【ライブレポート】キズ、“生きる”とは“傷痕”を残すこと
見上げれば降りしきる雨と暗い空。しかし同じ地球上には、今、この瞬間も迂闊に空を見上げるこのできない人々が確かに存在する。降ってくるのが鉄の塊ではなく、雨だけならば御の字なのだろう。いや、77年前にはその雨こそが人体に重大なダメージを与え、人々を死に追いやったのだが──。キズにとって初の野外ワンマンに付けられた<そらのないひと>というタイトルには、そんな人類の歴史と現状に対するボーカル・来夢の想いが込められているのだろう。
◆ライブ写真
となれば、ゆっくりと4人が現れたステージで放たれた1曲目が「黒い雨」であったのも畢竟。アコースティックギターを爪弾く来夢が“愛する君を守る為なら命さえ捨てていい”と朗々たるアカペラで歌いあげ、背後のLEDパネルには戦禍の様が映し出されると、何とも言えない複雑な想いに囚われる。“君の為に”人々は戦い、結果、街を廃墟と化す──古代より連綿と続く人の営みとは、なんと虚しいものだろうか? 4人の奏でるメロディが優しく、温かいものであるぶん、その無常は胸に迫るものがある。そんな人類の醜い実態を抉り出すかのように、4人はスモーク噴き出すステージで「地獄」に「ステロイド」と、一人ひとりの音が銃弾のように弾ける激烈なナンバーを間髪いれずに投下。雨脚の強まるなか「救われたい奴だけついてこい!」という来夢の言葉に応えて拳を振り上げ、レインコートを被った頭を振って必死に食らいついていくオーディエンスの様は、まるで地獄の底から這い上がらんと蜘蛛の糸に群がる人間たちのようだ。
LED上の銃口が道往く人々に焦点を定める「銃声」で始まったブロックでは、張りのある来夢のボーカルが人間たちの愚かさを憂い、嘆き、嘲笑い、観る者に心が血を噴き出すような痛みを与えていく。こちらの予測できない動きで目を奪うreiki(G)、曲のエモーションと的確にシンクロしてスーツに身を包んだ長身を揺らすユエ(B)、激しくも正確なドラミングで自身とオーディエンスをトランスさせるきょうのすけ(Dr)と、楽器隊もそれぞれがそれぞれのスタイルで楽曲の世界へと没頭。「ヒューマンエラー」から「蛙-Kawazu-」へと、トーンの通じる2曲を凄まじい集中力でシームレスで届ける手腕も見事だ。そうして“人間”という最大公約数に訴えかけながら「今日は天国が近く感じるじゃねーか! いつもより孤独が欲しいんだよな!」と口にした来夢が空を見上げ、「ミルク」に綴られた自身のごく個人的なセンチメントをブチまけるという流れも一興。思いの丈を空に向かって叫びあげる彼の姿を、きっと天国にいる友も見ていたに違いない。
人類という“マス”から始まったライブは、こうして個人という“コア”へと集束。映像の中で降り落ちる雨がリアルな煙雨とシンクロする「15.2」では“君は綺麗だ”と高ぶる感情のまま歌いかけ、お立ち台に上がった来夢のかき鳴らすギター音で雪崩れ込んだ「平成」では、噴き出すCO2と真っ赤なライトが4人の立つステージを業火で包む。そして激しくヘッドバンギングするオーディエンスの前に、LED上の文字と共に叩きつけられた慟哭は“ただ生きたいだけ それだけでいい”。曲中、繰り返される“一緒に死のうよ”という言葉とは裏腹に「今日という日を、俺らと一緒に生きてくれ!」と来夢が叫んだように、たとえ世界で何が起きようとも、人間の究極の願いは実にパーソナルなものなのだ。
同時に、それは常に生と死の狭間を揺れ動いている。いや、死の影に怯えるからこそ強烈な生への希求が生まれるとでも言うべきか。巨人を取り巻くファンタジーなアニメ映像と轟音とのマッチングが空恐ろしい「Mr. BiG MONSTER」を挟み、雨音のなか“生まれなくて良かった”と悲痛な叫びをあげ、ステージ上をのたうちまわる来夢が「0」で轟かせた断末魔は、救いのない此岸に生まれ落ち、それでも生きることを諦められない人間の苦悶そのものに見えた。そして今の彼にとって“生きる”とは、紛れもなく仲間と共に音楽を創り、聴き手に届けてその心に喜怒哀楽さまざまな“傷痕”を残すことであるに違いない。
続く「ストロベリー・ブルー」ではLEDの中の大樹が満開の花びらを舞い散らせ、来世での出会いをメンバーやファンと美しく約束すると、「さぁ、行こう、あの場所へ!」と「傷痕」を放つ。突き抜けるボーカルとスリリングな演奏で生むアグレッションはキズの真骨頂とも言えるが、何より強烈だったのは曲の最後にLEDに大写しされた“この一瞬を永遠に生かしてくれ”という文言だ。同じ場に集い、同じ感情のうねりを共有するこの一瞬を、永遠のものとしてほしい──それは“君の中で生きたい”という「傷痕」のラストフレーズと完全に一致する願いだ。
ならば“お前”の願いとは、生きるとは何なのか? まったく雨の止む気配を見せない空に向かい「ホントに空ねーじゃねぇか! 空が見えねーじゃねぇか!」と毒づいて始まった最新曲「リトルガールは病んでいる。」は、そんな問いを我々に投げかけるかのようだった。5分割されたLEDにはメンバーがそれぞれ映し出され、センターではミュージックビデオにも登場していた少女が病んだ笑みを浮かべて操縦桿を握る。雨は酷くなるばかりで、開演から1時間を超えて冷え切った身体はガタガタと震えるが、惨い戦いの歴史の中で人類が流した涙の量はこんなものではない。その冷たさが、リトルガールの裏にあるリトルボーイのワードや歌詞の内容とも相まって、歴史から学べない人類を嘆き、平和を希う来夢の心情を痛いほどに伝えてきたのは一種の奇跡だろう。
しかし、一瞬一瞬に全精力を込めるかのような4人のパフォーマンスと、土砂降りにもお構いなく懸命に跳ねるオーディエンスを前に、それだけをこの曲の真意と捉えるのは早計に思えてならなかった。かつてなく人類が追い詰められた情勢で、明日、どの街が吹き飛ばされるかわからない今こそ、何が自分にとっての“生”なのかを見つめるのに絶好の時機はない。人生という空をいかに飛び、何を落とすかは自分次第なのだから、どんなに病んでも操縦桿は自分で握り、往くべき空に向かえ──。「届いてるか? 俺の歌はお前らに届いてるか?」と必死に呼びかけ、声の限りにシャウトした最後、たった一人残った舞台上でゴトリとマイクごと倒れこんだ来夢の死に物狂いな様に、我々一人ひとりがリトルガールなのだと思い知らされた気がした。
LED上で爆弾が投下され、燃え上がる炎の中から『そらのないひと』というライブタイトルが浮かび上がるという劇的に過ぎる幕切れから、万雷の拍手を受けてのアンコール。シンフォニックなサウンドが刺さる「十七」では失った愛を激情のまま、reikiのギターと寄り添った「鳩」では喪失の切なさに乗せて届け、さらに友へのウェディングソングとして作られた「日向住吉」と、ごく私的な“君と僕”の物語が綴るうち、気付けば雨はやんでいた。どんな人間であろうと、皆、そんなささやかなエピソードの積み重ねで人生は進む。そして雨の日もあれば晴れの日もあるのだと神がかり的な力で証明し、「ラスト! おしまいに……しよう!」という来夢の咆哮から贈られたのは、もちろんファーストシングルの「おしまい」だ。吹きこぼれるエモーションに耐えかねたようにきょうのすけは立ち上がり、下手に走りこんで肩を並べたユエと笑顔を見せたreikiはそのまま客席に下りて、また上手から戻ってくるという荒業も。そして来夢は雨上がりの空の下、凄まじい勢いで頭を振る満場のオーディエンスに「お前ら全員、愛してるぞ!」と告白し、金色のテープが降り注ぐ中こう宣言した。
「俺は、空から幸せを降らせるバンドであり続ける! 世界がどうなろうと、俺は音楽をやり続ける! これが、俺らの平和だ!」
その時々の心に在るものを嘘偽りなく、最高の純度で表現して、愛してくれるファンと共に“生”の実感を味わう。それが彼らの喜びであり、同じように全人類それぞれの喜びが他者との繋がりを前提とするものになったときにこそ、真の平和は訪れるのだろう。そう考えればキズのライブは平和を作り出し、伝播させる一つの装置なのかもしれない。
とはいえ、終演後に発表された12月24日の<男性限定GIG『漢地獄』>と、翌25日の<女性限定GIG『女地獄』>の会場はキャパ220人の浦和ナルシスということで、物理的には文字通りの“地獄”必至。一転、来年3月26日にはNHKホールで単独公演『残党』も決定したが、発表時の映像には“今だけただ見てくれ”という文言が現れ、公開されたキービジュアルには十字架に血しぶきの中を舞う天使たちと、こちらの想像を限界までかき立ててくれる。そこに在るのは救いか、はたまた──。
我々にできるのは、その日のキズが見せるもの、表す想いを、ただ真正面から受け止め、自らに刻むことだけなのかもしれない。
取材・文◎清水素子
写真◎TAKASHI KONUMA、YUSURA、GAB
セットリスト
02. 地獄
03. ステロイド
04. 銃声
05. ヒューマンエラー
06. 蛙-Kawazu-
07. ミルク
08. 15.2
09. 平成
10. Mr.BiG MONSTER
11. 0
12. ストロベリー・ブルー
13. 傷痕
14. リトルガールは病んでいる。
ENCORE
EN01. 十七
EN02. 鳩
EN03. 日向住吉
EN04. おしまい
ライブ情報
2023年3月26日(日) NHKホール
※詳細後日発表
<キズ 男限定GIG>
「漢地獄」
12月24日(土) 浦和ナルシス
開場 16:30/開演 17:00
<キズ 女限定GIG>
「女地獄」
12月25日(日) 浦和ナルシス
開場 16:30/開演 17:00
[チケット]
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