【ライブレポート】キズが伝える“生”の証
もし、貴方が救われたいと願い、そのために行動を起こすほんの少しの勇気があるなら、ぜひ今、この時勢下にこそキズのライブを見てほしい。約2時間にわたる彼らのパフォーマンスを目の当たりにして、猛烈に胸に湧き上がったのは、そんな想いだった。
◆ライブ写真
始動から5年を経て、迎えた単独公演のタイトルは<天獄>。天国と地獄を重ねた造語であることは一見してわかるだろうが、キズにとっての“天国”とは単にキラキラと美しく、心穏やかになれるだけの場所ではない。現実という“地獄”を見据えたときに初めて得られる“救い”である──筆者には、そう思えてならなかったのだ。
廃墟に観覧車というミステリアスな映像を前にメンバー4人が入場し、最後にスクリーン上から客席に向けて銃口が向けられると、reiki(G)が「地獄」のギターリフをかき鳴らしてライブは開幕。「救われたいヤツだけついてこい!」という来夢(Vo,G)の号令に、場内では拳と手拍子が嵐のように巻き起こり、彼の張りのあるボーカルと激しい応酬を交わす。さらに「全部出すぞ!」という来夢の声がヘッドバンギングの海を創り出し、きょうのすけ(Dr)のドラムフィルで一気呵成に「豚」へ。モニターにはリリックが次々に映し出され、繰り返される“正義などない”のワードが観る者の胸をえぐる。息もつかせぬ展開に圧倒されるばかりだが、コピー&ペーストへの強烈な批判を謳う楽曲のもと、見渡す限りのオーディエンスが同じ動きで強大な一体感を創り出しているという状況に、なんとも皮肉めいたものを感じてしまうのは穿りすぎだろうか。そんな我々を嘲笑うかのように叩きつけられる“偽る豚が何を言う”のラストフレーズには、勝手にマゾヒスティックな快感を感じてしまった。
だが、キズはそこまで単純なバンドではないと確認させてくれたのが、その後に続いた2曲。従来の楽曲とは違う抑制の利いた音運びが神秘的な「ストロベリー・ブルー」では、美しい楽園を映したモニターの上、天へと昇る魂のような光の数々に手を掲げるオーディエンスの情景に、脳髄の奥底が震えるような感覚を覚えた。対照的に、「ヒューマンエラー」では4人の動きも弾き出す音も苛烈を極め、映像には死神や髑髏が登場。加えて回る観覧車やメリーゴーランドが、死後も逃れることのできない輪廻を象徴する。いわば、この2曲は魂の行く先を“陰と陽”の双方から表したもの。死神に刈り取られた魂は安息の天に昇れど、結局は輪廻の輪の中に永遠に閉じ込められてしまう。もしくは現世の生き方によって、どちらになるのか振り分けられるのかもしれない。「ヒューマンエラー」の歌詞の通り、そんな絶望と幸福の狭間で、我々は命尽きるまで踊っているのだ。
そこから物語は“生き地獄”の繰り広げられる地上へ。ひたすら“僕のせいなんだ”をリフレインする「蛙-Kawazu-」では、果てしない自虐と暴力的な演奏のシンクロに心と身体が浄化され、一転、ドラム台に来夢が座って静かに歌い始めた「鳩」では、極めてパーソナルな別れの物語に拍手が湧く。平和を象徴する鳩を冠した楽曲に相応しく、音数抑えたメロディックなサウンドは聴く者の心を癒して、この2曲でも対照的なカタルシスを与えてくれた。続いて来夢がギターをかき鳴らした「銃声」もアコースティックな空気を漂わせるが、リリックは現在のリアルな情勢と重なって、いつにも増して痛みが強い。銃声のある国で肉体に、そして銃声のない国では心に風穴を開けられて失われる命──弦楽器隊のエモーショナルな動きもまた、そのやるせなさを表しているかのよう。さらに“最高のラブソングを贈るよ”と始まった「ラブソング」では、甘いタイトルと対照的に憎悪の感情があふれ出し、ユエ(B)までもが激しく頭を振りたくっていた。
救いようのない“人間”という生き物の実態と愚かな所業。そんなものを赤裸々に描き出しながらも、キズというバンドが訴えるのは諦めでも絶望でもなく、常に“生”であることに間違いはない。瞬間的なパッションを音とアクションに爆発させる4人の姿がリアルタイムで大映しになり、客席の凄まじいヘッドバンギングを引き起こす「平成」で、来夢が繰り返す“一緒に死のうよ”の文言も、筆者の耳には限りなく“一緒にいこうよ”に響いてきた。その“いこう”が“行こう”なのか“逝こう”なのかは受け取り手次第だろう。だが「俺らが見えてるか! 全部持って帰るから!」とアグレッシヴに攻め込まれ、頭と心が空っぽになったところで来夢にブチ込まれた「一緒に生きてくれるか!」という懇願には、誰もが頷くほかはない。メンバーとオーディエンスが一体となり、まるで一つの生き物のように大きくうねった「傷痕」は、それを証明しているかのようだった。
しかし、だからといって一気に希望へと駆け上がるわけではないのがキズらしいところ。reikiが爪弾く物悲しいアルペジオをバックに“生まれなくて良かった”と頽れ、慟哭する来夢に拍手が湧いた「0」では、YouTubeで100万回再生を突破したショッキングなミュージックビデオを、さらに骸骨が観ているという新規映像で衝撃を増幅。きょうのすけは首を振りながらリズミカルにビートを刻み、アグレッションの度合いを増す音とパフォーマンスの真っただ中で、「そこにいるなら見せてみろ!」と来夢がオーディエンスを煽るのは、そこに生まれる熱こそが何よりの“生”の証となるからだ。
来夢自身が身近に経験した“死”から生まれた「ミルク」でも、ユエのランニングベースが活き活きと心地よく響いて、生と死は絶対的に不可分なものであることを知らしめる。そして「ラスト! おしまいにしようか!」とデビュー曲「おしまい」に雪崩れ込むと、ダメ押しとばかりにエモーションが炸裂。きょうのすけはドラム台から立ち上がり、reikiはステージの端へと飛び出して、ユエは前屈みの体勢のまま一心不乱にベースをかき鳴らしてみせた。さらに曲終わりに来夢が謳い上げるフレーズを聴けば、その死生観は始動の段階で決定づけられていたことがわかるだろう。“弱さ故に生きた強さ”“正しさなど何処にもない”──人は弱いからこそ強く、正義などないからこそ自由に生きられる。絶望的な情景や心情を過剰なまでに叩きつけるのは、自らの音楽に集う人々には真に強く生きてほしいと、強く彼が願っているからなのだ。
アンコールでは「今日お前らのために、いいもん作って持ってきたぞ! 俺らの青春を受け取って帰れ!」と、当日の来場者に無料配布された新曲「ピアスにフード」を初披露。ヘルメットを被ってフラッグを担ぐ来夢の姿に、暴走するバイクを映した映像とリリックが来夢の過ごした青春模様を窺わせる。そして最後の曲を前に、来夢はこう語りかけた。
「こんな世の中になってから迷ったこともあって、声出せねーとライブする気ないって拗ねてたけど、今日気付いた。音楽みんなで一緒にできたら何だっていいなって。関係ないんだよな。何があっても音楽やり続けよう」
その言葉に続き、ほぼアカペラでの歌い出しから「最後に持って帰れ!」と贈られたのは「黒い雨」。銃を取る人々や爆撃で廃墟と化した街を映した映像も、愛の名のもと殺略を繰り返したり、はたまた先人が掴み取った平和の中で“死にたい”と願う人類の愚かさを綴った歌詞も、そんなメッセージと美しいメロディの救いがたいギャップも、これまでの公演と何一つ変わらない。言ってしまえば戦争映像を用いたライブ演出も、この界隈では数十年前から存在しており、正直それほど珍しいものでもない。だが、目の前に広がる映像が遠いフィクションや過ぎ去った過去ではなく、毎日のようにニュースで流れるものと酷似しているという、こんな我々の状況は初めてに違いないだろう。結果、観ている側が感じるリアリティは以前の比ではなく、だからこそ彼らは今日、この曲をラストに選んだとも言えるのだ。
人は皆いつか死ぬ。どんなに生きたいと願っても、人生に幕を下ろさざるを得ない時が必ず来る。だから、その時が訪れるまでは生きろ。そして力強く生きるために、現実から目を背けるな――。楽曲に彼らが込めたメッセージは、これまでよりも“死”を身近に感じる機会が多く、生き抜く尊さを知る今だからこそ、より深く胸に沁みわたってきた。その説得力に圧倒されるなか、映像に浮かび上がったのは“そらのないひと”“10月9日 日比谷野外大音楽堂”の文字。それが新たな単独公演のタイトルと日程であることを理解したとき、来夢は叫んだ。
「俺たちは、まだまだ伝えたいことがあって、まだまだ歌い足りねーんだ! また会おうな!」
“伝える”ことをバンドの存在意義に持つ彼らにとって、「まだまだ伝えたいことがある」という言葉は、「まだまだバンドを続ける」という告白と同義である。死ぬまで生きろ、それが難しいのなら一緒に生きよう──。空に安らぎを失った人々を知る今ならば、彼らが伝えたい真意を正しく受け取り、我々一人ひとりが生きる力へと変えられるはずだ。
取材・文◎清水素子
写真◎川島 彩水
セットリスト
2.豚
3.ストロベリー・ブルー
4.ヒューマンエラー
5.蛙 -Kawazu-
6.鳩
7.銃声
8.ラブソング
9.平成
10.傷痕
11.0
12.ミルク
13.おしまい
en1.ステロイド
en2.ピアスにフード
en3.レモンティー
en4.黒い雨
◆キズ オフィシャルサイト
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