う。彼の音楽は、K-POPの王道とは圧倒的にかけ離れた、ブリティッシュロックの影響を感じさせるギターサウンドがベースになっている。韓国では極めて異色といえる彼の音楽を、お客さんたちは従来のK-POPと同じように、ペンラを振りながら楽しんでいる姿にまずは衝撃を受ける。お国柄バンドミュージック、ロックミュージックがあまりウケない本国では、アンダーグラウンドでやるしかなかったこの手のサウンドを、こうしてメインストリームに押し上げた彼の功績はとてつもなくデカい。
ライブはさらにオアシスの影響を色濃く感じさせる「Hero Collectort」、イ・スンユンもギターを持ち、4本のギターで重厚な空気感を構築していく「Open Your Textbook」へと展開。ドラムはやや後ノリ。そのタイム感の上で、ゆっくり会場の空気をかみしめていくようなテンポで、熱量高めのプレイをフロアに浴びせかけていく彼ら。けれども、そんな洋楽的なバンドサウンドの奥には、アジア的な情感を感じさせる繊細に磨き上げられたメロディーがロジカルに忍ばせてあり、それを表情豊かに、力強く歌い上げるイ・スンユンの真っ直ぐな心からの叫び、想いが胸を打つのだ。ここが、彼が多くの人々を魅了した要因だろう。
しかも、ステージに立つイ・スンユンに目を向けると、彼はド派手な衣装を着ている訳ではない。スター性たっぷりのキラキラ眩しい笑顔で過剰なファンサービスを繰り返すでもなく、カリスマ性を放つ訳でもない。「こんにちは。初めてお会いできて嬉しいです」と日本語で挨拶をしたあと「いまのはカンペに書いてあるものを読んだだけです」と韓国語でバラしてしまうような、彼の素朴でお茶目で親しみやすい人間性、存在感も功を奏したのだろう。
イントロでハンドクラップが巻き起こった「Some Some Some」からライブはきなりアクティブモードへとシフト。2番からイ・スンユンはステージからフロアに伸びた花道を駆け出し、観客はリズムに合わせて2階席の観客までジャンプを繰り返す。イ・スンユンのアコギをフィーチャーした「Mr.Obscurity from Earth」では間奏、アウトロでギターソロが始まると、オーディエンスが歓声をあげながら盛り上がるという外タレみたいなノリが場内に誕生。
ちょっと一呼吸置いて、気持ちを落ち着かせて始まった「Fake Dream」は、ささやくようなボーカルと夜が忍び寄るような照明でダークな楽曲を表現。その闇を吹き飛ばすようにトリプルギターがリフを重ね、始まった「Gainism」は“バーン、バーン”とピストルを打つところを観客も一緒になって合唱。この曲で弾けまくったあとは、バンドのインストをはさんで、そのまま「Put it in the Clich」となだれこむ。この曲は会場一体となってイ・ユンユンにペンラを向けながら“サランヘヨ〜”と大合唱するところが見どころとなっていた。そんなK-POPライクなノリがライブの中に同居しているところも、じつにユニークで斬新。
音楽だけではなく、ライブも異色で新しい。このあと、メランコリックなピアノに導かれるように始まったバラード「Harder Than A Prayer」では、しっとりとした歌声のなかにオーディエンスを引き込んで浸らせていき、その後はブルージーでカントリー色の強い「The People of Historic Site」、U2的なスケール感を感じさせるドラマチックな「Even If Things Fall Apart」とタイプのまったく異なる楽曲を立て続けにパフォーマンスして、楽曲の幅広さをアピールしていった。
場内からわき上がる「かわいい」「最高!」「カッコいい」という声援に対して、韓国語でお礼を伝えたイ・スンユンは、今回の日本公演をどうすればいいのか、いろいろ考えていたと本音をポロリ。「でも、予想以上に楽しいです。素晴らしい」といって溌剌とした笑顔を浮かべた。そこから次に「Gibberish」が始まると、フロアはすぐさま熱狂。“タンタンタンタタッ”のクラップ、サビ前の“HEY!HEY!HEY!HEY!”のコールもばっちり決まったところに、イ・スンユンが熱量の高いファルセットを荒々しい歌唱でぶち込むと、「Shelter Of Dreams」ではそれに負けじとオーディエンスは曲の全編を歌い上げるかのような勢いで、一体感ある大合唱をステージに届ける。日本初公演でありながら、気がつけばすさまじい高揚感が場内に沸き立っている。これこそ、まさにステージとフロアのDOCKING。
「飛行機に乗ってきたのですが、ここは韓国なのかと思いました」といって笑顔を浮かべ、この日の熱狂的なDOCKINGぶりを讃えたイ・スンユン。ここからはライブも終盤戦。そうして、この絶妙なタイミングでお待ちかねの「Docking」投下というセットリストに、ファンはさらにヒートアップ。ここでは、軽快なギターロックと、ペンラをじょじょに下から上へと持ち上げていくという振りの組み合わせが、なんともいえない斬新な景色を生み出す。中毒性あるギターリフと清涼感あるバンドサウンドを調和させた「Unspoken」は、彼がオーディション優勝後、初めてリリースした記念すべき楽曲。曲中 “イロケ”のコール&レスポンスが場内に響き渡り、このあとリズム隊のソロをはさんで、「NARAGAZA」まで一気に駆け抜けた。
ここまで大いに盛り上がり、楽しんだライブ。それでもイ・スンユンは、さらなる高みまでDOCKINGしていこうとでもいうように「一緒に歌います」といって、次の曲のギターリフに合わせて入れる掛け声を自ら歌ってオーディエンスにレクチャー。フロアを前後に分け、入念に練習を重ねたあとに突入した「Pricey Hangover」は、観客がどこまでも息のあった歌唱を響かせると、曲の後半では、バンドの演奏、イ・スンユンのボーカルが果てしなく激しさを増していって昇天。最後は、ミディアムテンポの「Piece Together Scattered Dreams」をプレイして、気持ちを日常に戻して本編を締めた。
「アンコ、アンコ」という韓国式のアンコールに応え、アンコールは「Drink Up the Universe」で幕開け。「今日は来てくれてありがとう。気をつけておかえり下さい。またお会いしましょう。ありがとう。さようなら」という言葉を残し、バンドメンバーのソロから「Upon A Smile」をプレイして、イ・スンユン初の日本公演は大成功を納め、その幕を閉じた。
ソロの男性シンガーソングライターという肩書きで、K-POPシーンで自分のルーツとなるブリティッシュロックを武器に、新たな旋風をたった1人で巻き起こしているイ・スンユン。K-POPの王道からかけ離れた異色っぷり、サウンド感、熱量のこもったアクティングで「また観たい」という気持ちを観客の胸に刻みつけた日本公演となった。
取材・文◎東條祥恵
1st Full Album『Even If Things Fall Apart』
1 Docking
2 A Puff of Cloud
3 Open Your Textbook
4 Death Sentence
5 Even If Things Fall Apart
6 O Come, O Come, Comedy
7 Words Befitting One Who Loves Someone
8 A Vast Heart
9 Piece Together Scattered Dreams
2nd Full Album『Shelter Of Dreams』
1 Hero Collector
2 Unsubtitled
3 Some Some Some
4 Shelter Of Dreams
5 Poetic License
6 Summer In 1995
7 Wild Horse(feat. Ilwoo Lee、Ilwoo Lee From JAMBINAI、이일우 From 잠비나이)
8 Pricey Hangover
9 Upon A Smile
10 Harder Than A Prayer
11 A Sip Of Song
12 Nickname