【ライブレポート】眉村ちあき×大森靖子、かけがえのないふたりの表現者
アコースティックギターの弾き語り+PCから流すトラックに合わせて歌うのがライブの基本スタイルである眉村ちあき(以下、ちちゃん)だが、一昨年の9月に行われた中野サンプラザ公演で兼松衆(Key)、越智俊介(Ba/Shunské G & The Peas/CRCK/LCKS)、小西遼(Sax/CRCK/LCKS)、吉田雄介(Dr/tricot)、qurosawa(Gt/POLLYANNA)と共にステージに立ち、昨年10月のLINE CUBE SHIBUYA公演でも同編成でのライブを開催。そして、先日行われたツアー<眉村ちあきの音楽隊 -Episode 3- “列島を立ち昇る 一角獣の誘い”>も、バンド編成でのライブだった。スペシャルゲストに超歌手・大森靖子を迎えた4月28日のツアーファイナル、EX THEATER ROPPONGI公演の模様をレポートする。
散歩の途中のような足取りでステージ袖から現われたちちゃん。「オープニングアクトをさせてもらおうかなと思っちゃってるんですけど、いいですか? 大森靖子さんのあの曲をアレンジしてみたんで」と言い、PCを開いて押した再生ボタン。独自のアレンジを施したトラックで歌ったのは、大森の曲「絶対彼女」だった。涼やかなシンセサイザーの音、穏やかに躍動するビートに包まれながら歌う姿が実に楽しそう。サビに差し掛かったところで披露された振り付けを観て、おおっ!となった人がきっといたはずだ。彼女がコピーしていたのは大森ソロによる「絶対彼女」ではなく、「絶対彼女 feat. 道重さゆみ」の振り付けだった。原曲へのリスペクトに溢れつつ、オリジナリティと遊び心も発揮されたパフォーマンスは、マユムラー(眉村ちあきファンの呼称)と大森のファンを明るく盛り上げていた。
薄暗がりのステージに登場した大森靖子。手にしたアコースティックギターのボディーを叩いてビートを刻んだり、弦をスクラッチしたりもしつつ、歌い始めたのは「VAIDOKU」だった。そして、ピリリと震える空気を鋭く切り裂いたギターの音。力強く弦をストロークしながら「TOKYO BLACK HOLE」へと雪崩れ込んだ瞬間、会場の空間が一気に拡張したような気がした。トレードマークになっているギブソン・ハミングバードを荒馬のように乗りこなし、多彩なニュアンスの音を歌声と共にスパークさせる姿は、“弾き語り”という言葉の真の意味をまざまざと実感させてくれた。弾き語りで使用する楽器は、単に和音などを奏でるための歌の補助ツールではない。表現したい世界へと切り込んで行く武器、血の通った色彩や線を描写する絵筆、歌声を加速するブースターなのだ。「マジックミラー」で客席に迫ってきた音圧、漲っているエネルギーは桁外れだった。
「本日はよろしくお願い致します。私もちょっと天才なんで、眉村さんそっくりで(笑)。なのでどうしてもひとりぼっちになってしまいがちなところを、こうして2マンに誘っていただいたことを大変光栄に思います。ありがとうございます! 本当の孤独の救いって私の中では孤独じゃなくなることじゃなくて、孤独と孤独が両立してるみたいな状態で一緒にいるってことなので、今日の2マンはすごく理想的だなと思ってます。楽しい夜にしたいので、みなさんも楽しんで帰ってください!」という挨拶を経て、再びギターを弾き始めた大森。歌詞の中に出てくる《さっちゃん》を《ちちゃん》にして「さっちゃんのセクシーカレー」を1コーラス歌った後に「ハンドメイドホーム」を披露したが、ギターを自由自在に奏でながら伸び伸びと響かせる歌声が眩しかった。続いて届けられた「絶対彼女」は、「お前が一番かわいいよ」「私が一番かわいいよ」というフレーズを各々何度も交わすコール&レスポンスが称賛と自己肯定の平和なループと化しながらスタート。「みんなで歌うよ!」という大森の呼びかけに応えて爽やかな大合唱が途中で起こったが、「おっさん!」という細かな指定が入ると、野太いトーンの《絶対女の子がいいな》が会場の空気を脂っぽいものに塗り替えた。無邪気なコミュニケーションができるライブの現場が戻ってきたことを再確認できて、とても嬉しい気持ちになった。
「魔法が使えないなら」も弾き語りでスタートしたが、途中でsugarbeans(Pf)が登場。彼のピアノが加わった瞬間、大森の表現が新たな形態を煌めかせる様に息を呑んだ。寄り添うピアノを全身全霊で感じながら、色合いを豊かに変化させる歌声が美しい。アカペラから始まり、ピアノが合流していった「夕方ミラージュ」では、ギターをスタンドに置いて身軽になった彼女がステージ全体を使って踊り、横たわり、腕を伸ばし、マイクのケーブルを波打たせ、髪を振り乱し……あらゆる要素が曲の世界を表現していた。その後に「NIGHT ON THE PLANET」「ひらいて」も続いたが、巨大なキャンバスに壮大な絵画が描き上げられていくような感覚になったのが、ワクワクする体験として思い出される。印象的なピアノイントロから始まった「死神」も、歌声とsugarbeansの演奏のコンビネーションが素晴らしかった。そして、ラストに披露されたのは「Rude」。“生きろ!”と胸倉を掴んでくるかのような歌声が優しかった。演奏が幕切れた瞬間、会場内に広がっていた綺麗な余韻。観客にお辞儀をした後、ステージに対しても深々とお辞儀をした大森を、感極まった胸の内を伝える観客の大きな拍手と歓声が見送った。
音楽隊の5人の演奏がスタートした直後、ステージに登場したちちゃん。真っ白なふわふわのドレスをダイナミックに揺らして歌い始めたのは「秘密の恋」。ゴージャスなバンドサウンドと共に歌声を響かせる姿が、歌姫としての堂々とした風格に溢れていた。ファンキーに刻まれたギターリフが先陣を切り、2曲目の「おばあちゃんがサイドスロー」に突入するとドレス全体を包んでいたふわふわの布のパーツを取り外し、一気に半分くらいのサイズになったちちゃんは、グルーヴィーなサウンドに合わせて歌いながらダンス。各メンバーのソロプレイも経て、アンサンブル全体が情熱的に高鳴っていく様は、やはり生演奏によるライブならではだった。《おじいちゃーん》という歌声に《おじいちゃーん》と返すマユムラーも元気いっぱい。「私たちってどうせいつか死ぬじゃん? 宇宙に生きてて、こんな小っちゃい地球の中のこんなに小っちゃい日本の中の六本木なんて、こんなに小っちゃいんですよ。その中に存在する私たち。どうせ死ぬからどうでもいいかなって思う時もあるけど、この小さいウチらで宇宙で一番輝きたいんだよね! 私たち、一緒の空気を吸いながら一緒の空気を吐いてるじゃん? つまり同一人物っていうことなんですよ。なので私が輝いたらあなたも輝く。大森さんが輝いたら俺たちも輝く。そうやって連鎖して私たちは……だから同一人物っていうこと! つまり、誰かしらが輝けば、それは“最高!”ってこと。輝こうよ!」── ところどころ意味がわからない箇所もあったが、言わんとすることはよくわかるアウトロで届けられた言葉は、楽しい宴の素敵な開幕宣言だった。
ハンドマイクで歌い、ほんわかとしたムードを作り上げていた「DEKI★NAI」に続いて届けられた「Individual」。オペラの歌唱法も交えつつ、ドラマチックな展開を遂げまくるこの曲は、途中でユニークなお楽しみが待っていた。《受けて立つ!構えなバットを》と歌った直後に「カキーン!」と響き渡ったジャストミートの音。「とった人?」と問いかけられて、「ボールとった!」と挙手した正直者の観客が複数現れた。「すごいねえ。1球しか打ってないのに、何人もいるわけ? 近くに行ってみていいかしら?」とステージを降りたちちゃんはなぜか「ミサコ」を唐突に名乗り始め……「ミサコ、人肌恋しくなっちゃった。誰かの近くで歌を歌いたくなってきちゃった。あの辺にいたわ。ミサコ見たもん」……1階席の通路を通って移動したミサコは、後方エリアに行ってしまったらしい。2階席からは何も見えず、詳細のレポートは断念せざるを得ない状況となってしまったことをここでお断りしておく。しかし、聞こえてくる音声から察するに、カオリという名前の女性のもとへ行ったらしかった。「セクシーダンスに耐えられたらカオリに拍手してあげてくれる?」という声が聞こえてきて、再開された音楽隊の演奏。歌いながらセクシーダンスを踊ったらしいミサコは、やがてステージへと戻っていったので、2階席からも姿が見えるようになった。ステージに上がる時にスタッフに引き上げてもらっていたが、その際に身体がアルファベットのKになっている写真が4月29日の本人のツイートで公開されているので、要チェックだ。こうして文字で先ほどから綴っている展開が怒涛過ぎて「どういうことなの⁉」と混乱している人もいるだろうが、全てが本当に起こった出来事なのだと、臨場感に溢れたKの形からも感じ取ることができるはずだ。
絶妙なタイミングで発せられたマユムラーの「おい!おい!おい!おい!」「いやいやいやいや!!!!!!」という歌声が盛り上がりを加速していた「顔ドン」。バンド演奏での初披露となった「肉喰え」を経て迎えた小休止。他人に何か嫌なことをされて傷ついても、その場は笑ってやり過ごしてしまい、家に帰って泣く性格である旨がMCで語られた。「今日来てくれたみんな、いろんな人たちがいるかもしれないけど、多分私と同じでしょ? あっ! そういえば、同一人物だったわ。家に帰って泣く人が他にもいるんじゃないかなと思って作ったのが「肉喰え」なの。でも、そんなことばっかしてたらつらいじゃん? だからたまには自分をもてなしてほしいなと思って作った曲。ここからはプリンセスコーナーです」と説明し、兼松のピアノ伴奏で届けられた「おもてなし子」は、優しい温もりを感じさせてくれる曲だった。
歌をじっくりと聴かせるプリンセスコーナーは、5人編成でもさらに2曲を披露。「本気のラブソング」を歌った後、大森の道重さゆみへの深い敬愛について触れつつ、推しの存在が幸せをもたらしてくれる旨を語ったちちゃん。「この世で推しが息してるだけで超幸せ。その人が吸う空気を綺麗にしたいじゃん? だからゴミとか拾ったり、木とかを育てたいよね? それくらい推しって行動を変えてくれる。同じ時代に生きててくれてありがとうございますと思って。それで作った曲があります。存在してくれてありがとうっていう人を思い浮かべて聴いてほしいなと思います」という言葉が添えられた「Lovely Days」は、瑞々しいサウンドと歌声が心地よかった。そして本編を締めくくったのは、「未来の僕が手を振っている」。駿台予備学校 「DIVERSITY OF STUDY」受験生応援ソングであるこの曲は、受験生に取材して得たインスピレーションをもとに制作されたのだという。不安を抱えながらもひたむきに何かに挑んでいる人へのメッセージが真っ直ぐに伝わってくる歌だった。
アンコールを求める声と手拍子に応えてステージに戻ってきたちちゃんと音楽隊の5人。ライブ中の咄嗟のアドリブに見事に対応できるマユムラーと大森のファンを彼女は褒め称えた。「みんな察する能力があるから、この先も安泰だね。きっと愛されて、人が寄ってくると思うよ。そんなに優しい眼でこっちを見てるんだから。みんなの余生にこの曲を」── 我々の余生を祝福してくれた「大丈夫」は、エレキギターを弾きながら歌い、音楽隊と音を重ね合うことを楽しんでいる様子が伝わってきた。そして、ラストを飾ったのは「旧石器PIZZA」。観客の大合唱が加わり、コール&レスポンスも交わされたこの曲は、途中で大森靖子も登場。ハサミで切り込みを入れたりしつつオリジナルアレンジを加えたツアーグッズのTシャツを着ながら、ちちゃんと一緒に歌う姿に胸が熱くなった。途中でハイタッチとハグを交わしたりもしたふたりが歌声を響かせ合う様を見つめるのは、とても幸せな時間だった。
記念撮影を行った後、スペシャルゲストの大森を見送り、音楽隊の5人を改めて讃えたちちゃんは、心底嬉しそうだった。「また会おうな!」という言葉を聞いて、全力の拍手と歓声で返していた観客たちのムードも明るい。かけがえのないふたりの表現者の姿を存分に目の当たりできたライブだった。ちちゃんの自由奔放なパフォーマンスを音楽隊の5人が支えつつ、随所で一緒にハジケまくっていたのも、印象深かった点として思い出される。この編成によるライブが再び開催されることが、今後もきっとあるだろう。彼女のソロでのステージしかまだ観たことがない人がいるならば、次の機会にぜひ会場に足を運んでほしい。
取材・文:田中 大
撮影:樋口 涼
◆ ◆ ◆
<セットリスト>
絶対彼女
■大森靖子
1.VAIDOKU
2.TOKYO BLACK HOLE
3.マジックミラー
4.さっちゃんのセクシーカレー ※1コーラス
5.ハンドメイドホーム
6.絶対彼女
7.魔法が使えないなら ※with sugarbeans
8.夕方ミラージュ
9.NIGHT ON THE PLANET
10.ひらいて
11.死神
12.Rude
■眉村ちあきの音楽隊
1.秘密の恋
2.おばあちゃんがサイドスロー
3.DEKI★NAI
4.Individual
5.顔ドン
6.肉喰え
7.おもてなし子
8.本気のラブソング
9.Lovely Days
10.未来の僕が手を振っている
アンコール
11.大丈夫
12.旧石器PIZZA ※with 大森靖子
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